極東支部の居住区、集合住宅が立ち並ぶ区の中で一際目立つ屋敷があった。洋風の屋敷であり、広い中庭を持つ戦闘員の家である。そこは数ある班の中でも選ばれた序列上位3位だけが使用を許される特別な住居。その中でも一番大きな屋敷の中庭で月明かりにその綺麗な青い髪を光らせる女性が一人。八剣玲華、その人だった。戦闘服のドレスアーマーではなく、シャツとロングのスカートを着ている。玲華はその髪を夜風になびかせながら月を眺める。
そんな彼女に近づく人物が一人。ジャッジャと草履の音が聞こえて玲華は振り返った。その人物を見てニコッと笑った。
「あ、未珠さん」
振り返った先にいたのは八剣班副班長、見鏡未珠。未珠は相変わらずの谷間と生足を見せる緩い着物を着ており、その幼女のような顔をほんのりと赤く染めて玲華に話しかけた。
「どうしたのじゃ? こんなところで」
「少し……、考え事をしてました」
風が吹いて顔にかかりかけた髪を指で絡み取って耳にかける玲華。そんな玲華をみて未珠は「もしや……」と、一言。
「決勝戦のことかの?」
「……、もしかして、心を視ましたか?」
ズバリと言い当てられた玲華は少しジト目になって未珠を見る。未珠はそんな玲華をみてクスリと笑った。
「そんなことわざわざせずとも顔に書いてあるわい」
それを聞いた玲華はやっぱりこの人には隠し事ができないなぁと思いながら素直に答える。
「はい、あの決勝での一戦。最後の一太刀はギリギリでした」
玲華が純粋に相手のマルスのことを褒めているのをみて未珠は少しだけ目を大きくする。
「ほぉ、おぬしがそこまで評価するとは。よほどあの新人はできるようじゃの」
「未珠さんも、同じように考えていたのでは?」
「さぁの。……おぬしはあの新人のこと、どう見る?」
玲華は少しの間、そうですね……と少し考える。
「不思議な感じがしました。なんというか、知識や実力が一人歩きしているような……。持っている力に対して、実戦の経験が足りないような感じがします。もし彼が私と同じくらい経験を積んでいれば勝つのは難しかったですよ」
率直な意見を玲華は述べて未珠は「ほぉお」と深く頷いてしばらくその場に静寂が訪れた。風が吹く音だけが響いた空間の中で玲華は口を開く。
「結局なんだったのですか?」
「別に? 意味はないわい。ただ気になっただけじゃ」
玲華は一瞬ガッカリした。未珠とこのような真面目な話をするのは久々だったので何か理由があるのかな? と興味をそそっていたのだが特に意味がないことを知り、ガクッと肩を落とす。未珠が一瞬左目を瞑る。
「これ玲華、勝手にガッカリするでないわ」
「あ! 今絶対、心視ましたよね!」
「視とらんと言っておるじゃろう!」
未珠は問い詰めるような玲華の言葉に拗ねたように反論し、頰を膨らませてプイッとそっぽを向く。そんな話をしていると中庭に入ってきて駆け足で近づいてくる男性が一人、弘瀬駿来だ。
「探しましたよ、二人とも。こんな所にいたんですね」
ニコッと優しい笑顔を浮かべ駿来をみて未珠は歩み寄って彼の背中に隠れる。
「いいところに来たのお、駿来! 助けてくれ、玲華が妾をいじめるのじゃ」
えっ!? と言った反応をとる玲華をみて駿来ははぁ、と息を漏らして呆れた表情をしながら未珠に向き直る。
「また未珠さんが何かやったんでしょ?」
「おぬしも妾をいじめるのか……妾拗ねちゃうぞ」
と言いながら未珠は玲華と駿来のそっぽを向いて黙ってしまった。いつものことだと彼は流して用件を伝える。
「みんなが二人を待ってます。二次会を始めるので早く来てください」
「宴か!!」
駿来の言葉に反応して急に顔を光らせた未珠は「宴会場へいざ行かん!」といった雰囲気で屋敷に入っていった。拗ねた顔から一転、駆け足で会場へ向かう未珠を見て駿来は、はぁとため息。
「ほんっっと調子いいなぁ、あの人」
「駿来さん、助かりました」
笑顔でお礼を述べる玲華に駿来は「いえいえ、いつものことです」と返す。
「俺たちも行きましょう」
「えぇ、そうですね」
今回の祝勝会の二次会。これは通称「宴」と呼ばれる。玲華はこの時間が好きだった。
八剣班は通常任務の際、班をいくつかの小隊に分けて各部隊に隊長枠を設ける。そんな小隊長だけを集めて班長、副班長とで夜な夜な行われる秘密の飲み会、それが宴だった。この宴において上下関係は関係ない。隠し事もなしである。思う存分酔い明かし、日頃の鬱憤を晴らす時間。これのおかげで八剣班は班員同士の対立はなく、隊長枠の戦闘員同士の仲もいい。
作戦会議室②、と書かれた部屋の前に着く。部屋の看板には「使用中」の文字がついており、名目上特別作戦会議室。隊長枠以外は立ち入り禁止の部屋だった。駿来がエスコートする形で扉を開ける。そこには重苦しい作戦会議室……ではなく、広いリビングのような部屋が広がっていた。大きな冷蔵庫が二つ、バーカウンターのようなアイランドキッチンと壁際には大きなテレビ、真ん中には10人は広々と使えるテーブル、それを囲むようにしてあるソファ。
豪華な屋敷から突然一般家庭にテレポートしたかのようなアットホームな部屋がそこに広がっていた。玲華は「あぁ……今日もこの時間が来たんだ」と思っていると奥に座っていた未珠が手引きする。下手に断ると面倒なので素直に導かれるとテーブルの奥に座らされてトポトポとお酒を注がれた。
「それでは玲華さん、乾杯の合図を」
全員が揃ったことで宴の開始である。玲華は杯を持って元気に声を上げた。
「それでは、皆さん。今日もお疲れ様でした! 八剣班の優勝を祝して、乾杯!!」
「かんぱ〜い!!」
その場にいた全員が乾杯の合図と同時に持っている飲み物をカンッとすり合わせた。そうして尊い班長を中心に今日も夜は更けて行くのだ。
「ぴぇぇぇぇぇん!!」
元気のいい声が会議場を包み込んだ。お酒をグビグビッと飲んで顔を真っ赤にした玲華が呂律の回っていない口を必死に動かしながら未珠に寄り添う。そんな玲華に未珠は「よしよし、今日はどうしたのじゃ?」と聞くと玲華は嗚咽を同時に行いながら必死に話す。
「ひっくえぐっ、りぇーか、ごわがったよぉぉぉ! きりゃれたんだよぉ。ほっぺから血がでちゃんだよぉ」
ベロンベロンに酔っ払って玲華はいつもの姿からはまるで想像のつかない幼児退行を見せていた。酔いで呂律が回らないなか、必死に未珠に訴える。玲華は疲れているのだ。そう、疲れている。今日の最後の一戦で彼女なりに衝撃的なシーンがあったのだ。庭で話した内容を酒でカバーしながら必死に話しているだけなのだ。
「それは、怖かったのぉ。よぉし、よぉし」
そんな玲華を未珠は優しい声色で頭を撫で撫でしながらなだめた。この幼児退行ぶりは他の何も知らない奴には見せることができないな……と遠目で見ていた駿来は考える。あの玲華が戦ったマルスっていう新人が見ると何を思うんだろう……と思っていると隣に座った人物が「やっぱ慣れねぇなぁ」と声をかける。昇だ。相変わらずのシャチのような柄の白と黒の色のフードを着た戦闘員。まだ19歳という若手ながら隊長級の実力を持つ八剣班の戦闘員である。彼はまだ19歳なのに隊長枠ということでこの宴に参加している。勿論、お酒は飲めないので彼は缶コーヒーをひたすら啜っていた。アルコールではなくストレートなカフェインの激流に飲み込まれながらも昇は椅子に座って飲む。
「まぁ、あれはなかなか慣れるもんでもねぇーよ。まぁ、慣れれば可愛らしい一面だがな」
女性を相手するときとは全く想像できない荒々しい口調で昇に言葉を返す駿来。昇は「そういうもんなんすかねぇー」と年上相手にタメ語まじりの敬語もどきを返した。そんな昇に話しかける人物が一人。
「なんだぁー? ススムゥ? おまぁえぇ、ぜぇんぜぇん飲んでねぇじゃねぇか。僕なんか四本目だぞぉ〜? どぉだぁ、ずごいだろぉ? 悔しかったら飲めよぉ〜」
「ちょ、歩夢さん。勘弁してください。俺まだ未成年です」
決勝戦のときとは全く違う常識人な一面を見せながら歩夢と呼ばれた人物の腕を引き離そうとする昇。彼が戦闘狂のようになるのはあくまでも戦闘時であり、普段はこういった常識人なのだ。そんな昇に話しかけた戦闘員の名は明通歩夢。同じく隊長枠の戦闘員で駿来とはほぼ世代が同じの人物である。視力のバランスが生まれつきおかしく、左目だけが著しく悪いのでずっと片眼鏡をつけている。歩夢はだいぶ酔っているらしく、昇に飲酒を強要していた。
キンキンに冷えた缶ビールを昇の頰に押し付けて「ゴラァ」と言っている歩夢に待ったをかける駿来。
「歩夢、その辺で勘弁してやれ。お前も未成年の時、それで困ってただろうが」
「ちぇー、いつもならそっちからぁ、仕掛けてくんのによぉ〜」
不服そうな顔をしながら昇の顔から缶ビールを離す歩夢。昇は「助かったぁ……」と肩で息をして缶コーヒーをゴクリ。グビッと更に歩夢がビールを飲んで「クハァー!」と言った後に缶を駿来に押し付けた。
「じゃあぁああ、かんぺぇーしよぉぜぇ〜」
駿来はヘイヘイと自分のグラスを彼のビール缶にコトンと合わせる。それに満足したのか歩夢はグビグビビールを持って顔を真っ赤にした状態で「最高だぁああ……」とソファに崩れ落ちた。
そんな歩夢を見ながらフッと短いため息をついてドカッとソファに座る駿来。彼はお酒にはものすごく強い体質なので性格が変貌するなどない。グラスに入ったウイスキーを飲みながらテレビをジッと見るのだった。
「駿来、暇じゃ。なんか話せ」
いつのまにか玲華は未珠の柔らかく、艶かしい太腿を枕にしてスピースピーと寝ている。玲華の対応が終了した未珠は暇になり、近くにいた駿来に声をかける。
グラスのウイスキーを飲み干した後に駿来は「出たよ、無茶振り……」といつもの未珠に困ったので頭を掻きながら話しかける。
「話っていっても……決勝戦のことしかないですよ?」
「それでよいよい、話せ」
玲華の頭を優しく撫でながら未珠は返事をする。駿来はおかわりのウイスキーをグラスに注いでグビッと飲んでから「そうですねぇ……」と話し始める。
「俺が相手した東島班のサーシャ・エルフィー。彼女はとてもまっすぐな女性だと思いましたね。槍の一撃は迷いがなく、決死の覚悟を感じました。ただ……、まだ何かに怯えているようです。そのせいで行動に迷いがありましたね」
海流の流れをねじ曲げて魚を集め狩りをする海龍と適合したサーシャ。彼女の一撃は凄まじい破壊力を生み出し、自分でも当たってしまえば大変なことになったなと駿来は思い出す。ただ、彼女の顔はなんらかの怯えがあるのか青かった。少しの威圧をかければ相手ができるという点では駿来にとって都合のいい相手でもある。
「ま、かえってこっちとしてはやりやすかったです。でも可哀想なことをしてしまった……。可愛かったからつい手を抜いてしまったんですけどそれが返ってダメだったそうです。これは反省……っと。そんなもんです」
「反省点……じゃの」
グラスのウイスキーをまた飲み干した駿来。そんな駿来に未珠が視線を移しているとキッチンの方から「か〜け〜るぅ〜!」と彼を呼ぶ声が聞こえる。
「だーれが可愛いって?」
「お前のことだよ、紅音」
駿来はフッと笑いながら目の前の人物、恋塚紅音を見た。決勝の時のようなローブは来ていないが半袖シャツにミニスカートというラフなコーデを決めている紅音は微笑む駿来を見て、酔っぱらった頬を手で覆いながらさらに真っ赤に染める。そして紅音とは違った声が後ろから聞こえた。
「……会心の出来栄え……」
そんな紅音の後ろには調理仕立てのおつまみが乗った皿を持った女性が一人。半袖シャツにジーンズを履いた女性で、海のように透き通った水色のボブショートの髪、小柄だがスラリと長い足をした控えめな女性だった。
「未珠さん、食べて」
「……ンム! 美味いぞ、藍!」
藍こと、梶沢藍は炒め物を食べて美味しそうに微笑んだ未珠を見てよかった……と嬉しそうに微笑んだ。藍にとって未珠を喜ばせることは幸せであり義務であると感じている。故に現在、彼女の幸福度はうなぎ上りを開始した。隊長級戦闘員の一員であり、前回大会で霧島咲を圧倒した戦闘員でもある藍は現在は新人の教育係を任されている。そんな彼女にとってもこの宴は楽しいものなのだ。
二つ持った皿のうち、一つを歩夢が「ちゅまみかぁ〜!」と飛びつくように奪おうとするがヒョイと藍から紅音が皿を受け取ってスルーする。一つの皿を持った紅音が「あんたのはこっち」と未珠が食べた方を指差した。
「それで……なんの話をしていたの?」
「あぁ、決勝戦の感想だ」
歩夢を黙らせて紅音が駿来に話題を聞くと決勝戦のことが。そのことを聞いた瞬間、歩夢は「そうやぁよぉ〜」とまた話し始める。
「紅音は負けたんだよなぁあ? あーあぁあ、クジ引きの結果が惜しいぜぇえ。僕だったら新人殺しくらい簡単にぶっ飛ばしてたんだけどよぉお」
挑発口調で中堅戦で敗退した紅音に絡む歩夢。たしかに紅音は対戦相手の宮村隼人に押し負けてしまった。最高出力のレーザーの中に飛び込んで接近するというバカとしか言いようのない攻撃で負けたことを思い出す。彼女が反論する前に真っ先に反応したのは昇だった。飲み切ったコーヒーの缶をグシャ! と握り潰して歩夢に話しかける。
「それ、オレにも当てはまってるって分かってます?」
「あぁ、あたりめぇえだろぉお。ススムゥ、お前ダセェよなぁ。一瞬でやられてよぉ〜」
「黙ってたらグチグチとよぉ……! 俺はアンタと決着しねぇといけないようダァ! ぶっ潰す!!」
今まで常識人としての風貌を見せていたのに昇はすぐに歩夢の挑発に乗って次鋒戦の時のような戦闘狂モードに早変わり。ジト目はギラギラとした鋭い眼光を放つようになった。
「いいだろぉ! 酒を飲んだ俺は強いんだぜぇえ? 今日こそどっちが強いかわからせてやるヨォ!」
お互い完全にやる気になってそれぞれの魔装を起動させようとする。その時に響いたのは未珠のため息。
「ここでやるわけではないな?」
昇はカフェインが、歩夢は完全に酔いが覚めて冷や汗を垂らす。ピクリと頬を動かしてお互いに目を合わせ、ニッコリと笑い合った。
「く、訓練場を使います!!」
快く敬礼をしながら昇と歩夢は部屋から飛び出していった。ガチャ、バタン! と勢いよく閉められた扉を見て呆れたようにため息をつく未珠達。元気じゃのうと酒を飲む未珠。駿来は気になって紅音に声をかけた。
「おい、いかなくていいのか?」
「別にいいわ。酔った歩夢にまともに関わるだけバカバカしいし……」
指輪を少し見ながら紅音は返事をする。そして切り替えるように駿来と自分の分として藍と一緒に作った炒め物を手に取って紅音は箸を持つ。
「そんなことより駿来、食べましょう! はい、あーん」
紅音は駿来の隣に座り、箸を使って駿来に食べさせようとする。駿来は快く口を開けた。
「あーん……」
「美味しい?」
「おいしい」
「本当? よかった〜!」
「お前も食べるか?」
「うん!」
「あーーん」
男女供用で箸を使いながら一つの皿に添えられた炒め物を食べる駿来と紅音。180センチの大男があーんでご飯を食べるというラブコメ展開に突入した。それを隣で見せつけられる未珠と藍。二人は理解しているのだ。彼らが生まれた時からの幼馴染であることを。しかし、これで付き合ってないと言い張る二人。
「これで付き合ってないとぬかすのじゃから……。相思相愛なら付き合えばいいじゃろて」
遠目でお酒を飲みながらコメントを残す未珠。その隣に座っていた藍は紅音の大きな胸をずっと見ていた。タワワに実った果実のような胸を駿来に押し付けながら密着する姿を見て藍は自分の胸を見る。
そんな彼女の胸はまな板だった。何回かあるはずのない胸を触ってみるが何回触ってもぺったんこ。紅音の胸を見比べてため息を漏らす。
「紅音……、何食べたらあんな胸になるの? ……羨ましい」
いつでも果実を迎え入れる準備はしてるのに……とまな板の胸をさすってため息をつく藍だった。
更に夜は更ける。すっかり部屋も暗くなって駿来の肩を枕にして可愛いあくびをしながら眠る紅音。あくびをしながら赤くほてった頬を触れながらソファから立ち上がる藍。
「未珠さん、私もう寝るね。おやすみなさい」
「部屋まで気をつけるんじゃぞ〜」
未珠は眠そうに目を擦りながら部屋を出る藍を見送っていた。その場には未珠の膝で爆睡する玲華、駿来の肩で可愛い寝息を立てながら寝る紅音。そしてウイスキーをグラスで飲む駿来がいる。
「二人きりになったのう……駿来」
「……へんな言い方しないでください」
「別に変な言い方では言ってないがのう。一体、何を想像したんじゃ?」
いたずら的な笑みを浮かべて駿来をみる未珠。またしてもやられたと駿来は暗くなった部屋をいいことに少し顔が赤くなったのを隠す。そんな駿来を見ながら未珠は日本酒の瓶をラッパ飲みで飲み干した。「クパァ〜」と声を出す未珠を見てか駿来が少し心配した表情で話しかける。
「もう何本目ですか? かなり飲んでいるようですけど……」
「そんなもん数えとらんわいウイスキーを水で割らずに一晩でリットル単位飲むおぬしに言われたくはないの」
「ハハっ……、その通りですね」
この班はお酒を飲むと人格は変貌する班員が多い。未成年の昇はカウントしないとして駿来と未珠以外の班員は普段とは全く違った変貌を見せるのだ。紅音だって普段はこうやって接してくれてもいいのにと彼女の寝顔を見つめる駿来に「ちょっといいかの?」と未珠が一言。
「おぬし、そこの姑のようにやかましいやつのどこがいいのじゃ?」
紅音のことだ。宴の際はさっきのようなラブラブな関係をあらわにする駿来と紅音。そのことを聞かれて駿来は一瞬答えに迷ってしまった。「そうですねぇ……」と必死に言葉を掴み取る。
「うーーーーん……強いていうなら……全部ですね」
「なんじゃそりゃ」
拍子抜けするような声を出した未珠を無視して駿来は話し出す。
「産まれた時から紅音とはずっと一緒なので。正直いうと覚えてないの方が正確です。物心つく前は遊び友達だったのに……ついた瞬間にはもう好きになってました。まぁ、ずっと前に告白してフラれたんですけどね」
暗くなっているせいで駿来の顔がどうなっているかは詳しくはわからない。しかし、また紅音へと視線を移した駿来の顔は少し赤くなっている気がした。お酒に強い彼の頬が赤くなっているのを見て未珠は「惚れとるな」と心の中で呟いた。
「それでも諦めてないから今の関係で入れてるんです。いつでも俺は待ってますので。とにかく、嫌いなところがない。だから紅音のことは全部好き」
「おぬしもかわっとるのぉ。まぁよいわ、面白い話が聞けたわい」
「未珠さん、俺も一つ聞いても?」
「あぁもちろん。なんでも聞くがよい」
「未珠さんっていくつ……」
駿来がそこまで言ったところで部屋の空気が完全に凍りついた。今までリゾート地にいるかのような温かい雰囲気だったのに一気にブリザード地帯になる。
「どうやら……死にたいようじゃの」
「あ、ごめんなさい。冗談です」
真顔スレスレの笑顔で謝る駿来。未珠はこの班では一番の古株で極東支部戦闘員もどういう経緯で戦闘員になったのか、知る人はいない。故に彼女の年齢を聞くという行為はタブーとされており、それはこの班だけじゃなく極東支部戦闘員全体でのタブーなのだ。
「まったく……、誰に似たのかのう」
「えっとですね……。副将戦の時、なぜあそこまで話したんですか? 普段のあなたなら一瞬で勝負を決めていたでしょう?」
駿来の問いに「ん? あれか?」と深く椅子に腰掛けながら未珠は話し始める。月明かりが反射した顔を見せる未珠は姿相まって妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「なーんとなくじゃが、ここで教えてやったほうが後々楽できそうな気がしての」
駿来はそれを聞いた瞬間、一瞬「え?」と気の抜けた声を出す。未珠がこのようなことを言うと言うことはそろそろ世代交代とでも言うのであろうか? と考える駿来に未珠は「心配するでない」と言葉を返す。
「当面は妾のお気に入りはおぬしじゃぞ?」
「ハハ……そうですか。いや俺はただ……」
「もしや、昔のおぬしと重ねたか? だとしたらいい勝負かもしれんの」
「いくらなんでも昔の俺に重ねるのは可愛そうですよ。そうじゃなくて……いや、もう忘れてください」
話を切り上げた駿来に「そうか」と相槌をうつ未珠。駿来は「この人には救われたからなぁ……」と昔の自分をゆっくりと思い出していた。そんなもの思いに沈む彼に未珠は声をかける。
「酒が切れた。取ってきてくれ」
「あっ、はい」
肩を枕にする紅音をゆっくりと起こさないようにソファに寝かせた駿来は未珠の酒を取るためにキッチンへ向かう。そんな駿来の大きな背中を見ながら未珠は静かに呟いた。
「そう心配せずとも……妾達の未来は明るいわい」
夜の闇をほんのりと照らす月を眺めながら……未珠はそっと微笑んだ。
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