戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

空撃大猿-1

公開日時: 2021年3月23日(火) 19:13
文字数:3,965

 けたたましいアラームの音でマルスは目を覚ます。最近、香織に勧められて通販で買ったこの時計は指定の時間になると鐘が勢いよくなるアナログ式めざまし時計だ。うるさい音を出すがマルスの眠気を根本から吹っ飛ばしてくれる。グワシッと時計を掴んだマルスは半身を起こして目覚まし音を止める。知らないうちに眠りについていたらしい。寝癖ではねた頭を掻きながらマルスは大きなあくびをした。現在は朝の7時半、集合は9時なのでまだタップリと時間がある。


 カーテンをジャッと開けると日の光が部屋を優しく照らす。マルスは窓を開けてフーッと息をついた後に台所へ向かった。シンクの隣が電気コンロというどうやって料理をすればいいんだよと文句を言いたくなるようなキッチンである。マルスはその後ろにある冷蔵庫から冷凍の鯛焼きを取り出した。


 その鯛焼きをレンジで温めて食べる。香織から教えてもらった冷凍食品だがこれが意外にもうまい。冷凍の鯛焼きを2つほど温めて食べたマルスは洗面所へと向かった。寝癖ではねた髪をこれまた香織セレクトのスプレーをかけてクシで整えていく。髪質が柔らかいので寝癖の手入れは楽である。不規則な方向にはねた髪をもとに戻した後にクシで整えていつものヘアスタイルに変身。そのまま歯を磨いて顔も洗ってタオルで顔を拭いた。


 浴室にかけてあった戦闘服はスッカリ乾いており、洗剤の匂いもほのかに香る。マントだけ着ずにシャツとジャケットとズボンだけ着てソファに座った。支度を終えて時計を見ると時刻は8時45分。そろそろ行くかとマルスは剣を背中に背負ってマントを羽織る。ガチャリと扉をあげてすぐに鍵を閉めたマルスは集合部屋へと急いで行った。


 集合住宅から少し抜けて集合部屋のある東島班本拠地の玄関を通った。一応序列が4位に上がったのはそうだが今は自分たちの引っ越しの準備もできてないらしく当分はこの3階建ての一軒家のような建物を利用するらしい。しかし、マルスにとってはもうここが当たり前になっていたので自室の次に落ち着く場所でもあった。


「あ、マルス君おはよう」


 集合部屋に入ったマルスに真っ先に声をかけたのはサーシャだった。相変わらずのアンダースーツ姿である。背中をほとんど丸出しにしたかのような姿だがもうマルスも「いつものことか」と見過ごすようになっていた。悠人は班長集合を受けて事務局内に、この場にはマルス、サーシャ、そしてバットの点検を行なってるパイセンだけである。少しの間、ぼーっとするだけの時間が過ぎる。誰も喋らずに自分の時間を過ごす。


 そんな時間を過ごしていると悠人、蓮、隼人が流れるように部屋に入ってきた。「おはよう」とだけ声に出す悠人は書類を机に広げて深く腰掛けた。蓮と隼人も椅子に座って一言。


「今日は序列4位になってはじめての討伐任務だろ?」


「そもそも魔獣と戦うこと自体が久しぶりだよなー」


 蓮、隼人のコメントにそういえばそうだなと相槌を打つマルス。今まではバーチャルウォーズの対人戦をずっと行なってきたために魔獣と戦うことが本職であるということを忘れそうになっていた。


「遅くなりました〜」


 慎也と優吾が部屋に入ってくる。優吾はペコリと頭を下げただけで挨拶をしなかった。そして大きなあくびをしながら香織が部屋に入ってくる。全員揃ったところで悠人が「よし」と声を上げた。


「昨日は調査だったが今日は久しぶりの討伐任務。対象は空撃大猿ブラスターコングだ。森を少し超えた岩場にいる」


 画面上に地図を展開させた悠人が指し示した。戦闘員事務局を囲むように位置している森を北に抜けるところに岩場があり、そこに住んでいる魔獣だった。肥大化した両腕から衝撃波を放つ中距離と近距離の戦闘を得意とする魔獣。


「空撃大猿か……。下手をすれば上位にも食い込むような魔獣だな。まぁ、序列4位なら妥当の魔獣か」


「そうだな、こいつは皮膚も硬いからまずはその弱体化を狙う。腕を斬り落とすことができれば俺たちの勝利だ」


 悠人の説明を受けて対策を考えるマルス達。悠人の冷却を利用して動きを封じて急所に慎也の針を打ち込んで完全に動きを封じてから残りで確実にトドメを刺すことに決定。蓮は牽制、隼人は岩場に足場を作る役割になった。準備が整ったのでマルス達は集合部屋をでて事務局の門を出る。魔装を起動させた悠人が肩越しに振り返った。


「出るぞ」


 これが悠人の口癖のようなものだった。任務に出る時の「出るぞ」とトドメの「じゃあな」は彼の口癖だった。マルス達は目的地の岩場まで疾走していく。木々の間を風のように走り抜けるマルス達。なるべく魔獣に遭遇しないように迂回ルートで岩場に向かう。少し時間はかかるが徐々に湿ったような地面から砂利が目立つようになり、岩場付近まで着いたところで一旦止まる。


「優吾、どこに大猿がいるか確認してくれ」


「わかった」


 優吾の目が一瞬青白く光ったと思えば彼はジッと視線の先の岩山を見ている。最大8倍まで視力を引き上げることができる優吾はしっかりと敵を探っていく。このまま岩場に入ってもいいがもし相手が衝撃波を放てば周りに潜む魔獣も刺激するかもしれない。位置は大事なのだ。


「……いたな、岩場の真ん中付近だ。足場はまだ成り立っている所ではあるが油断はできない」


「まーかせろって、優吾。足場の心配はするな」


 優吾の肩をポンポンと叩く隼人。笑顔の隼人に対して優吾は少し顔が曇っていた。マルスは一瞬、まだ気にしているのか? と副将戦の優吾を思い出す。そうであったが悠人が「ゆっくりと接近する」と言って岩場に踏み込んだのを見てマルスは思考をやめた。全員、足場が少し悪い岩場を登っていく。あまり音を立てないように接近していくと岩場の中央の少し開けたところで大猿はあぐらをかいて座っていた。


 黒と銀色が混ざったような毛色であり、手首から手が丸太のように太いこと以外は2.5メートル級のゴリラだった。この大きな手を叩き合わせて衝撃波を生むのだ。運がいいといえばいいのか、硬い毛が密集していない臀部が見えていたので慎也の針が刺さりやすくなっている。慎也が針を出すと悠人はうなづいた。今日の任務は楽に終わったなと全員が思っていると大猿は運が悪いといえばいいのか針を投げつけようとしている慎也と目があってしまう。


「あぁ〜……えっとぉ……、初めまして……」


「ブルルルル……」


「言ってる場合かよ! 伏せろ!!」


 掠れた笑顔を浮かべて挨拶する慎也にパイセンが吠える。全員急いで耳を塞いで地面に伏せた。伏せたことと、大猿が衝撃波を放ったのは同時だった。ドパーーン!! と鼓膜を突き破るかのような音が辺りに響く。耳を塞いでいてもキーンと耳の音が痛くなる衝撃波にマルスは「あぁ……」と声に出した。どうやら楽な方向で終わらせてはくれないらしい。


「散らばれ! 隼人、足場忘れるなよ!」


「わかってる!」


 悠人の命令で大猿を囲むように散開した。隼人も足場となる結界を発動させて戦場を整えた。岩場の真ん中に大猿がいて、広さはおよそ、直径10メートル。戦えなくもないが下手をすれば転げ落ちるこの空間で戦うのは少し困難である。最初に狙われたのは勿論慎也だった。一瞬涙目になる慎也だったが大猿の腹に針を2、3本投げ込む。刺さったのは刺さったような気がしたが大猿には何の効果もなさない。おそらく頑強な皮膚が針を通してなかった。


「報告通りですね……」


 呟いた慎也に大猿は丸太のような右手を向ける。その右手は圧縮されているのか、変に凹んでいた。これが衝撃波の予備動作だと勘付いた慎也は大きく右に逸れる。ドパン! という音を響かせて放たれた衝撃波は慎也の背後に位置する大木をボギャアア! と音を響かせて凹ませた。腕を圧縮させることでピンポイントに攻撃する衝撃波も打つことができるように見える。音はまだ我慢できるレベル。避けた慎也に気を取られているうちに蓮と優吾が牽制する。隙が生まれていた慎也は二人の牽制で態勢を整える。蓮はナイフを大猿の頭上目掛けて投げつけて大猿の後頭部まで移動する。そしてかかと落としを決めた。


 脳天に振り下ろされた蓮の一撃。目を飛び出すんじゃないか? というほどの一撃を受けた大猿は少し頭を押さえてフラフラとする大猿の足をマルスが蛇腹剣で、パイセンがバットを細い棒のように伸ばして大猿の足を突っ返させる。


「自撮り棒がこんなところで役立つとは……」


 カシュンカシュン! と音を立てて段階を踏みながら伸びたバットを見てパイセンはハハハと笑った。マルスは自撮り棒の意味がわからなかったがとりあえず足も奪えたということを悠人に目線で伝えた。


「サーシャ!」


 悠人に名前を呼ばれてうなづいたサーシャは倒れた大猿の体を包み込むように水を発射した。振りかけられる大量の水を悠人が夜叉で凍らせる。音を立てて凍った水によって動きを封じられる大猿。水はかなり大量に凍らされたのか、ある意味丸太のようになった大猿を見て隼人は笑い出した。


「俺の出番はなしじゃよ〜! ここは最後の一発を俺がバシッと!」


「香織、ちょっと来てくれ」


「お、おい……」


「頭を頼む」


「りょうかーい」


「えぇ、無視かよ!?」


 隼人だとトドメは難しい、魔石を傷つけてしまう恐れがあった。それを理解していた悠人は香織に頭蓋骨を折ってもらうことで戦闘不能状態にさせようとしたのである。もうなぁなぁで任務をすることなんてできない。この班は四位なのだ。悠人は視線で隼人にそのことを伝え、肝心の本人は頬を指でかきながら罰の悪そうな表情。素直である。


 大猿に近づいて大槌を振り下ろそうと掲げる香織。これで任務は無事終了か。全員がそう思っていた。連携をしっかり組めば安全に討伐ができるものだなとマルスも思ったのだ。大猿の体から湯気が出ていることに気がつくまでは……。

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