戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

筋金入り

公開日時: 2021年12月18日(土) 21:04
更新日時: 2021年12月18日(土) 21:14
文字数:6,783

 木原班を連れて悠人たちと離れたところにいた優吾は突然の通信に驚きながらも物陰に隠れて応答した。何やら肉が削ぎ落とされるような音がする通信機の奥から悠人の声を必死に拾う。


「ど、どうしたんだよ。悠人、俺は無事だ」


「それはいい、優吾お前言ってたよな?」


「何を?」


「亡霊を見たって言ったよな……!」


 一旦通信機から耳を離して考える優吾。木原班の人間や慎也が何か心配したように耳を傾けるので優吾は大事な話だと判断し、悠人の声を全員に繋ぐ。悠人にもそれは教えて優吾は銃の手入れをしてから彼の話を聞いた。


 一つ、どこかに魔獣たちを呼び寄せる本体がある可能性がある。それがわかっていれば佐久間直樹が発見しているはずだが見つかっていない。レーダーの範囲外、もしくは感知できない何かがあるの二つの要因を上げた。だとしても優吾からすれば証拠は足りないし、無闇に動くことはリスクにもつながる。倒壊仕掛けの建物に隠れて状況整理をするだけでも命懸けなのだ。


「優吾、それとだ。俺が言っている魔獣はただの魔獣とは違う。ベイル・ホルルの影から這い上がってくるように出てくるんだよ……。影、お前が言ってた亡霊とそっくりなんだ。研究所で見た幽霊は影のようなものか?」


「……まだ俺はその現物を見ていない。写真は……送れていればこんな連絡してないな。でも、影のようではあった。それが正しいとして……どこにその本体があるか……」


 物陰から顔を出して遠視を発動させるが何も見なかった。研究所で見た際は影の部分にだけ彷徨うように緑色の影が這いずっていたのだ。今は明かりなんて消えかけの街灯くらいなのに亡霊らしきものは見えなかった。悠人の間違いかどうかは分からない。とりあえず優吾は現在地だけを悠人に伝えて随時連絡する方向で通信機を切った。


「皆さん、少し移動した方がよさそうです」


「えぇ、話は聞いたわ。君が亡霊を見たという噂も……支部で聞いている。それが本当なら今夜のキーパーソンね」


「呑気に言ってる場合じゃないですよ。慎也、俺から離れるな。木原さん、アンタはタバコを蒸す準備をしたほうがいい。えっと……君は沙耶だな? 周囲に気を配ろう。俺は遠視に集中する」


 優吾は立ち上がって魔装を起動し、目を光らせた。その姿を見て作戦開始を知った彼らは各々飛び出して移動する。なるべく固まって影を移動していった。表に出るのは危険すぎる。まだ魔獣はこの街に潜んでいるし、亜人だって存在するのだ。遠視に気を配る優吾、路地や通りの先を見るが亡霊を発見することはできなかった。度々遠視を切って目を擦りながら血溜まりに移る己と目が合う。青色に光る目は以前の優吾とは異なっていた。


 遠視を続けていると霧が濃い場所を発見する。赤色の霧だった。先程ここで壮絶な戦いでもあったのかは分からない。ある区間に入ったかと思えば突然として赤色の霧が発生して右も左も分からないようになっている。優吾は一旦止まった。優吾が止まったことで残りの全員も止まる。近くの道路標識についている血を触ってみるとまだ湿っていてそう時間も経っていない。


「霧が……ここまで通ってついたのか……?」


「妙に鉄臭いです。優吾さん……」


「狐の亜人か……。この近くにいた……もしくはまだいる可能性が……?」


 霧の区間はもう裸眼でも見えるほど。なるべくリスクは下げて探索したいが果たして亡霊を見つけることは出来るだろうかという葛藤が生まれた。優吾自身、罠に引っかかったとしても全員無傷で生還させれるほど自信はない。戦闘員だからと言ってリスクを強行突破しようものならただの阿呆だ。回り道をしようと振り向いたその時、優吾の毛が一斉に逆立った。


「伏せろ!!」


 突然声を張り上げかと思えば沙耶と慎也の頭を無理やり掴んで木原をも巻き込みながら優吾は伏せる。優吾の頭スレスレに冷たいものが通った感覚、そして秒遅れで音も立てずに道路標識が切られ、近くの建築物に爪痕のような引っ掻き傷を残されたのだ。己の幸運に感謝しながら優吾は顔をあげる。目の前には一本角の狼がいた。白い毛並みのはずなのだが血の匂いに連れられていたのか全身どこか紅く染まっている。角がない大きな狼のような魔獣なら山狗という魔獣だろう。が、優吾は角のある個体を見たことがなかった。


「誘われてきたかよ……! 幻弾鷲バレットイーグル!」


 さっき装填したのが生きたのか加速された世界の中で発射することができた。弾は優吾の狙い通りに飛んでいき、口を大きく開けた狼の喉を突き破る。そのまま筋に弾がめり込んだようで狼は悶えるように倒れた。その隙に隠しナイフのワイヤーを使って狼の首筋に飛び乗った慎也が針を刺して動きを止めた。


「止まりましたね」


 針を抜いて血を拭う慎也。前見た時よりも容赦のない討伐をする慎也を見て成長したと思うのと同時に何故か複雑な思いが溢れてくるような気がして優吾は拍手だけを送ることにした。


「とりあえず、一匹です。優吾さん、目標は見つかりましたか?」


「まだ……慎也!!」


 優吾が吠えたのと慎也の背後に人影が立ったこと、同じタイミングだった。光る優吾の目、湧き上がる力に任せて引き金を引いた時、優吾の目から見える世界は完全に止まって見えた。優吾の目から血管が浮き出るように青い筋が通り、それが腕にまで伸びて魔石が行き交う。人影は一旦慎也から離れて飛び上がり、工事中の高層ビルの安全ネットに着地する。加速を解いた瞬間、慎也の体はよろけるように倒れ、優吾がそれを受け止める。


「慎也!」


「ゆ、優吾さん驚かせないで……」


 優吾の目は爛々と光っており、全身の筋が青く輝いているのを見て慎也は思考を止めてしまう。この姿はベルゼブブを倒した後に見た優吾の姿と同じであった。対する木原班は一瞬の隙に立ち位置も現象も全てが変わったことに驚いている様子。そして安全ネットに着地した影がゆっくりと立ち上がったのをジッと見ていた。亜人がくる。優吾はその亜人に向き直って装填した弾丸を三発ほど発射した。


 相手の髪が銀色に光ったと思えば弾はその人の直前で消える。いや、優吾は見ていた。優吾の加速に追いついて弾丸を握りつぶしたことを。摩擦やら何もかもを無視して行われたその所業。力の動きに耐えれる強靭な体を持ってでしないと速度に追いついたとしてもできない所業。優吾のその亜人の動きをよく覚えていた。


「人狼……!」


 巨大な月が人狼、クレア・ミスリルの背後で妖しく光る。銀色に光る髪がはだけて見える顔の左側に映る引き裂かれたような不自然な唇。人間でいう耳があるところにまで裂けた口から犬歯が丸見えだ。遠視のおかげで優吾にはその異常な顔をよく見てしまい、吐きそうになるがすぐに平常心を取り戻して必死に考える。慎也や木原に沙耶が勝てるような相手ではないし、足手纏いになってしまう。優吾は慎也に肩越しに話しかけた。


「早くここから逃げろ……!」


「させない」


 そう呟いたクレアは全身に銀色の光を纏わせて凄まじい速度で急降下し、優吾の加速した世界に追いつく速度でやってくるではないか。弾丸を発射して動きを封じようとするが当たる瞬間にクレアの体が震えるように動き、回避していく。


「下がれ!! 死ぬぞッ!!」


 仕方なく優吾は慎也を押し飛ばし、あらかじめ後ろにいた木原達のことは放っておいた。加速した世界の中、クレアが回してくる足を優吾が足で受け止める。元の速度に戻った優吾とクレア。互いの足を交差する様子はつば競り合いのよう。身体強化の全てを足に注ぎ込んだがクレアはなんなく受け流して競り勝った。大きく飛ばされる優吾、慎也が殺される。その勢いで優吾が連続して世界を加速させ、ゆっくりになった世界の中を必死に走った。


 間一髪、慎也に振り下ろされたダガーを両手で受け止めて大きく振り上げるようにして逆にクレアを吹き飛ばしたのだ。クレアの髪から銀色の光は消え、煤けた灰色の髪が顕となる。ほぼ自動的に髪は顔の左側を隠した。


「優吾さん……!」


「もういい。お前は木原さんを連れて逃げろ。こいつには勝てない」


「では少し待ってやろうか? 人間、ボォっとしていると勝機を逃すぞ? うん?」


 腕を組んで上目で優吾を見るクレア。右側の顔に絶対的な自信を込めた歪んだ笑みを浮かべる。優吾は拒む慎也の肩を掴んで大きく後ろにのけぞらせた。


「死ねば何もなくなる。いいか? この辺りで悠人の指示に従って続けるんだ。いいな? もしもの時はお前だけでも逃げろ。それがお前への任務だ」


「でも……!」


「昔のお前の方が聞き分けはよかっただろ!」


 本気で吠える優吾に慄いた慎也はそのまま走り去っていった。それを追いかけるように沙耶が退散。一瞬だけ優吾と目があった木原は頷くような素振りでそのまま消えていった。場には優吾と逃げる木原達を目で追うクレアが残された。


「独りでは何も行わないが、群れをバラけさせるか……。愚か、そして哀れだ。人間、貴様のことだぞ」


「独り身はもう慣れたさ。人狼、人間はな? 群れちゃいけないんだよ。どこかで……独りでも解決できないといけない時がくるもんなのさ」


「聞いたことがないな」


「教科書じゃ教えてくれねぇからな」


 群れ社会の人狼族。祝い事も、罪を背負う時も全てを群で行う習慣のあるクレアからすれば一人で解決しようとする人間が理解できない。弱いものだからこその群れ、解決すべき問題があるのだろう。それも理性で片付けるとでもいうのか。欲に支配されれば群れる人間を見てきたためにクレアの機嫌は些か悪くなる。そうであるから意味のない栄光を求め、争いを起こす。


 クレアの髪色が変わり、ダガーを構えて優吾に切り掛かる。優吾もすかさず加速し、動きがゆっくりになったクレアの急所めがけて弾丸を発射。その一瞬を狙って片方のダガーを突き刺しにかかるクレア。一瞬だけ優吾の加速に追いつくクレアの素早さは異常だ。研究所で対面した時も優吾の加速に追いつくようにして荒療治をしていたほど。


 ダガーが擦り、服が切れて薄い切り傷を残す。脇腹を抑えるようにして後ろに下がった優吾は一旦銃をベルトにかけて相手の様子を伺った。


「貴様の動きも中々だが……利はこちらにある。銃が三手だとすれば私は二手だ。その時点で貴様の負けはもう決まっている」


「と言っても逃してくれそうにないな」


 弾丸を装填することをやめ、さらに加速するために目の魔石に意識を集中させる優吾。視界が一瞬、魔石の青色に染まったかと思えばジワジワと何かが刺さるような苦痛を目から肩、腕へと伝わっていった。パッと目を開ければ暗闇の中にいたとしても昼のように明るく、クッキリと望遠レンズのような遠視ができたり、広角に見渡すことなど、見ることに関しては完璧に近い力を得る。腕を見ると青い筋が体の模様のように浮き出していて鳥の足のように硬く、そして筋肉も発達しているではないか。


「これは……」


 優吾の頭の中に己の適合である幻弾鷲の姿が浮かんだ。その魔獣は思考の中で優吾に目を合わせ、何かを託すように嘶いた。気がつけば目の前にクレア、そして優吾の元の世界に戻っている。研究所で聞いた話は本当だった。目に魔装の魔石が宿っている。そしてそれが発動すればその魔獣のような姿になっているではないか。


 クレアはクレアで相手の筋肉が浮き上がったと思えば色を変えて硬い鱗のように発達していったのを見て信じられないような気持ちになる。当然だ。だがクレアに感じる信じられなさは人間が感じるものではない。亜人として考えられる信じられなさだ。それと同時にベイルの計画の汚点を発見してしまったのである。


「これは……! この時代に……!?」


 訳も分からない驚きを見せるクレアに間髪入れず引き金を引く優吾、当然避けられたが弾丸よりも命中する自信が湧いてきたようだ。銃は優吾に応えるように光だし、精神弾を大量に生成する。そのままクレアに接近して空いている手で掴みかかるように拳を突き出した。


「貴様……! もしや魔石を……!」


「正解!!」


 そのまま突き放して中を連射する優吾。真っ直ぐの射線と違って自由自在に曲がりくねりながらの発射でクレアの退路を次々と断っていく。クレアは高層ビルを壁にして一気に走り、垂直に登りながら考えた。魔石を宿す、しかも鳥型魔獣の魔石を相手が宿しているなら計画の汚点はすぐに発見されてしまう。それを防ぐためにもなるべく離れて戦う必要があった。そもそも魔石が生身の人間に宿るという現象はクレアでもおとぎ話でしか聞いたことのないような出来事である。昔々の、まだ魔獣がこの世界を支配していた頃の物語。


 壁を登っていくクレアを追いかけるように優吾は足を踏み込んで飛び上がった。加速された世界の中、様々な高層ビルを踏み台にして夜の街を一望できるほどの高さまで登る。そこにクレアは待っていた。デジタルの大きな時計が壁に備え付けられており、その上で立ちながら優吾を待っていたのだ。優吾はその時計のそばの屋上に着地する。


「翼もなしにここまでこれたものだな」


「なに、這い上がることも俺は得意なのさ」


 次に優吾が口を開ける前にクレアは首筋を狙ってダガーを振り回す。優吾は一旦銃をベルトにしまって拳を握り、クレアの腕から彼女の小指を回すように手のとって倒れさせようと動くが倒れる瞬間に人狼の筋力のおかげか、足を振り上げられてそれが顔面の直撃してしまい、メガネが大破してしまった。ボロボロになったメガネを捨てて優吾は相手のダガーを奪い取ってクレアの首筋にスッと剥ける。


「なぜこの街を攻めたんだ……! どうしてお前らは関係のない人だけを殺そうとするんだ!」


「貴様に答える舌はない。実際、私と貴様はこうして戦っている。敵に舌を出す兵士がどこにいる? 私はそうやって生きてきた」


 優吾の首を掴んで腹に深く足を捻り込むように蹴るクレア。内臓を吐き出すような蹴りに負けそうになるが優吾も相手いる手で勢いの良い拳を叩き込む。それに怯んだクレアの手が首から離れた瞬間に回し蹴りを決めた優吾は加速させた世界の中でトドメを誘うとクレアのダガーを突き立てる。


「覚悟ッ!!」


 が、そこにクレアはいなかった。優吾が加速させた世界の中、クレアの声は背後から囁くように聞こえてくる。


「それがお前の限界だ」


 銀色のオーラが優吾にまとわりついたと思えばクレアに蹴り飛ばされて勢いよく加速して吹っ飛ぶ優吾が電力によって作動するデジタル時計の液晶に激突し、引き伸ばされた時間の中で長い感電の苦痛を味わうことになる。全身に行き交う電気は優吾の内臓から燃やしていこうとするのだが死なせることは魔石が決して許さぬこと、無理やり体を修復させることで死を免れていく訳であるがそれは優吾の苦痛が長引くことを物語っていた。


「あぁあああああああ!!」


 発狂しながらも体を勢いよく踏み込ませた優吾はクレアの目の前に倒れ込むようにして着地した。火傷や焦げが目立つ体も魔石によってジワジワと回復していく。まるで魔獣、もう人の身でないことを優吾は知った。


 満身創痍で放っておいても死ぬだろうと思ったクレアはそのまま立ち去ろうとしたが優吾に足を掴まれて驚きながら振り返る。その瞬間、腕を腰に組むようにして優吾がクレアを押し、高層ビルの屋上から飛び降りたではないか! 優吾の目は本気だった。それに優吾も優吾で理解している。これは仮想ではない、現実だ。現に今も体の痛みが続いている。まだ優吾は生きているのだ。


「貴様!?」


「まだ死んでないさ……! 限界なんて越えるためにあるもんだろうが!!」


 高層ビルからクレアの体を掴んで落ちる優吾。その時に彼は見たのだ。あれだけ探しても見つからなかったのは目がまだ起きていなかったから。悠人の予想は合っていたのだ。魔石を探すには魔石の目が必要ではないか。街全体を覆うように漂う緑色の魔獣。微笑む優吾を見てクレアは己の計画の失敗を悟る。


『こいつ……阿呆なのか!?』


 が、血気盛んな目で落ちる彼の目を見たその時、人魔大戦で捕虜として陵辱された時に苦痛の声を見せないように耐えていたクレア自身を思い出したような気がしたのだ。


『筋金入りの阿呆か!!』


 亡霊の位置を確認した優吾はクレアを振り下ろすように手放し、ビルの壁を蹴るようにして飛石のように動き回って落ちていった。最終的に廃棄されたスクラップに勢い良く墜落した優吾。全身の骨が折れるようなとんでもない痛みが優吾を襲ったのだが彼は生きていたのだ。スクラップにクッション材があったからだろうか、高く積み上げられていたからだろうか、飛石のように動いて反動をなるべく減らしたからだろうか。分からなかった。


「誰か……助けてくれぇ……」


 いつの間にか元の人間の姿に戻っていた優吾は力全てを使って声を振り絞ったその後、意識を失った。

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