合同会議から一週間が経とうとしていた。あの会議以降、レイシェルは佐藤の監視を受けながらも魔獣と亜人への対策を進めていった。なるべく合同班を組ませて調査へ出向くようにさせたり、遠征に向かっている班ともこまめに連絡を取り、地方面の魔獣の生態にも気を配った。あくまで中立の立ち位置であり、なにかを企てる佐藤についても秘密裏に調査を行い誰にも気を許すことができない一週間である。お互いがお互いを疑うような一週間。
マルスはというと引っ越しの準備をやっと終えてリアカーに荷物を詰め終わったばかりであった。真昼間の中で自分の荷物をリアカーに詰めるのはなにかと大変である。他の班員と比べると荷物の量はそこまでだがマルスの場合は香織と買った雑貨が多く、それらを詰めるので一苦労だった。いくら魔装の身体強化があったとしても大変なことには変わりなかった
「だぁ〜……終わった……」
集合住宅の広場までリアカーで運び終わったマルスはベンチにグテェっと座り込む。引越しの準備、期限が今日までであり先に準備となる荷造りをやらずに実質サボり枠のような日々を送っていたマルスは荷造りとリアカー詰めを同時に行わないといけない重労働に侵される羽目になり、汗を流していたというわけだった。
「荷造りサボってたマルスが悪いでしょ〜? ほら、烏龍茶もらってきたから」
マルスがグテェと寝転がってるベンチに香織がやってくる。マルスの頭の真隣に香織は座って烏龍茶入りペットボトルを差し出した。下のアングルから見る香織の顔を綺麗だと思いながらマルスは起き上がってペットボトルを受け取った。バチリリ……! と音を立ててキャップが外れ、マルスは一気に烏龍茶を飲み干した。
「んっ……んっ……あぁ……。疲れた体によく染みる」
「喉渇いてたのなら早く言ってよね? ほら、せっかく福井さん達も手伝いに来てくれたのに」
香織が視線を送った先にはマルスと香織以外のメンバーが福井班の班員に手伝ってもらいながらリアカーに荷物を入れている状況だった。福井班も東島班も当分は非番が続くのでせっかくだからと引越しを手伝ってくれてるのだ。共に汗を流しながら手伝ってくれる柔美達を見てマルスはフッと笑った。
「はじめは気難しい奴らだと思ったが……こうも優しくしてもらえると反省しないとな」
「まぁね……。あの頃は私たちも今みたいに仲良くなかったのもあるし」
視線の先では蓮が部屋から荷造りした段ボールをリアカーに乗せ終わった最中だった。蓮は半袖半パン姿で首にかけたタオルで汗を拭きながら「あ〜……」と声を上げる。その時にヒョコッと蓮の手伝いをしている柔美が部屋から出てきた。彼女は動きやすいようにかノースリーブシャツにウエストをキツく縛ったジーンズを履いている。ムチムチした体が非常に色っぽい。
「天野原く〜ん、本の整理終わったよ〜」
「あ、福井さん。ありがとうございます……え? 本?」
蓮は「俺が持ってる本って……」と顔が青くなるのと同時に柔美はポッと顔を赤くしながら「見ちゃった……」と微笑んだ。そこにはあ行から綺麗に積まれて荷造りされた二次元系イラスト18禁雑誌が……。
「あぁあああああああ!? なんでぇええええ!?」
「天野原君、大事そうに隠してたけどアタシにはバレバレだよ〜」
ポワァッと顔を赤くして「んふ」と笑う柔美に顔面蒼白からカァ〜! ッと真っ赤に染まる蓮。拳をギュッと握ってプルプルと震えていると隼人が「おんや〜?」と寄ってくる。
「あ! 俺がオススメした本じゃん! 蓮〜! 買ってくれてたのかよぉ〜! 貧乳お姉さんが好きな蓮だったらバチコリハマりそうなイラストだったろ?」
「……ヤロォ」
「へ?」
「買ったっていうかお前が売ってきたんだろうがぁ!! ……何暴露させてんだよ! こらテメェ!!」
「暴露は知らん!? うっわ、ちょ!? ナイフ! 軍隊鳥は勘弁しろって!!」
懐から取り出したコンバットナイフを隼人はアーマーで覆った右手で握ってなんとか阻止。恥ずかしすぎて泣きそうになる蓮を「ま〜ま〜」と宥めに行こうとする柔美だったがグッと咲に腕を掴まれて首を横に振られた。
「今の彼には近づかない方がいいわ……」
「え〜? 可愛かったのに〜?」
柔美は蓮の薄い本をパラパラとめくりながら「小ちゃい方が好きなの?」と自分の胸を触っているが隣の咲は「あぁ……」と声を漏らしてグイグイと柔美を回収していった。
また違った方向では工具をバットの中に収容し終わったパイセンがサーシャの手伝いをしている。彼女は思ってた以上に服を買っており、その段ボールをいそいそとリアカーに乗せている最中だった。
「なぁ、サーシャ。お前、こんなに服買ってたのかよ? 生活費大丈夫か?」
「いくらかはパイセンに払ってもらったでしょ?」
「あぁ……」
パイセンは食費のほとんどをサーシャに絞り取られてギリギリの生活費で乗り切った時期を思い出し、舌打ちをした。これからはしょうもない賭けをしないようにする。これが彼の教訓だった。
「それにしても、お前本当にズボン派なんだな。スカートらしき服が見つからなかったぞ?」
「スカートは苦手だからねぇ。いっそのことスパッツ姿でもいいやって思ってる」
「それはやめとけ」
サーシャのスパッツ姿。大変に魅力的ではあるがこんな場所で披露されると色々と厄介である。できれば俺の部屋でこっそり……と願いながらパイセンはリアカーに最後の段ボールを乗せた。「フィー」と声を漏らし、腰のベルトに吊り下げた水筒から水を飲んでると近づいてくる大柄な二人が。
「パイセン君、君の作業机だけど張が運んでくれることになったよ」
「え!? マジすか、張さん?」
「……、……」
張はグッとサムズアップして後ろのリアカーを指さした。そこにはパイセンの作業机が縛られている。2メートルを越える巨漢の張は黒っぽい色のタンクトップを着ており、ガッシリとした筋肉とスキンヘッドからはかなり怖い雰囲気を醸し出してたがパイセンには関係なかった。同じ、タンクトップ仲間としてニッコリ笑う。
「この前、張の魔装の点検したでしょ? そのお礼がしたかったんだって」
「いやぁ〜……お礼なんて」
隣の大渕から通訳をもらって頭を掻きながら照れるパイセン。そんなパイセンにガラガラとリアカーを押してサーシャがやってきた。サーシャは初めて見る大渕と張にハッとしてペコリと礼をする。
「あら初めまして、サーシャ・エルフィーです。お話しできるのは初めてですね。パイセンから話は聞いてますよ? 大渕さん、張さん」
礼儀正しく自己紹介をしたサーシャを見て大渕は「いい女の子ゲットしたじゃん」とパイセンの肩をゴツく。パイセンは「まだゲットしてないっすよ……!」と小声で返事。しっかりとその会話を聞いて一瞬クスッと笑うサーシャ。
「おう、サーシャ。知ってるとは思うけど張豪梓さんと大渕泰雅さんだ。二人ともベテラン戦闘員」
「ベテランだなんて、おじさん困っちゃう」
「……!」
ベテランと言われてあからさまに照れる大渕と少し嬉しそうな表情をする張。
「何気にパイセンの荷物が多くない? 悠人君とか優吾君は一人で収まっちゃうほど少ないよ?」
「あいつらは少ないよなぁ。そういえば慎也は?」
「慎也君はすでに荷物をまとめて……ほら、あそこ」
サーシャが指差す先には木陰に止めたリアカーの上に寝転がって寝息を立てていた。思った以上にラフに過ごすものだ。木陰に揺れる慎也の髪、茶髪の髪が草原のように揺れていた。そんな慎也はというと自分のことを話題にしてることに気がついていたが反応は取らないようにしていた。今はパイセンさんは大渕さん達と話しているから自分が出なくてもいいかと思って寝転ぶ。あの日、エークスが自分の部屋にまでわざわざやってきて一緒にタレを作った日のことを思い出していた。
「エークスさん……美味しかったのかなぁ……」
ボソッと慎也が呟くとリアカーが少し揺れる。慎也は驚いて半身を起こすと「あぁ……」と声を上げる人物が。佐久間直樹だった。慎也は「なにか?」と声をかける。直樹は声を上げた。
「みんなのところにはいかなくてもいいの?」
「問題ないです。ほら、僕から無理に絡みに行くほどの仲じゃあない人が多いし……。仲良くなった人はもう……いないし」
リアカーから降りて大きく伸びをする慎也。直樹は慎也の言いたいことを悟って「そっか」と声を上げた。小次郎から慎也の話はよく聞いていた。彼は慎也のことを直樹とそっくりと言っていたのだ。コツコツと頑張って結果を残すタイプと小次郎は言っていた。
「助けに来てくれたから僕が生き残れたのはあるよ。体調……大丈夫?」
「あ、心配してくれてたんですか?」
不思議そうな表情で直樹を見る慎也。灰色のフードを着た16歳の戦闘員は直樹をジッと見た。そしてニッと笑う。
「ありがとうございます。人から心配されるのって慣れてなくて……。僕たちは3位になって佐久間さん達と並んだわけですし、もっと精進しないといけませんね」
慣れない死体の山を見て嘔吐してしまったほど心に余裕がなかったはずの慎也なのだが今はケロッとしていそうで直樹は不思議に思った。この子、前向きすぎない? とある意味心配になってしまう。
「関原君……立ち直り早いんだね」
「じゃなきゃ先に進めないから。それに僕達はここで立派に生きてるんです。死んでいった人達は戻ってこない。なら、僕達がしっかり生きていかないといけません」
その通りなんだけど……、と直樹は慎也の若さ故の考えを否定しそうになったが喉元でグッと止める。慎也は徐にリアカーに乗せてるクーラーボックスから一つの瓶を取り出した。
「キュウリの浅漬け。美味しくできてますよ。食べます?」
瓶の中にはいい感じに漬けられたキュウリの浅漬けが。意外とチョイスが渋い……と思いながら直樹は爪楊枝をもらってキュウリを口に運んだ。ガリリ……と口の中で噛み砕かれて深みのある味が広がる。
「美味しい」
「本当ですか!? やった」
本気で喜ぶ慎也を見て少しくらいはこれくらいの精神がいいのかも、と思う。そして新人殺しの強さをもう一度理解した気がした。大人になっていくうちに忘れていく真っ直ぐな純粋さ。その純粋さの中で頑張る新人殺しを見ると直樹は少しだけ勇気が出てきた。そして、お礼を言えてないが咲にお礼を言おうかな? という気になる。彼女だって大事な仲間だ。たまには嫌がらずにしっかりと話すことも……。
「直樹君ー!」
「うっわぁああ!」
「なんで逃げるのー!?」
お弁当箱を突き出すようにして走ってきた咲を見て直樹は走って行ってしまった。「あぁ……」と声を上げる慎也。もっと食べて欲しかったのに……と思うのと同時に楽しそうな人達だな、と微笑ましく思う。戦闘員の壁の中でも、彼らは青春を歩んでる。
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