研究所での食事は栄養が良さそうな病院食に似た印象を伺った。ご飯、味噌汁、塩焼きの魚に卵豆腐。そして申し訳程度に漬物が用意されている。トレーがマルスと隼人の机の前に置かれた際、ギョッとした顔で隼人は運んでくれた研究員、早川の顔を見ていた。
「こ……これだけ……?」
「食べ盛りなのは僕も承知だけど……病み上がりだからね。今は我慢さ」
「あぁあ……さっきで無駄なエネルギーを使ってしまった……」
お腹が空くほど叫んでいた隼人を思い出してマルスは軽く吹き出しそうにもなるが用意された食事も十分に豪華だと思えたのでありがたくいただく。味はマルスが想像しているものよりもずっと薄かったがそれでも今は美味しく食べることができた。去っていった早川と共に大和田も食事に向かい、その場はマルスと隼人と香織の三人だけとなる。もう夜が遅いということもあり、香織は一晩だけ研究所で泊まることになっていた。悠人に連絡した時に隼人が交代で相手をし、悠人も大変嬉しそうに反応していた。蓮に変わろうとしたが通信機の奥で彼が嫌がっているような素振りを見せていたために断念。隼人もそこは笑って許していた。
「すまんな……」
「いいや、気にすんな。柔美さんに頼んだらまたマシになるだろ。近々俺も屋敷に戻れると思うから他の班にもよろしく言ってくれると助かるぜ」
「あぁ、今夜ちょうど会議があるから言ってみる。お大事にな」
通信は切れ、香織に通信機を返したところで隼人は大きなため息を残していた。コップに注がれた水を飲みながら頭をかく。
「あれから蓮はずっとああなのか?」
「そうね。私なんかは話しかけても『大丈夫』としか言わないけど……彼もしんどそうよ。帰ってきたときはいつも通りで接してあげて。それの方が良さそう」
「だな」
味噌汁を一気に啜る音が聞こえた。覚醒魔獣のダメージはこんなところにまできているとは、マルスもある種の危機感を感じるようになっていた。窓の外はもうすっかり暗く、夕食を全て食べ終わった頃にはチラホラと星が出ている。山奥にある研究所だ。ここあたりも中々に暗い。夜行性の魔獣を刺激しないように中の光は外に漏らさないような作りになっているし、夜間の外出は禁止されている。研究所には研究所の細かい規定があるのだ。
「そういえば香織、先程悠人が会議か何か言っていなかったか?」
「あぁ、班長副班長の会議ね。もう夜なのに今日は極東支部の主要班長、副班長達が集会をするんだって」
「極東支部も俺たちだけではないからな……。情報の共有や今後の対策が重きだろう。……亜人達だけが知っている情報はあるかが気がかりだ。奴らあの騒動で覚醒魔獣を野放しにしただけで何もしていない」
知らない間に水を飲み干していた隼人はマルスの話に耳を傾けながら手拭きで汚れを拭いて机をノックするように音を立てている。一定のリズムで音を鳴らすその様子、マルスは特に気にしなかったが香織が苦手らしくいささか顔色が曇っていた。それに気がついた隼人がスッとやめてソワソワした様子で口を開く。
「俺たちが眠った後に襲うとか色々できたはずだからなぁ……。しなかった、あるいはできなかったか……? 俺のアーマーやマルスの剣、その他の仲間達の変化は予想外だったから……じゃないか?」
「それが自然だな……。会議の詳細はまた悠人に聞くとしよう。こちらとしては体を早く慣らさないとな」
「明日帰ったら悠人に詳しいことを聞くわ。その時に連絡する」
「ありがとう、香織」
マルス側でのやることもしっかりと固まったことはいいのだが魔石についてのことを大和田から聞かねば始まらないような気もしていた。空になった食器を前にマルス達が色々考えていると大和田が部屋に入ってきた。どうやらマルス達の話がひと段落するまで少し待ってくれていたようだ。
「美味しく食べれたかな?」
「あぁ、美味しい食事だった」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。パイセンやサーシャ、優吾はどうなんですか?」
「彼らは眠りが落ち着いてきた。明日にはスッと起きるはずだ。それと……宮村君とマルス君の魔装を返しにきたよ」
テーブルには隼人の魔装である腕輪が、そして手渡しでマルスには剣が与えられた。少しだけ鞘から抜くと淡く黒色の光を出しているのが見えた。どうやら魔石がマルスの中に入ったことで魔装と自分との反応が濃くなったようである。腕輪をつける隼人も少し似ているようでトントンと腕輪を叩きながら何かに気がついたような顔をする。
「今までとは違う音がするぞ?」
「宮村君の魔装には魔石の大きさを縮めてある。これ以上大きくすると魔石との反応が大きすぎて君の体が壊れてしまうからね」
「もう十分なほど俺の体に入ってるってことか……」
「そうなるね。君の魔装のナノテクノロジーは細胞間の微粒な電気信号を吸い取ってエネルギーにしている造りだったから今までは急な体力の減少もあっただろう。だが……今の君は別だ。細胞間から吸い取らなくても魔石がある。それが壊れない限り、結界やアーマーは張れるようになるが……体が持つか分からないんだ」
「じゃあ……限度越えたら俺の体は結局壊れるんですか?」
「申し訳がない……。今の我々にはここまでが限界なんだ……」
「……とんでもねぇな……」
腕輪と自分の胸を見比べて一瞬だけ顔を青ざめさせる隼人であったが先程のような弱い顔はせず、効率よく使う方法を模索しているようだ。ここまでくると会えて使わない方向で考えるのも無理もない。大和田はマルスに向き直った。
「マルス君の剣には特別な研磨剤をかけておいた。切れ味や変形時の動きが良くなったと思う。変形時が一番の隙だからね。そこを埋めておいたよ。君の場合は魔装と体が繋がり過ぎてるほどに繋がっている。これも妙だが……適合の魔獣は未だによく分からない。機械も出してくれないんだ。聞けばこの石は拾ったものらしいがどこで拾ったかなどは覚えているかね?」
「それは……かなり小さい頃に拾った石なんだ。その当時の記憶はもうない」
「……なるほどね。今はそうしておこう。また分かった時には連絡してほしい」
頷くマルス。ごまかしはいつか効かなくなるかもしれない。それまでは戦争が終わることを祈りながらの毎日になる可能性もある。彼としては精一杯の反抗を行なって均整を取らないといけないのだ。マルスはここで少し話を逸らすことにした。
「大和田、そういえばの話だが……俺たちのように魔石が体に侵食した例は過去にあるか?」
「いい質問だね。ちょうど答えようかと思っていたところだよ」
大和田は今まで腕に挟んでいた薄型コンピュータを開いて何かのファイルにアクセスしていた。少しのロードを待っていると資料のようなページが出てきて大和田はサッとそれをマルス達に見せる。写真、といっても絵を写したものになるのだがそれらと文字だらけの資料であり、隼人は苦手らしく少しだけ退屈そうな顔をしていたのだ。
「古い資料だったから期待はしていなかったのだがね。面白い記述を見つけたんだ。古代には錬金術が流行っていたのはご存知かね?」
「あぁ。元はエジプトやギリシャがやっていたものだがこの通り有名なのはフランスなどの西欧諸国の錬金術だな。ハッキリ言ってまやかしのようなものだろう。普通の石から金を作ることはできない」
「今でいう詐欺みたいな行為を行うため、とも言われていることだからね。今回は西欧諸国ではなく古代エジプトやギリシャの話になる。錬金術に隠れて古代の我々人間達は魔石にも目をつけたそうだ。これが当時から発足して現代の対魔獣協会の魔石研究の始まりとされている」
人間が作ったとされる偽りの技術、それが錬金術。金儲けの詐欺扱いのような事例もあったとされる技術だが隠れて魔石の研究を行なっていることは少しだけつながる節があるとマルスは思っていた。魔装の原理も言わば錬金術のようなものだ。全く別のものから魔石を仲介させてまた別のものにする。こじつけと言われればそれでおしまいな気もするがマルスはそう納得していた。
「その研究は国家によって秘密裏に行われ、裏ビジネスとして大きな発展を遂げた。その過程で現在の魔装の原点ともされる道具が作られるようになったんだ」
「っていうことは俺たちが伝説とか実在していないとか言ってる武器や道具はとっくの昔に本当にあったということなのか!?」
「そういう説も実際にあるんだ、宮村君が言うようにね。裏で発展しているものだから中にはとんでもない考えを出した学者もいたものでね……それが魔石を使った人体実験だよ」
古代の人間達は自身の国家を大きくするために様々な政策を立てていた。他国への侵略はもちろん。新天地の開拓に国の土地の整備や大きな抑止力を持つことまで。ここあたりはマルスの専門分野だったのでよく分かる。動かしていたのも自分ではあるから。ただマルスとしては動かすきっかけを与えるような存在であるために裏で人間の知恵が動かした事例を見ることはなかった。それ故に魔石の研究の話を聞いて驚いている節もある。
「結論から言うと人体実験は成功しなかった。体が拒絶反応を起こして死んでしまう。当然だ、異物を入れ込んで強化をするなんて普通の人は思い浮かばないし、思ったとしても実行はしない。でもね、奇妙な伝説を持った偉人達がこの世にはいたはずなんだ。未来予知や超能力と言ったようなオカルト的な現象を行ってしまう人たちが」
「彼らが魔石の侵食に耐えたとでも言うのか? 第一、なぜ彼らはわざわざ自分たちの体を変えようとした。その当時から亜人はいたはずだ」
「亜人はたしかに古代から住んでいた。だがね、遡るとまだ人間は進化の途中に対して亜人はこれ以上もなく完成された体を持っていたとされているんだ。進化論なんて受け付けないほどにね。これはいくら遡っても分からなかった。ということは、古代の人間達は亜人よりも立場が下だった。あとはわかるね?」
「成り上がろうとしたか……待て。もしかして俺たちが魔石に侵食されたのはその古代を繰り返そうとしているからか?」
マルスの発言に隼人も、そして香織も鳥肌のようなものが一気に膨れ上がるのがわかった。さっきの説で御伽噺や伝説が空想のものではない可能性が出た今、あの覚醒魔獣とされる化け物や魔石の侵食といった事例も繋がる節があるに違いないのだ。
「亜人の目的は古代のように俺たちの形勢を逆転しようとしていたか……。大和田さんが言った通りに解釈すると魔石が侵食したのも宿主である俺やマルス達を死なせないようにするための……」
「そうなるね」
「なんてこったい……。とんでもねぇ時代に生まれてしまったわ……」
戦ノ神のあのセリフ、『厄介なものが復活するかもしれない』が脳裏を横切る。あの覚醒魔獣が古代にいる魔獣と同じだったと言うことは時々再生される燃える大地も全て古代にあったということになる。全て現実だとしたら恐ろしくて仕方がない。あれは一種の予知夢のようなものなのだ。
「大和田、大至急で頼む。今から探して欲しいものがある」
机を叩いて立ち上がったマルスを見て隼人が「あれ?」と素っ頓狂な声を上げている中でマルスの目は本気であった。大和田にもマルスが何をやりたいかを察して頷き、二人は病室を出て行った。何をするかは分からないが香織も隼人もいつも通りのマルスを見ることができて少しだけホッとしたようなそうじゃないような気持ちになる。
「でもよ……どうして侵食は俺達だけなんだろうな……。恋塚さんや福井先輩だってなってもいいじゃないか」
隼人の一人ごとを聞き流しながら香織は今までのツタの魔石やそれによる進化などを思い出していた。なぜエリスが連れ去られたか、何故人魔大戦から見つからずに現代まで生きてきたのか、朧気ながら分かったような気がしていた。
誰にも奪われない武器を作る、それが魔石研究学の理念であった
「魔石研究学 図説」
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