戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

無我夢中

公開日時: 2021年12月26日(日) 22:24
更新日時: 2021年12月26日(日) 22:28
文字数:5,067

 お互いの拳がぶつかり合って火花のような光を発し合っている。ルルグの爪から伸びる光は鞭のようにしなりながら隼人に襲いかかった。頭を下げて避けた先、道路標識や車を切り裂いてその光は消える。隼人は野球ボールのような結界を作ってそれをルルグに投げつける。爪で切り裂こうとするが結界は思いの外耐え、危険を察知したルルグは身を翻しながら避けた。


「素晴らしいぃ! 三手で倒せない敵なんて本当に久しぶりだよ。何手でもいいから君の耳はいただきたいもんだ! クゥハハハハ!」


「そんな遊びみたいなノリで殺したのかよ……」


「ん? 僕は兵士として生きてきた。そう教えられてきたし、戦場ここにしかいたくないと思うのさ。仕事なんて突き詰めれば遊びと変わらないよ。……みんなそう思ってるんだ。君だってそうだろう? 戦いながら奮わせている」


 爪の色を消してルルグはジャリジャリと研ぐように爪を擦り合わせる。隼人は緊張感だけは消さずに構えはやめずに敵を見ていた。そばには堀田班の班員、桜井と土井の死体が転がっていた。隼人はこの人たちのことを知らない。が、尊敬する堀田玲司の大事な友達であることは分かる。もう少し、もう少しだけでも自分が早くここについていれば彼らは死ななかったのかもしれないのだ。


「兵士だどうかとか……今はもうお前が苦しんだ戦争は終わっているはずだ! お前の戦いはもう終わってるんだ!」


「フゥム……、どこから言えばいいか……。僕はまだ戦っているよ? 少なくとも、何度も同じ人を殺してる。僕の戦争は終わってない」


「はぁ……?」


「軍部は僕に死ねと言った。それが正しいと思っていた、今まで。けど……幾たびの戦火を越えて思ったんだ。『あぁ、僕は生きてる』、死を持ってでしか生への実感は得られないよ。ずっと死にかけてきたさ。だから僕は生きていたいんだ。殺される前に殺せ、そう教わってきたからね」


 ルルグと隼人では生まれも育ちもまるで違う。それ故にルルグの言葉全てを受け入れれるわけではない。夜風の中、隼人は拳を握りしめながら遥か先にまで続く道を見ていた。隼人の目には明るい電灯のコンビニが見えた。夜のコンビニに入り込んで拾った小銭を出しておにぎりやパンを買っていた中学時代。隣には蓮がいる。ルルグの青年期はどうだったのだろうか。目に映る景色は死体だらけだったのだろうか。


 胸の魔石に手をかざす。アーマーの模様が光り輝き、空に緑の線を発したと思えば剣の柄のような結界を出現させた。それを掴んで勢いに任せて引き抜く隼人。結界によって構成された剣は隼人が握ることで輝きを増し、燃える炎のように光を発し続けていた。


「君も同じ道を選ぶ……か。堕ちるものを見たのは初めてだ」


 ルルグの爪も光を発し、水平に剣を構える隼人。前に出たのはお互いに同じ、そのまま踏み込んで上から叩き切るように振り下ろした隼人。ルルグの爪と隼人の剣が交差しあい、鍔迫り合いから一歩離れてまた隼人は斬りかかりにいくが仰向けに倒れたルルグが上手。そのまま、爪先から直線に光を発射して隼人の脇腹を貫いた。


「アァア!?」


「遅いよ……!」


 そのまま肋を引き裂こうとしたがアーマーで手を包んだ隼人はその光を掴んで無理やり引き抜くことでことなきを得る。が、鋭利な刃物を素手で掴むような暴挙なので隼人の左手は血だらけだ。清水のように垂れる隼人の血、上からさらにアーマーで包むことで出血を抑える。無理やり締め上げたことで痛みはさらにキツくなり、隼人の頬からは脂汗が滴り落ちた。


 間髪入れずに隼人は右手で掴んだ剣を横凪に振り回す。他愛もない攻撃にルルグは残念そうな顔をしたが受け止める寸前に剣筋を変えて剣だけが直角に曲がったことに驚いたような表情をした。が、空いている左手を当てれば何ということもない。奇妙な格好で受け止めることになったが前から押すように寄ってくる隼人の目は血気に溢れていた。


「ここまで話をこじらせたのは俺でもお前でもないけど……!! お前がやってることは間違っているんだ!! 遊びで奪ってはいけない命なんだぞ!?」


「じゃあ君に答える舌はないね。生きる意味さえ見出せやしないから人間は支配したがる。殺される前に殺したがるんだ。そんなことを言えるほど君は立派なのかい?」


「そうだとしても……俺は極東支部の戦闘員だ!!」


「それは一人前の男の台詞さ」


 両足で蹴り飛ばされた隼人はそのままルルグの五本指から光を発射。指揮棒のように振るい、隼人の体にめり込ませていく。またそれを引き抜こうと隼人は掴むのだが分岐していく光に追いつくことは出来なかった。ルルグの爪、授かった力によって斬撃は固定され、万の物を切り裂くことができる。そのまま光をふるって投げ飛ばしたルルグは大きな笑い声を上げた。


「アッハハハハ! 傑作だ、実に面白い、こんな人間は初めてだ……。殺すために戦うなら、君はまだまだ若すぎる。……にしてもなんと他愛もないことか」


 ルルグ自身、もう終わっているとも思わなかった。まだ彼からすれば前座でしかない力。そして粉塵を上げる壁からフラフラと目の前の人間が歩いてくることも知っている。ルルグの口角はスッと上がり、両手をパシパシと合わせて喉から何かを締め上げるような音を発して笑っていた。


 粉塵から槍のような鋭い結界が伸びてきて飛び上がりつつ、体を捻りながら避ける。壁から手をかけて出てきた隼人のアーマーは緑色に光っていた。浮き上がる血管のような線から漏れ出す光、ルルグは自分の毛が逆立っていくようなある種の闘争意識が溢れていることを知る。目の前の人間、いや魔獣だろうか。水晶玉から覗いていたアルマスの最期の際、あの巨体を持ち上げた光と似ている気がしたのだ。


 隼人のアーマーが全身に装着されたかと思うと音を立てて装甲の一部が開き、内部の魔石が剥き出しになっていく。その魔石が新たにアーマーを覆う鎧へと変形していって隼人の体を侵食するように変形させていった。踵や肘に伸びる刃、隆起した山のような鎧に顔の部分が開くように展開して魔獣、碧巨兵をそのまま象ったような魔石の鎧が顕になるではないか。スッと伸びた緑色の目の中にルルグは突き刺さるような隼人の目を見た。


「間違いじゃない……。僕と君は同類だ……! いや、違う。歴史は繰り返していくんだ。アッハハハハ! すごいよご主人様、アンタの計画は順調に進んでるじゃないか!!」


 鎧の関節部位から煙を発する隼人。視界が一瞬緑色に染まっていたが直ぐにいつもの視界に戻った。手や体を見るとアーマー装着時とはまた違った感覚が、上から着る鎧ではなく、鎧そのものが己の体になっているような感覚だった。研究所で聞いた自分の体への変化、自分自身が感じていた人間離れした力と再生力。あの覚醒魔獣の時は必死だったので気がついていなかった。が、一瞬だけ碧巨兵の姿が自分の視界に映って何かを託すような目をむけていることを知った。


「夢じゃなかった……か。碧巨兵ガーディアン……お前はどうして俺にこんな力を渡したんだよ……。どこまで俺を化け物にすれば気が済むんだよ……!」


 隼人はグッと拳を握ってルルグを見る。ルルグはひたすらに腹を抱えて笑っているようで隼人の独り言も何も聞いていなかった。それでいいのかもしれない。一歩づつ隼人は歩きながら周囲を見渡す。焦げた車や倒れた道路標識はもちろん、割れたガラスから覗く焦げたオフィスもそうだ。当たり前に生活していた人々を一瞬にして失わせた亜人がいることを知った。


「お前達だってそうだったのかもしれない。お前だって当たり前を奪われたのかもしれない。だからといって……! 繰り返すんじゃあ悲しいことは消えないじゃないか……!」


「消えないよ? 殺しを決して許さないのが君だ。でも……それを知っていながらも君は僕を殺そうとしている。立派なことを言っても……解決するほどの時間が人間にあるとは思えないよ。僕らよりも寿命だって視野だって狭いのが人間だ。彼らは必死になって歯車になろうとする。兵士として生きるなら……感情を捨てたほうが早いからねぇ」


「俺は感情を捨てたりはしない! お前だって……『それでも』って気持ちがあったからこそ今まで生きてきたんだろう? 軍部に死ねと言われようが生きてきたんだろう!? 頼むそう言ってくれ! 言ってくれないと俺はお前を殺さないといけないんだ!!」


 ルルグは一瞬の隙をついて隼人の胸ぐらに蹴りを入れた。肉を蹴る感覚とは程遠い、硬い岩に八つ当たりしているような痛みが足に走る。ルルグは舌打ちをかましてから抑え込もうとする隼人の腕を掴んで背中に回り、思いっきり締め上げた。苦悶の叫び声を上げる隼人にルルグは後ろで耳打ちをするように唇を近づけて話し出す。


「違うね! こうやって……生きてるって感覚を忘れたくないからさ。知らないだろう? あの時の僕らはこういう尋問が当たり前だったんだぜぇ?」


 そのまま腕をとって隼人を背負い投げのように地面に叩きつける。そのまま腹を踏みつけてルルグはまた隼人の顔に近づけていく。


「戦うことが罪なら君も同罪さ! 魔石に乗っ取られるほど戦ってきた君がぁ! 君が知っている戦争はたしかに終わったさ! あぁ、とっくの前に終わっているよ。けど僕の戦争はまだ終わっていない……! 知らない間に終わって兵士の存在を消された戦争なんかじゃない……! 僕が僕であるための戦争は……まだ終わっちゃあいないんだぁ!!」


 ルルグが振り上げた拳を隼人は掴みかかり、そのまま徐々に顔から遠下げていく。鎧の目に映る隼人の眼は何かに取り憑かれたように必死だった。


「珍しく……感情的になってもよぉ……。お前がそうやって戦うたびにまたお前のような兵士が必要となっていくぞ……。俺だって無闇に魔獣を殺してるんじゃない……! 戦っているんじゃあないんだ……!! 笑いながら堀田先輩の大事な人を殺したお前に言われたくないなぁ!! 人が死んでるんだぞ!! 遊びじゃあないんだよ!!」


 隼人の胸から吐き出された結界は束のようにまとまってルルグを吹き飛ばした。たしかにルルグの言っていることももっともだ。人魔大戦だって人間が引き起こした理不尽な戦争だ。その戦火の中を生き抜いてきたルルグがいたのだろう。だとしても隼人は分からない。分かりたくないのかもしれない。人間がしたように亜人が人を殺してもいいという考えに。


「これが……これが人魔大戦の答えかよ……! どうして戦うんだ!! どうして繰り返すんだ!! どうしてお前はそっとしておくことができないんだ!!」


「もういい……」


 瓦礫の中から立ち上がったルルグは隼人の結界を叩き割って爪から光を発生させた。夜の暗闇のその向こうにいるルルグ、光る爪から覗く相手の顔は何かに諦めたような疲れ切ったような目だった。


「……死ねよ」


 駄々っ子のように叫んだ隼人の言葉は相手に何一つ届くことはなかった。波打つように隼人に襲いかかる大量の光。結界で防ごうと思うほどの力はもう残っていなかった。


「アンタ馬鹿なの!?」


 そんな声が隼人の斜め後ろから聞こえたと思えばルルグの襲いかかる光を相殺するように見覚えのある直線が貫いていく。光を光で相殺、原理は訳がわからないが隼人はどうでもよかった。ゆっくりと顔を上げると隼人の斜め後ろのビルの屋上からもう馴染み深い女性が降りてくるではないか。


「……アンタかよ」


 恋塚紅音は鎧の姿から剥がれるようにして消え、元の人間の姿に戻る隼人をジッと見ていた。生身の人間の姿に戻ったのを確認してから紅音は隼人の頬を平手で打った。もう腫れているのかどうかも分からないほど隼人の顔は真っ赤である。泣き後も見えるその顔を一瞬だけ背けた隼人はボソリとつぶやいた。


「生きてる……」


「いい? 相手は亜人よ? 私たちの言葉なんて分からなくて当然なの。……堀田班のことは残念よ。でも……アンタまで感情的になって戦うのなら……あの亜人と同じよ。そうやってアンタの暑苦しさに巻き込まれるのはもう勘弁なのよ」


 遅れて八剣班の弘瀬駿来がかけつける。隼人の顔を見た時に何か思うところがあったのかフンスと鼻息をした。


戦場ここでは話の通じないやつだっている。さっさと来い。ここに用はない」


 通信で優吾から送られた魔石の位置近くまで行くために走り出した。紅音もその後ろを追うように走り出す。隼人は溢れる涙なんか知らない顔をしてアーマーで顔を覆った。


「これだよ……いつだってこれなんだよ……!」


 そのまま走り出す隼人。魔装の腕輪はいつも通りで何も隼人に教えてはくれなかった。

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