戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

静かなる怨み

公開日時: 2021年11月9日(火) 21:01
文字数:4,180

 月夜が来るまではあと少しだった。仄暗い地下堂の真ん中で宙を浮きながら呼吸を繰り返し、腕を広げるようにして位置を整えているのは空の勇者、ベイル。キツく縛られた腰布に屈強な肉体、そして頭には三つ編みのように丁寧に編んだ冠羽に骨で作った髪飾りをつけている。彼が鳥人族でいるために必要な証、ただの飾りとは訳が違うのだ。


 音を発しながら左の義手が光だし、ベイルの真下に映る影が細かく震えるようにして広がっていった。壁一面に絵のように広がるベイルの影達をみて拍手をしながら部屋に入ってくる者が一人。


「ルルグ、今は鍛錬中だ。導きの邪魔をしないでもらおうか」


「君の神や教えには興味ないよ。僕は僕の生き方をする」


 一瞬だけベイルの目が血走って鋭く尖った影がルルグに牙を剥いたが当の本人はヤスリで爪を研ぎながらフッと息を吹きかけているではないか。ベイルは影を引っ込めて地面に着地して腕を組みながらルルグと対峙した。ルルグよりも圧倒的に体格が大きいベイルの威圧力も中々だがルルグの目の奥から覗く澱みも深淵まで続いているようで不気味だった。


「なんのようだ?」


「別に? 強いて言うなら君が変に時間をかけるせいで僕の魔獣達がお腹を空かせている……ってことを伝えにきたのかな。ほら、君のとこと違って僕の魔獣は怖いからさ」


「満月の時が決戦と何度も言ったではないか。導きには種族関係なしに従ってもらう。ご主人様もそう言っている筈だ。あのお方の命令は絶対、逆らえばどうなるか分かるであろう?」


「そりゃ心構えてるさ。でもねぇ、いくら神のためと言ってこんな辺境の国に拠点を置いてるのも僕からすれば我慢ならないんだよ。たしかにここは魔獣の種類が綺麗に分かれてる。癖がない分、面白い子はいないけどね。神を呼ぶ拠点とするにはもってこいだ」


「その最初の神を降ろす機会を得れたのが俺、ベイルだ。お前達には鳥人族の掟に従って行動してもらう」


「あらら、本気にしちゃって。神は神でも偽物みたいなもんだけどね。昔に死んじゃったそうだよ? ゲリラの時に教えてもらった。僕らの始祖でもあり、魔獣達の神となる存在……その一つが君らのぺリュトンって訳だ」


 翼を折りたたみながら咳払いをしてルルグを案内しながら歩き進め、ベイルは返事をした。退屈していたのか待っていたかのように案内を受けるルルグ。そんなルルグの手の甲にはベイルの義手に内蔵してある魔石のような輝きを発している。


「なんだかんだ、コイツは種族関係なしに仲良しのようだね」


「古い言い伝えだ。『力を失いし主は己の身を粉にして消えていった』、我々が神だと言っているご先祖も……元は一つの存在だったのかもしれない」


「そういうことなら納得。しかしよく古から今まで保存していたもんだよ。僕のなんて見つけるだけでも苦労だったのに……。でもクレアちゃんやビャクヤにケラムも……僕ら亜人の掟は人間には理解されなかったということにもなる……。でないと今まで残ってないよ」


 理解もされない状態で亜人に使命を与え、そして狩っていった人間。一体どこまで愚かな存在だろう。そうして幼き頃から従って働いてきた自分自身にも腹が立つ今、のうのうと暮らしている人間達への復讐がもう少しで成立するのがベイルからすれば楽しみでたまらないのだ。任務は遂行したが己の左腕を失ったあの時、突如として自分の背後に現れて腕を奪ったあの人間、変に記憶に残っている。ずっと長い時を生きてきたベイルから見ても不自然なくらいにくたびれた、そしてガランとした目だった。あれは間違いなく支配をする者の目である。


「で……そしてこれが?」


「あぁ、我が一族が残した……ぺリュトンの石だ」


 ベイルの部屋にもなっていた奥に大事に布で巻かれた石があった。ての中に収まるほどの大きさであるが他のどの魔石よりも輝いている。鉄臭い布で縛られており、留め具として骨のようなかんざしが刺されていた。


「この簪……君の飾りと同じ感じだ。これも誇り高き勇者の文化かい?」


「ずっと守ってきたことだ。空は生の苦痛から解放された者も共に飛ぶと言う。こうやって良き人の一部と共に空を舞うことによって護られると言われているのだよ」


「君のぺリュトンは空、そして魂の運び屋とも聞いたね。……ま、それ以上とやかくいう趣味は僕にはないよ。歴史を重ねる度に元あるものを全部壊してまた新しくする人間とは一緒に思われたくないね。アイツら、怖がってるんだよ。先代の天啓をさ。越えられたくないんだぁ……」


 傭兵として働いていたルルグは人間の何を見てきたのであろうか。ベイルとしては汚い部分を見たのが虐殺の時だけなので半ば憶測も入っているが兵士として戦っていたルルグはそれ以上の者を沢山見ている。支配する者、される者、それに従う者、逆らう者、そしてその間で彷徨い続ける者。


「僕からすれば夜こそが活動の時間だ。朝や昼は特に何もしない。ただ光を感じる。その感じた光を思い出しながら夜に動く。夜に悲壮感を詰め込みすぎるとも思ってしまうけど……それもどうだかね」


 尻尾をヒュンと振るいながら白けた表情をしてベイルを見ていた。姿形や生まれた境遇、積み上げてきた文化はまるで違う。が、亜人の中で人間と決定的に違うことは多種族の文化に疑問を持つ者はいてもそれを滅する方向に動く者がいなかった点だろう。何故か? 言及しても無駄だと分かっているからだった。上につくべき者は前者の念を受け継いで努めるからか。亜人の中での戒律を求める動きが活発だからか。それは彼らにも分からなかった。ただ長い間積み上げられた歴史から「無駄だ」と感じているだけである。


「旦那! 旦那!」


 湿った足音を立てながら近づいてきたのは蜥蜴人のケラムだった。彼の力である泥化は施設などで使うと地盤を緩め、壊滅的な被害を出しかねないのでご主人様から力の行使を禁じられている。這うことと泳ぐことに適した体の作りをしているケラムは時折り手を床につけながら倒れそうな勢いで走ってくる奇妙な格好でやってきた。ついでに慣れない泥やコケの匂いでベイルとルルグは一瞬だけ鼻を押さえる。


「どうした、ケラム」


「お話中にすんません。ご主人様が話があるそうです。白子様もいます」


「白子……? あの女がいるの? 今更何故?」


「ルルグの旦那、疑問や不満があるのはあっしもです。でもあの女には手ェ出さん方がいい。あっしは一回酷い目に遭ってますから」


 ルルグとベイルは顔を合わせてから頷いてケラムに連れられて集合部屋に入った。瞳を閉じてうたた寝しているビャクヤと乱暴に林檎を噛むクレア。水桶の中に浸かりながら白子に頭を撫でられているエリスにその隣で微笑む白子とベイルを迎えるヴァーリ。亜人勢、全員の集合であった。今まで姿を見せなかった白子が急にやってきたことに毛を逆立たせるルルグだったが彼女から発せられる覇気に圧倒されて徐々に毛を元に戻す。


「ベイル、ぺリュトンの様子はどうだ?」


「ハッ、上々でございます。あともう少しで満月……夜風に舞うのはあと少しですな」


 翼を畳んで椅子に座るベイルにカチカチと歯を鳴らしながら椅子に座ったルルグ。スッとビャクヤがうたた寝から覚めて目線をヴァーリに送る。口が寂しいクレアは無視して林檎を食べていた。ヴァーリは特に気にせずに尻尾を床に叩きつけて話を始める。


「聞いての通り、ベイルの魔石が先に光を取り戻しつつある。我々が解き放った結晶でもある魔獣が人間に破られ、なおかつ魔石が彼らを認めたのは心外であった。が、まだ驚異とは言えない。戦える人間が限られていることは承知済みであろう。人間の信頼力を利用して人型の魔獣を試作して作業をしてもらっていたが我々の予想外に信頼しあってないことも理解した」


 まだ試作の域を出ない人型の魔獣達に古に住んでいた魔獣達。それに合わせて決戦の満月までに行うべき作業が残っているのだ。ぺリュトンの風を吹かせることは中々に困難を極めているのだ。ベイルは勿論、他の亜人達もある程度は理解していた。古代の環境を現代に再現するという無謀な計画でもあるのだから。理解しているからこそ失敗の許されない工程がまだ残されている。


「人間は戦闘員という組織を組み、魔獣の死骸や魔石を利用した道具を作っています。それを彼らは『魔装』と呼ぶようです。一人一人が何かしらの魔獣と共鳴し、魔石が体を一部侵食することで力を発揮する……。脅威は彼らでしょう。他の人間は幾千年も変わっていません。この国を準備の地に選んだ以上……彼らの接触は拒めない。それに貴方達の個別の想いも知っています。……戦闘員が来るまで好きにしても構いません」


 それはあまりにも静かな虐殺へのカウントダウンだった。白子の体からは力を抑えているのが分かるくらい、ぼんやりとした青白い光が漏れていた。白子はエリスを撫でる手を離してから机を指で突き、考える素振りを見せた。


「ですが一人だけ……手を出してはならぬ者がいます。黒い髪に黒い剣の男には御用心なさい。彼は私がトドメを刺します。設置した魔石は一つ……人間に取られましたが残りはまだあります。そうでしょう? ヴァーリ」


「おっしゃる通り。古の魔獣が侵攻した際、人間達は危機感を覚えて街を離れる光景が多く見られたという。残りの魔石はそこに隠してある。満月の夜になってもベイルの鳥達が迷うことはないはずだ。そしてお前も、自由に空を舞うが良い」


「ありがたきお言葉……。勇者の戦いぶりをお楽しみにくださいませ」


 畳んだ翼を腕の前に広げ、共にお辞儀をする。鳥人族の中で感謝を示す行為であった。今まで口の寂しさを紛らわせるために林檎を食べていたクレアであるがふと食べるのをやめ、ヴァーリと白子に向き直る。


「その黒い男以外の獲物は自由にして構わないか?」


「構わん。クレアの怨みを晴らす時でもある。恐怖を与えて殺せ。情けは要らぬ」


 剥き出しの歯の間から生温かい息を吐きながらクレアはヴァーリから目を離した。決戦の満月はもうすぐだ。怨みを、願いを果たす時だ。勝利の時が来るまで彼らの復讐は終わらない。


 果たしてそうだろうか。白子だけまた違う心境で座っていた。


「戦ノ神……お前はいつも甘かった……。支配される者の怨みを思い知るがいい」


 神々のいない楽園を創るまで、白子の怨みは消えそうになかった。



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