離れた位置に座る佐藤をマルスは遠目に観察する。佐藤はずっとタブレット端末のような物に目を通しておりマルスの視線に気がついていない様子。先ほどのレイシェルに詰め寄るような口調や態度を見てまるで別人だと思えたのはマルスだけではないだろう。隣の香織も慎也もどこか気にしたような表情で佐藤とレイシェルを見ていた。
「で、レイシェル。まずは何の話し合いだ?」
空気感が静かだったのでマルスは声を上げてレイシェルにサッサと進めることを促す。ここは黙らない方がいい。黙ると余計なことを考える。それだけは避けなくてはならない気がする。佐藤に動揺してる姿は見せてはならない気がするのだ。レイシェルはうなづきながら話し始めた。
「まずは生存組をどうするかだ。稲田と月輪が殉職した以上、稲田班として活動は不可能。新たに班長副班長を決めようと思う」
生存組は柔美、咲、直樹、張、ルイス、大渕の6人。この中で魔装の性能や本人の技量、そしてメンタル面を考慮する。性能でいえば直樹は補佐としては役立つ性能だが戦闘はできない、それに彼は現在戦えるような心境じゃあないので任せられる訳はなかった。
「福井さんが班長でいいんじゃないか?」
今まで頬杖をついていた蓮が声を上げる。普段は会議中でも滅多に意見を言わない蓮がこんな場で率先して発言したものであるから悠人と隼人は驚いたような表情をした。突拍子でもないタイミングであるが蓮の表情は真面目であり、純粋に福井を推薦している。蓮も蓮で佐藤に対しての警戒感を隠すための発言であることをマルスは悟っていた。どうやら考えていることは周りも同じらしい。皆、机に突っ伏しながら目尻を少し歪めてコンタクトを取っている。
「演習で福井さんとは戦ったけどこの人の魔装は異常レベルで強いだ。 スライム化を行えば基本物理攻撃は無効、それに福井さんは強メンタルだから班長としては向いてる気がするけど……」
当の本人である柔美は一瞬ポカンとしたような表情をしてから「あ〜」と声を上げた。人差し指を顎下に当ててぼんやりと考えるポーズをとる。たれ目と胸が特徴的な彼女が行うその考えるポーズはある一定の魅力を感じた。
「班長ね〜、私は構わないけどみんなはどうなの?」
いつ聴いてもこの声は眠くなるな……とマルスはジト目で柔美を見る。緊迫感がないと言えばいいのか本当にメンタルが強すぎるからこんな対応ができるのか、会ったばかりのマルスは判断がつかなかった。ただこの無気力さは今の空気には少しふさわしい。
「福井、いけるか? たしかに天野原の言う通り、お前の魔装や精神は異常だからな。実力でいえば相当な所に位置するぞ」
「わかりました〜。じゃ、副班長は?」
その議題に移ると一瞬だけ沈黙する。副班長、一見地味そうに見えてかなり大事なポジションの肩書である。レイシェルも残りの班員を見るとどうしようか……と書類を見ながら考えた。直樹は今だに肩でハァハァと息をしており時たま「う……」と声をもらすほど具合が悪い。現在、治療中の泰雅とルイスも実力でいえば申し分ないが……と言った状況。
「あの……私、やります」
スッと手が上がった。咲である。少し緊張した表情で手を上げた咲をレイシェルは見た。
「霧島……」
「実力でいえば私もこの班では前衛向きです。それに……私……救えなかったから。直樹君の大事な人。もう同じ失敗は繰り返したくない。覚悟ならもうできてます」
この女性は独占欲が強いだけではないのか? マルスは優吾から度々聞いた窓際ババアの愚痴を思い出していたが全く予想とは違う真っ直ぐな心を持っていることに驚いた。その真っ直ぐさが仇となって不気味に見える時もあったということか……と片付ける。一瞬、優吾と目があったが彼はチラリとマルスを見てから「ほっといてくれ」と言わんばかりにため息をついた。というわけで生存組改め「福井班」の発足である。班長、福井柔美、副班長、霧島咲からなる6人の班だ。序列は変わらず2位。
「よし、班が決まったのなら次は対策についてだ。八剣班の遠征の報告もかねて説明する」
現在、八剣班は遠征へと出かけておりかなり辺境の地で魔獣討伐を行なっているそうだ。魔獣の生態についてはここらとは違い報告にはない能力を持った魔獣がいるというよりかは同じ種類の魔獣が大量に出てくるという事例が多いらしく単純な活性化に見えた。この亜人の件がなければ今頃八剣班は支部へと帰ってきていたのだが彼らにはもう少し遠征してもらうことになる。
「ていうことは……ここらの魔獣にはあのツタがあると思った方がいいんですよね?」
「そうだな、東島。ツタの魔石が亜人の干渉を表すのなら亜人はこの辺りに隠れているということにもなる。現在、確認された亜人は四種類だ」
そういって生態を記した書類を個人個人に配るグスタフ。マルスもすぐに受け取って情報を見てみた。「鳥人族」、「樹人族」、「狐人族」、「蜥蜴人族」の四種類。そして確認された能力の記載と特徴。
「亜人達に付与された能力はそもそもの生態の延長のようなものだと思っていましたが……そうでもないんですね。この前のビャクヤを見れば分かります」
ビャクヤは自分が殺した相手の血肉を啜ることでその能力を奪う力を持っていた。それの劣化版の性能を狐人族が持っていたならある程度の説明はつく。亜人には稀に特殊能力を宿した個体が存在するのだから。別種と呼ばれるのがそれである。書類に目を通していたサーシャがレイシェルに質問。
「別種……記録されてる者はいるのですか?」
「別種の亜人は人魔大戦で根絶やしにされたと記録には残っているが……その生き残り達がいた可能性も高い。生き残ってる亜人全員が別種と思えばいいだろう」
「にしては性能が良すぎるっていうか……種族関係ないような能力。私たちで言う魔装のような力ともとれるんですけど……」
サーシャの言葉も分かる。ただ今は情報が少なすぎて考察もままならない状況だった。今まで黙っていたパイセンが声を上げた。
「魔装ね……。レイシェルさんよ、これ以上亜人がいる可能性もあるよな?」
「それはそうだが……」
「ここら一帯や八剣班が遠征している場でよく見る魔獣。この前で言ったらイリュージョンフォックスのような魔獣はいないのか? 亜人は自分の眷属のような魔獣を従えてるじゃあないか。だから大方どのような亜人が他に隠れているかの予想はつくかもよ?」
つまりは頻繁に現れる魔獣には裏に亜人がついている可能性が高い。その魔獣の眷属の種族を調べればどんな亜人が他にいるかの予想は立つ。パイセンの言葉を聞いてこれまでの任務履歴を出すレイシェル。
「ここらでは邪虎の目撃例が多い。しかしまだ攻撃的な様子は見れないので保留している」
「じゃあ、いずれその魔獣が活発になったらバックに亜人がいると考えてもいいと思うぜ?」
背もたれにもたれ混んでノビをするパイセン。本当に彼の頭は柔らかい。そう考えると大体の亜人は特定できそうだったがまだマルスには気になることがあったのだ。
「別種は全て根絶やしにしたといっていたがエリスはなんなんだ?」
その一言にそういえば……となる悠人達。実際に彼女の能力を目にしたのは香織だがエリス曰く「植物を自在に作り出す能力」と言っていた。あれは十分な別種。樹人族という植物性の亜人の力が延長した能力である。
「エリスが亜人の延長だとしたら他のベイルやビャクヤはおかしいよな。それに集団でまとまってるなら親玉がいるはずだ」
親玉。何かの集団が出来上がるには集団を纏める人物が必ず必要になる。それは人間以外にも間違いなく適応だ。亜人の親玉、ご主人様と呼ばれる存在だった。
「亜人からはご主人様と呼ばれてる存在。そのご主人様が何かしらの手ほどきをして能力を覚醒させているとしたら……ある程度の説明はつくがな」
「でもマルス、どこにそんな確証があるんだ? そのご主人様自体が何の亜人かも分からないんだぞ?」
「まだ仮説だ。それは今後俺たちが解明していくんだろ、悠人。レイシェル、これ以上犠牲者を出さないためにもまずは情報収集だぞ」
レイシェルは一通りマルスの会話を聞いてやはりこの新人、何かを知っている……? と疑惑が核心へと変わる。どこかアンバランスな考え方なのだ。人魔大戦から戦闘員発足までの歴史を知らないし、文化にも乏しい奴がどうしてそこまでの戦術的思考を行える? レイシェルは大いに戸惑ったがうなづいておいた。亜人と交戦している経験だと東島班が圧倒的だ。考察も進むのだろう。まだまだ情報が少ないというわけで一旦亜人の話は終了である。次は東島班についてだった。レグノス班が全滅した今、序列を3位に繰り上げようという話になる。これはマルスも納得だった。3位相当の実力があるのはこの班しかいないだろうな……と思っていたからである。
「この支部では3位から1位までは移住区より少し離れた特別住居を提供することが決まっている。レグノス班の屋敷はもう東島班の物だ。自由に使え」
特別住居を作った理由としては格の違いを見せつけるためでもあり、序列による優遇を最もな形で表すために作られたものだった。事務局内の三つの屋敷。そのうちの一つを東島班が使ってもいいという話である。一瞬、ポカンとした顔をした悠人はレイシェルから鍵をもらって「支部内の非戦闘員が引越しの手伝いをしてくれるはずだ」とレイシェルから言われても「はい……?」としか答えれなかった。
「どうしてこのタイミング……」
少し気まずい表情で文句を垂れる隼人。明らかに話す順番を間違えてるだろ……と呆れた視線を送っていると離れた位置に座る佐藤は吹いてから立ち上がって「失礼します」と口にした。
「今回の件で痛いのは魔研もそうです。それにツタの魔石の解析や新しい対策などもこちら側で独自に進めております。まぁ、変なことをしない限りあなたの首が飛ぶことはないようですよ? レイシェル様、今のご時世は所長候補を探すのが大変そうでね」
皮肉まじりの笑顔でレイシェルに接する佐藤。彼に何があったのか分からないが彼の視線はあの研究所所長の小谷松のネットリした視線と同じようなものを感じるマルス。そんなマルスを差し置いて話は続く。
「まぁ、僕は中立ですのでその辺はお気になさらず。対策を考えて実行してください。犠牲者を一人でも出したら……」
「わかってる」
「ならやってみせてくださいよ、レイシェル所長」
グスタフに肩を叩かれて一礼してから佐藤は部屋を出て行った。チラリとグスタフは部屋を出て行く佐藤を見て短いため息を吐く。妙齢の秘書の顔は少し曇っていた。
「会議は以上だ。東島、引っ越しは一週間以内な」
「あ、はい」
会議は解散、福井班とともに部屋を出るマルス達。結局謎しか生むことはなかった会議だがレイシェルも焦りの色が見えていたので今のところは様子見で行くかと考える。
「帰ろう」
悠人の言葉に全員がうなづいた。今だに納得できないような表情の隼人をグイグイと蓮が引っ張って帰りの道につく。これは資料部屋の出番、その前に荷造りか……。急に訪れる新生活にマルスはため息をつくのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!