戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

危険な合流

公開日時: 2021年11月14日(日) 20:03
文字数:5,294

「奴ら……!! チクショウ!」


 研究所に鳴り響いたサイレンを聞いたマルスは病室の角に置かれてあるロッカーを勢いよく開ける。そこには大和田によって修復されたマルスの魔装と戦闘服が大事に仕舞われていた。グッと奥歯を噛んでから病衣を破り捨てる勢いで脱ぐ。そのままハンガーに手をかけて戦闘服を着て行った。着心地は特に変わらない。ただ、全体的に服の強度が上部になっている。姿見に映るマルスの像。壁にかかっている剣をそっと持つと鏡の像、マルスの背後に戦ノ神が一瞬だけ写った。


「分かってる……。もう甘さは出さん……。俺は……神の道を歩くのだから」


 剣を背負って部屋を出ると皆、考えは同じだそうだ。全員が新しくなった戦闘服を身にまとい、体の一部といっても過言ではない魔装を抱えて部屋から出てきている。バットから出したダイヤルを回しているパイセンがチラッとマルスを見た。


「悠人達はもうすぐ街へと着く。順次戦闘員がこの街を守るためにやってくるんだそうだ。俺たちは早く悠人達と合流してやろう」


「あぁ、それがいい」


 腕輪をハメながらため息を着く隼人に新しく製造された全身を覆うアンダーウェアを撫でながら槍を抱えるサーシャ。弾丸の装填をしながら目を青色に光らせる優吾。そして後ろから小走りで近づいてきた人物が一人。大和田だった。焦ったような表情でやってきた大和田だがマルス達の姿をみて何かを察したのかグッと堪える様子である。


「本当に行くんだね……?」


「野暮用だろ。俺たちは戦闘員だ。大和田、研究所も亜人や魔獣の被害にあう可能性がある。シェルターの中に隠れてからはなるべく動くな」


「あぁ……君達……残酷な現実しか教えれなかった私のことは許さなくてもいい。……必ず生きて帰ってきてくれ。帰る場所を……君たちが帰って来れる場所を……私は守る」


「あぁ、世話になったな。次は俺たちが助ける番だ」


 マルスは大和田に対して短く頭を下げた。初めてだろう。頭を下げる行為だなんて。相手よりも下の目線になってお礼を言うだなんて。借りだなんて思ってほしくもなかったし、マルス自身、思いたくもないことだった。頭を上げた後、後ろにいる仲間達に頷いてマルス達は窓から外へと飛び出していったのだ。崩れていく街の中へと彼らは飛び出していった。大和田は込み上げてくる申し訳なさを必死に押し殺して通信機を起動させる。


「全員、シェルターへ避難。研究所周囲に強音波を発生させる」


 大和田は己の仕事を仕上げるために階段を一人、降りていくのだった。


ーーーーーーー


 研究所から抜け出したマルス達はまず、逃げ惑う民間人達に遭遇した。束のように転がり込んでくる民間人は服や顔に血潮が付いているものや怪我をしている者達でいっぱいだった。押し返されそうになりながらも走ってきた方向を見る。その先には牙を剥けながら人間に強者の念を送る魔獣がいた。道路標識が頭につくほどの前足が高い狼のような魔獣だった。


「こんなところに山狗グレイハウンド!?」


「あの時の亜人がここにいる……!」


「人狼の女が一人いたな」


 全員飛び上がって驚く民間人を避けながら建物の壁を蹴って移動していった。あまりにも研究所から近すぎるところで発見したのですぐに討伐をせねばならない。マルス達の存在に気がついた山狗は口を広げて威嚇をしたがマルスが射出した剣によって脳髄を貫かれてそれっきり動かなくなった。横凪に奮って深い切れ込みをさらに入れ、息の根を止める。


「そこまで強くない……。コイツは陽動だな」


「それもいいけどよ。人の避難がヤバイって! サイレンはさっきからずっと鳴ってたけどまだシェルターに入れてない人が多すぎる」


「警備班はまだなのか。俺たちで出来る限り誘導しよう」


 優吾の言葉に全員が頷いたその時、上空から急降下して人間に襲いかかる魔獣がいるではないか。あの忌々しい毒怪鳥だ。嘴を開いて毒針を発射する。それと同時に光る優吾の目、ゆっくりになった世界の中で彼は冷静に引き金を引いて針を撃ち落としていった。今までと比べても加速にかかる負荷が無に等しいくらいだ。ただ、目が異様に光っている。瞳孔や瞳を巻き込んで一斉に光輝く黒目が異様だった。


 加速を閉じた後には息ができないほど穴を開けられた毒怪鳥がビル群へと墜落していき、屋上に寝そべるようにして倒れていった。空から様子を窺っていた鳥達は一瞬の間に仲間がやられたことに危険を感じて一旦上空へと上がっていった。その間に隼人は空と崩れそうな建物に対して結界を発動させ、天井と壁を作る。人が通れるほどの隙間を作って声を上げた。


「この通りに進めばシェルターです!! 俺たちに構わないで!! 早くッ!!」


 どこに逃げればいいのか分からなかった民間人達はお礼を言うより先に逃げていった。今はお礼を貰わなくてもいいと思っていた隼人は何も感じなかったが少しだけ寂しかった。人が詰まって進まなかった大通りも隼人の結界によって道順を理解した人が増え、スムーズに進むようになったようである。人もまばらになったところでマルス達は進み続けた。


「悠人! 悠人聞こえるか! 俺だ、パイセンだ!」


 先ほどから必死に通信をしているパイセン。悠人からの返信は帰ってこない。旧型の通信機による仇が出たのかもしれない。比較的新しいマルス達の通信機を使うが街の総崩れによって無線がしっかりしていないような気もした。


「クソ! 無線までもろくに使えない……! 支部からここまでやってくるとなれば公道を使うはずだよな? あそこ辺りに行けば悠人達と合流できるかもしれない」


「ちょっと、勝手に動いてもいいの? 悠人君は研究所付近に来るかもしれないわ」


「その可能性もある。どうする? このままここを動かずに悠人達を待つか俺らが探しに行くか。合流がしたいのは向こうの人数だけで魔獣、最悪亜人なんかと戦えるはずがないからなんだ。悠人と蓮がいても慎也がマズイ」


「…‥っ!? パイセン、避けろ!!」


 路地裏の影から飛び出してきた狐にいち早く気がついたのは優吾だった。パイセンが振り返るのと狐が口を開けることはほぼ同時。優吾が加速に入って敵を撃ち落とそうとしたその時だ。狐の側頭を赤い閃光が貫いた。抵抗も何も感じさせずに側頭を貫き、目や口から血を吹き出して倒れる狐をパイセンと優吾は見ていた。


「この弾丸……まさか……!」


 そのまさかだった。優吾が目を凝らして遠視を発動させていると雑居ビルの窓から覗く狙撃銃があるではないか。スコープの先には今や懐かしい戦闘員が優吾を見ているのだ。ドイツ出身、序列9位戦闘員、アンドレア・Fだ。ヘッドホンのような形の通信機を起動させて声を出す。


「安藤、新人殺しを発見。少しだけ手助けしたわ。……凛奈はもうすぐ到着? じゃあ彼女に道案内を頼みましょう。俊明も同行してるよね?……うん、了解」


 通信機を切ったアンドレアはビルにいる人たちを部下であり、仲間の戦闘員が避難誘導している様子を見て少しだけ安心した。安藤の助言を守っていたからこそ、スコープ越しの再会ができたようなものなのだ。


「大原君……私も……私も頑張るからね」


 遠視の先にスコープ越しに微笑むアンドレアがいたことに優吾はとても嬉しく思った。今まで自分達を邪魔するために使われていた赤い閃光が助けてくれた。優吾は頷いてアンドレアに返事をして皆に向き直る。


「少しだけ希望が見えた。助けが来たぞ」


「助け? まさか悠人達だったのか?」


「いいや、久しぶりの相手だ」


 狐と山狗が周囲に群れを率いてやってきている。その状況で何を言い出すのか。今にも飛びかかりそうな狼達に向けてマルスは剣を向けようとしたがあることに気がついて剣を掴む手を離してしまった。大きな足音がするのだ。その足音が聞こえるたびに地面が少しだけ揺れる。マルスと隼人以外の仲間はその足音で誰がやってきたのか、思い出してきたのだ。あれは演習の時、天井を突き破って登場したあの巨人と同じではないか。


 マルス達の前に立ち塞がるようにして路地を巨体で押し壊しながら白い巨人が現れた。知的な緑色の目を剥けながら巨大な手をマルス達に回して庇おうとしている。マルスと隼人から見れば新手の魔獣かと身構えることになったのだがそれは杞憂に終わった。白い巨人に狼は飛びかかるのだが噛まれても動揺せずに地面に叩きつける。空いている腕を伸ばして鞭のように振るって群れで襲いかかった狐をも吹っ飛ばした。壁に叩きつけられて血を吹き出す狐に拳を叩き込んでトドメを刺す。


「あー! 水のお姉ちゃんだ!」


「り、凛奈ちゃん!?」


 白い巨人の肩からひょっこりと顔を出したのは安藤班に所属した秘密兵器、片野凛奈ではないか。凛奈が肩から出てきた同じタイミングで白い巨人、粘土のシロは親指をたてて挨拶をした。心なしか、どこか微笑んでいるようである。どこからともなく伸びてきたツタのような鞭が狐の首を締め上げたり、アサルトライフルの部隊が交代で弾丸を装填しながら山狗を殲滅していたりと気がつけばマルス達は囲まれていたのだ。この感覚は演習の時を思い出す。


「おーい! おーい!! 俺だよ、フランメだよ! 覚えてるか? 演習の時にあったMr.フランメだ!」


 ほぼ崩れかけの看板の上に器用に乗りながら腕を組んで声を上げている戦闘員が一人。赤色のジャケットを身に纏ったガスマスク男。安藤班の日村俊明だった。右手に火炎瓶を持って飛んでくる山狗に投げつけて焼死させている。死ねば消える炎は他の場所に引火する心配がないのだろう。遠慮せずに魔装を使っていた。


「日村さん!?」


「おッ! お前は宮村! へっ、Mr.フランメが助けに来たぜ」


「俊明! これでも人命かかってるんだから茶番はやめろ!」


「姉さん……俊明じゃなくってMr.フランメだって……」


 鞭を自分の元に巻き戻しながらジッとマルスを見ていたのは安藤班副班長の嬢ヶ崎寧々。マルスはスッと目を逸らしたが全ては自分が巻いた種であることを忘れてはいない。ゆっくりと寧々に視線を戻してから負けじと睨み返した。寧々は目があった瞬間に鞭でマルスを叩く。頬を平手打ちされたかのような痛みが走った後、鞭は寧々の元へと帰っていった。


「清々したわ」


「……悪いことをした」


「もういいわ。アンタが後悔するほど綺麗になってやるんだから」


 この案件を知っているのは蓮と慎也のみなので隼人達は訳もわからない表情をすることしか出来なかったのだが文句も言えなくなるほどマルスが物思いな表情をしていたので何も言わなかった。安藤班による迅速な対応によって狐の数も目に見えるほど減ってきたことにより、寧々が目についた壁にお札を貼る。その札からは這い出てくるように記憶に新しい人物が出てきた。


「やぁ、新人殺しのみんな。マルス君は度々会ってるけど他はご無沙汰だね。安藤だ」


 狩衣のような姿で腰にぶら下げたお札入れに2枚ほど札が残っている。目は閉じたような相変わらずの糸目でマルス達を出迎えた。聞きたいことはいっぱいあったがまだ戦闘中なので一旦戦闘へと戻る。凛奈のゴーレムに守られながら俊明と寧々で狐を牽制、銃部隊が狗達を屠っていき、安藤は札入れの様子をジッと伺いながら指示を与えている。最近、序列が9位に上がったそうだが安藤清志という男、判断力が高い。マルスから見ても無駄のない指示で年齢や考えの違う仲間を働き蟻のように動かしていた。


 狗と狐が逃げ出したのを見て安心した安藤はマルス達に向き直った。まだ何も活躍できていないマルス達は少しだけ申し訳なく思ったが安藤はマルス達に対して何も不満はないそうでニッコリとしている。


「さて、君たちの考えとしては東島君と合流したがっているのかな? え〜っと……あった。このお札を使えば近くまでワープができるよ」


 一枚のお札を安藤は差し出した。札には「6」の数字がある。マルスはさっき寧々がやっていたように壁に貼ってみた。お札の周りに白色の歪みのようなものが発生して漂い続けている。安藤の魔装はお札同士をワープゲートにする力だ。ちなみにアンドレアのビルにもお札は用意されていた。これらを駆使して街中を移動しながら避難誘導を行なっていたそうである。最後に残っていた場所へ行こうとした時にアンドレアから新人殺し発見の連絡を聞き、やってきたとのことだった。


「彼らは公道と街の間付近にいるはずだ。もうすでに僕ら以外の班も魔獣の殲滅をやっているはず。君らも早めに合流した方がいい」


「分かった。色々と……世話になったな。安藤」


「いいさいいさ。君が寧々に打たれていたのは傑作だったけどね。フフフ……! さぁ、早く。俊明! 6番とのお札付近にはお前の火炎瓶出していたよね?」


「あぁ、周囲を守るように配置してる。演習の時はいっぱい邪魔しちゃったけどよ。今夜はお前達を守る火になってくれるはずさ。頑張れよ!」


「日村さん、ありがとうございます!」


「だから俺はMr.フランメって言ったろ!?」


 暴れる俊明を後ろから蹴って黙らせる寧々。マルスを見た後に顎をしゃくるようにして催促する。マルス達は感謝をしながら札の歪みねと飛び込んでいった。

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