コツコツと足音を立てて悠人は事務局の廊下を歩いていた。現在、朝の9時で悠人は寝起きなのでかなり眠く「ふぁ〜あ……」と大きなあくびをしながらある場所へ向かっていった。その場所は班長である悠人だけが入れる事務局内の会議室である。普通の戦闘員は滅多に入ることはない場所だ。悠人は戦闘服であるジャケットの襟とかを整えてから深呼吸して重い会議室の扉を開けた。ギィ………と開けられる扉。その先にいた人物は悠人が扉を開ける音を聞いてゆっくりと振り返った。悠人は緊張しながらも挨拶を返す。
「お、おはようございます。稲田さん」
「東島か。おはよう」
視線の先にいたのは引き締まった肉体を持ち、高身長かつサラサラ金髪ヘアー、凛々しい顔の完璧超人である稲田光輝だった。演習で戦った以来、何度か悠人は稲田と交流したのだがどうも彼のカリスマ性あふれる堅い雰囲気になれることができていない。ぎこちない笑みを浮かべてあいさつした悠人を見て稲田はフッと笑う。
「そこまで緊張しなくてもいいだろう? 今やお前はレグノスの次に強い班長なんだ。自信を持て」
「あ〜……、はい」
悠人が頭をポリポリ掻きながら返事をするとバタン! と力強く扉が開かれる。何事か!? と思うと口にタバコを加えたレグノスが「よっ」と声をかけてくれた。
「稲田ぁ〜、東島ビビってるじゃねぇか。またなんかしたのか?」
「知るか。俺は何もしてはいないさ。朝は苦手だからうまく返事ができないんだよ」
よく見れば稲田もかなり眠そうである。雷猫と適合した彼は夜型にようだ。対するレグノスは「ケッ」と笑って豪快に椅子に座った。口から気持ちよさそうにタバコの煙を拭いて灰皿に灰を落とす。その様子を見た稲田は少しため息をついてから話しはじめた。
「レグノス、俺がタバコを苦手としてるって覚えてるか?」
「それこそしらねぇよ。タバコは俺の体の一部なんだ」
なんとなぁく居心地の悪い空気に悠人はどうすればいいかなぁ……と少し困っていると後ろからポンポンと肩を叩かれた。そして悠人の肩を叩いた人物が微笑みながらレグノスと稲田に声を書ける。
「まぁまぁ、先輩たち。朝ぐらい仲良くしてくださいよ。喧嘩はその後にご自由に〜」
余裕溢れる表情でレグノスと稲田に声をかけたのは安藤清志。彼の班の序列は11位で数字で見れば弱い方だが安藤の強メンタルをレグノスは気に入ってこのように仲良く話すという関係になっている。レグノスはそんなことをいう安藤に笑いかけた。
「よぉ、安藤。お前はやっぱりいつも通りだよなぁ。そんな古くさい服着てよぉ」
「動きやすいからこれが一番ですよ。それともあれです? 僕のTシャツ半ズボン姿でも見たいですか?」
「いや、なんかなぁ……」
安藤は後ろ側で様子を見ていた悠人に「レグノスさんはチョロイから」と耳打ちした。うなづくのも気が引けたので「へぇ……」と小声で返す悠人。改めてこの事務局は癖の強い班長が多すぎることに気がつく。序列が4位になってから上位班との絡みが多くなった。これはありがたいことなのかもしれないが悠人に至っては先輩が偉大すぎるので少し疲れてしまうという印象。そんなことを思ってると全ての班の班長が集まったのでレイシェルとグスタフがやってきて任務を知らせる。
グスタフが素晴らしい手つきで任務内容が書かれた紙を渡していき、レイシェルが補足で説明を入れる形。これは悠人が初めて班長として活動してた頃からだった。今日の任務は辺境調査と書かれている。なんか最近、調査ばかりだなぁ……と思ったが自分たちは成果を上げてる任務はどっちかと言えば調査じゃん……、ということを思い出して苦い顔をする。
「あぁ……? またこの魔獣なのか?」
レグノスはやってきた依頼に少し違和感を持ったのか声を上げる。その反応にすぐ反応したのはレイシェルだった。
「そうだな。最近は幻狐が大量発生している。レグノスならうまく立ち回って仕事をこなしてくれると思って依頼した」
「ケッ、面倒な仕事押し付けやがって。ま、雇われてる身なんでやるだけやりますよ。作戦会議するから俺は先に帰りますね」
悠人はさっきにレグノスとレイシェルの会話を聞いて嫌な予感がした。幻狐……、この前マルスと香織、双葉と佐久間、エリーが相手した魔獣。それに最近は事務局周辺の森でよく足跡が発見される魔獣。悠人は少しこの魔獣に敏感になっているところがあったのだ。
「あの……、レグノスさん!」
扉を開けようとしているレグノスに声を書ける悠人。レグノスは「どうした?」と振り返った。
「気をつけてくださいね」
「言われなくても分かってるさ。じゃ、行ってくる」
重々しい扉を閉める音だけが響いていた。
「イリュージョンフォックスかぁ……」
レグノスは自分の居住区へと向かいながら考える。最近、新人殺しの新人と一人。それと稲田班から三人の戦闘員が合同で戦ったとされる魔獣。本来は戦闘スキルなんて皆無のはずなのに戦闘をした際にはかなり凶暴になっていたという。興味深い事実にレグノスはニヤリと笑いながらレグノスは班専用の屋敷へと入っていく。
レグノス班の屋敷は屋外にグラウンドのような訓練場があり、ちょうどギーナがそこでトレーニングをしている最中だった。彼女は門をくぐってきたレグノスに近づいていく。
「今日は任務あるのかい?」
「おおありだ、会議をするから集めろ。そこから一気に攻める」
「いつものあんたらしいね。分かったよ」
上半身はスポブラにような露出を誇るスポーツウェアをしており、汗を垂らしているギーナはタオルで体を拭きながら屋敷の中に入っていった。レグノスも屋敷へ入って自分の部屋から魔装であるショットガンを取り出して戦闘服の軍服を着る。丈夫なミリタリージャケットは今日も着心地は良かった。
その後に会議室へと入るレグノス。ここの会議室は巨大なモニターを設置した階段上の部屋で数が多いレグノス班の班員全員を収納できるほどの広さがある。真ん中の席に座って今日の作戦を考えていると早速着替え終わって軍服を着たギーナがやってきた。
「おや? またこの魔獣?」
「そうだ、立て続けにな。この前東島のとこの新人が相手した魔獣だ。今回も群れをなしているらしいぞ」
「群れを成すことには何も思わないけど……あーしは変だと思うね」
「まぁな」
レグノスは壁にもたれかかって話すギーナの言葉に相槌を打った。たしかにその通りである。どうして対策も分かっている魔獣が何回も何回もこの付近で発見されるのか……。これは偶然か必然か……。とりあえずそんなことを考えても意味はないのでレグノスは今日の作戦を考えている。その間に班員が徐々に集まってきていた。
「姉さん、おはようございます」
「ウェッカ、おはよう。今日も綺麗な髪だね」
「いえそんな……」
ギーナの言葉に照れたような顔を見せるウェッカ。ウェッカとギーナは男くさいレグノス班の中でも数少ない女性であり、ウェッカは軍人寄りではなく大人しい見た目の美女なので班員からの人気も高かった。まぁ、彼女は男には興味を示さないのだが……。
全ての班員が集まったところでレグノスは声を上げる。
「よぉ〜し、じゃあ出撃前の作戦を発表する。よく聞けよ?」
レグノスはモニターに情報を移しながら班員に説明した。班員達は必死でモニターを追いながら自分の仕事を把握する。そうしないと班全員が死んでしまうようなリスクもあるからである。今回レグノスが提示したのは班員を二部隊に分ける作戦だ。
レグノス率いる爆撃要員A部隊、ギーナ率いる射撃部隊B部隊、この二つに分けて作戦は決行される。イリュージョンフォックスがいくら凶暴化していても中身は大人しい魔獣なので爆撃に弱いと判断したレグノスはミレス率いる透明マントとウェッカ率いる爆撃組、そして自分で狐達の動きを抑制してある地点へとピンポイントで誘導していく。
誘導した先にはギーナ率いるB部隊が待機しており、エークスのシールドでカバーしながら狐を一方的に射撃するのだ。この方法なら爆撃で舞い上がる土埃のおかげで狐の透明化を防ぐこともできるし、確実に葬り去ることもできる。その作戦を聞いた班員は「なるほど」とうなづいた。
ギーナも隣でいいんじゃない? と微笑んでるのでレグノスは「うーし」と声を上げながら立ち上がる。そして任務前には必ず見せる不敵な笑みを作り出した。
「ここから先は俺のシナリオ通りに動くんだ。じゃあ、行こうぜ野朗ども」
レグノスを先頭に今日の任務の成功を祈って彼らは森へ向かう。たがしかし、彼らは知らない。カウントダウンがもう始まってることに……。
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