「すまんの、翔太」
「気にしないっすよ。新人殺しはどうでした?」
翔太の車は研究所の近くにある駐車場に止められていた。未珠が研究所にいた時間は一時間もいない。彼女の目的は様子見と優吾だったので用事は早めに済んだのだ。時間としては早くとも未珠にとっては深入りする話をしてきたもので体感では一時間をとっくに越えたような気がしていた。助手席に座って深く息をついた未珠を見て翔太は後部座席に置いたビニール袋を腕を伸ばして取り、未珠に出す。
「暇だったもんで買い出ししてたんだ。お茶と饅頭がは言ってますよ。食べます?」
「お主も気がきくようになったの。いただこう」
内側が水滴で覆われた袋の中からペットボトルのお茶と饅頭を取り出した。未珠は粒あん派、翔太はよく知っている。特に気にせずに未珠が饅頭を食べ出したので些か寂しそうな表情をしたがすぐに切り替えてホルダーにかけたコーヒーを飲んでいた。
「予知は合っていた……。妾が感じた時間に優吾は目覚めたわい。この眼の勘は歳をくうごとに強くなる」
「大原優吾か……。うちの乃絵がアイツの話を沢山してくれましたね。適合も先生と似てるんでしょ? 演習の映像も見ましたがアイツ、自信なさげな顔の割にとんでもない動きをしやがる」
「そうじゃの。妾の剣筋は見えなかったようじゃが……それも仕方ない。準決勝じゃったか……、ギーナのやつが久しぶりに妾に連絡をよこしてきた。『すごい奴がいた』そう言っておったよ。そして妾が決勝であの子を見た時、どうも楽になりそうな気がした。その勘は正しかったようじゃ」
現在は八剣班の中で副班長の名目で戦闘員をしているが少し前までは見鏡班として、極東支部一位の班長として君臨していたのだ。早すぎる世代交代に翔太も驚いたものだ。八剣班の中でも八剣玲華、弘瀬駿来を弟子として導く日々を送っており、朧気ながら翔太は次の世代交代が近づいていることも察していた。
「へぇ、ギーナのやつがねぇ。アイツは先生から鍛え方を吸収しやがったせいで追い込みが俺よりも半端じゃない。不足の事態がきても生き残れる体と運を合わせ持ってる。そんなやつを動かした大原もスゲェな……」
「お主は妾から何を継いだのじゃ?」
「俺すか? 自由に風のように生きるフットワークの軽さを受け継ぎましたな」
「答えに迷ったの」
「ち、違いますよ!? ッタク……ホンッッとに昔から変わらないや」
饅頭を食べ終えて口元を拭った未珠は翔太が向けるビニール袋の中にゴミを入れて軽く息をついていた。翔太は日除けを未珠にかけようと腕を伸ばしたが未珠はそれを静止する。翔太はハッとして未珠に向き直った。
「アッ、そうか……。変なもの見えるんですよね」
「それもあるが久しぶりに日の光を受けていたくなった……良いな?」
「もちろん」
鍵を差し込んでグルリと回す。エンジンがかかった車は小刻みに揺れ出した。翔太はゆっくりと駐車場の中を移動して公道へ出て行く。覚醒魔獣の一件があり、市民は少し警戒したらしく、お昼を越えてすぐに店を閉めたり、続けるところはまだ続けてたりとしているので人はまばらだ。車もそうであり、いつもなら合流地点で混んでいるはずのインターも問題なく通過できるほどの交通量である。疲れていたのか未珠は瞳を閉じて眠りにつこうとしていた。翔太は運転席のそばにあるレバーをゆっくりと引いて未珠の背もたれを下げていった。
「支部に着くまでゆっくり休んでください。朝早かったでしょ?」
「全てお見通しか……。すまんの」
会ったばかりの頃は世の中をどこか舐めていて手に負えなかった翔太も未珠と翔太とペアを組むことになった紅羽の指導のおかげでここまで立派な人間になった。教えは全て、翔太が吸収している。そのことを身に染み込ませながら未珠は眠りについた。翔太はなるべく起こさないようにゆっくりと運転をしながら街を見ている。
『がらんどうだな……。民間人の避難令は出していないが……』
アジ・ダハーカによって破壊された大型施設やオフィス街には工事現場となっていて交通規制をかけていた。元の生活と言えるところまで修復すれば民間人も帰ってくるのであろう。たが翔太の脳裏には全く別の考えが巣くっている。そんな日はくるでのあろうか。まだ翔太はお目にかかっていないがこの前の覚醒魔獣にしろ、研究所にしろ亜人による活動なのだ。亜人が消えない限り、今までの平穏さを取り戻すことができないことに翔太は薄々気がついていた。
今まで当たり前だと思っていた日常はこんなにも簡単に変わってしまうのだと考えるといかに自分たちがぬるま湯の中で生きてきたかを思い知らされたような気もした。運転をしているとどうも深くものを考えてしまうようで。翔太はため息を吐きながら運転を続けていた。
公道から徐々に外れて行き、事務局へとつながる専用の道路に入ってからは特に何も考えずに運転を心がけていた。通信機が音を立てたので翔太はドキッとしてしまい、舌打ちをしながら応答した。
「こちら翔太」
「遠野か。今どこにいる?」
「鳥丸……急にどうした? 任務はもう終わったのか?」
「あぁ、任務はすぐに終わった。けど……」
「え? 声が聞こえない。もっと大きな声で話してくれ」
「今は大きな声を出せそうにないんだ。神奈子に変わる」
何やら緊急事態らしい。道路には止まっても問題なさそうだったので出来るだけ隅に寄せた状態で駐車をした。止まったことで体に違和感が募ったのか目を覚ましてしまったのだ。
「ん……? どうかしたのか?」
「あぁ、先生……すみません。鳥丸が連絡寄越してきて」
『遠野、聞こえる?』
翔太は通信機にコードを繋いで車に接続し、スピーカーで通信を聞くことにする。戦闘員支部の車両は車内で情報共有ができるよう、スピーカー接続が可能であり、翔太はその機能を使うことにしたのだ。スピーカーからは機械音声のような女性の声が聞こえてきたのだ。
「あぁ、夜野。問題ない。どうした?」
鳥丸班副班長、夜野神奈子。鳥丸班の副班長にして逐次支部と連絡が可能な通信士でもある。彼女の適合、黒影蝙蝠は夜間、視力を使えない状態でも全身の発声器官から発する音波にて索敵や通信が可能な魔獣である。故に彼女の魔装はヘッドホン。声に出さなくとも脳波を感知して通信をすることが可能な性能を持っているのだ。
『鳥丸が言ったように任務はもう終わっている。対象の魔石を回収、帰還までいこうとしたのだけれど小さいながらに物音があったから今隠れているの。近くにあった木の上で様子を伺ってる』
「何が近づいてきたんだ? 新手の魔獣か?」
『そう思っていたんだけど……足音が違うわ。……っ!?』
夜野の息遣いが聞こえた途端に通信は切れてしまったのだ。翔太はギョッとしながら応答を繰り返したが夜野からの返信が来ることはなかった。一緒に通信を聞いていた未珠もスッと目を動かして翔太を見る。
「動くべきじゃな」
「けど……支部近くのこの道路からだったら鳥丸達の任務地点までは遠回りすぎる……! ッチ、何があったんだよ。いやいい、俺達は確実に向かいましょう。誰か近いところで援軍に行ける者は……」
「ふぅむ……翔太。東島達はどうじゃ?」
「それだ! アイツらはまだ研究所かどこかだ。すぐに連絡します」
「連絡は妾がする。翔太は確実に向かうのじゃ」
翔太はエンジンをかけ直し、きた道を引き返すようにして車を飛ばしていくのであった。間に合ってくれればそれでいい。非戦系の鳥丸班に何かがあればまずいし、誰か戦闘班の人間を同行させておけばよかったと反省点は見える。夜野が連絡をするということは少しでも動いたり口を動かすとバレてしまうくらいにピンチの時であった。一体夜野は何を見たのか、そして何のアクシデントがあったのか。翔太は考えを凝らしていく。
「翔太、ちょうど東島達は歩いて帰るところだったらしい。おおよその場所は送っておいたぞ」
「俺に繋いでください」
通信機を動かす電子音が聞こえたと思うと翔太の車のスピーカーから焦ったような悠人の声が聞こえてきた。
「こちら東島です。さっきの話は本当ですか!?」
「落ち着け東島。俺は迂回しながら車でそこに向かっている。お前一人か?」
「香織と……仲間が一人います。支部へと繋がる専用歩行路に入ろうとしていましたから魔装使って走ろうとしていました。鳥丸班の安否が……!」
「待て東島! あとで説明するが特殊な通信で俺に送ってきたんだ。それはアイツらの近くに敵がいるということになる。ギリギリ目視で確認できるところから写真かなんか撮って援護にまわってくれ」
「了解です」
通信が切れた。翔太は舌打ちをしながら移動を進めていく。確実に何かが起きている。それも魔獣のことではない。どこかで亜人が関係しているに違いないと思えるのだ。が、その答えを出せるほどまだ証言や証拠がないためにその考えには何も進展はなかった。
「無事であってくれよ……! もう失いたくないんだからさ」
いつもよりハンドルが濡れている。
夜野神奈子
適合:黒影蝙蝠
使用武器種:ヘッドホン
性能:ありとあらゆる音波をキャッチすることが可能で反響定位による索敵までできる。索敵する場合は棒か何かで周囲を叩くと発動。それに合わせて自身が一定の周期の音波を発生できるのでテレパシーのように通信機へと会話することも可能。
※しかし、使用者本人の難聴により、ヘッドホンを少しでも外すと何も聞こえなくなる
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