戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

魔石と人間

公開日時: 2021年10月24日(日) 20:11
文字数:5,468

 悠人達から任務についての連絡があったときはハラハラしたものであったが研究所にも嬉しい出来事が起きていた。それはあまりにも静かであり、誰もが気が付かないかも知れなかったほどあっさりとした出来事だったのだ。そう、サーシャの目覚めである。スッと朝起きてきたかのように、長い間寝ていた後、目が冴えた状態でやけに考えがまともな時のように、部屋の扉が開かれたのだ。


 それを発見した研究員の早川はギョッとしたような目でサーシャを見ていた。急にギョッとした目で見られてサーシャは気分が悪かったがここである種の寝ぼけから目覚めることになる。ここがどこか分からなかった。


「……誰ですか?」


「研究員です……」


 相手もまだ事態を飲み込めていないようで書類を盾にするようにしてコクコクと首を動かしながら反応していた。しばらく気まずい時間が流れる。間を通ってくれる風もなく、音もせず、二人は突っ立っていたが研究員の早川はやっとこさ持ち直して彼女に事実を話そうと常に持っていた資料を開いていた。そんな時にマルス達がサーシャの存在に気がついたことでパニックも同然。当の本人であるサーシャは訳が分かっていない様子でパイセンから迎えられて困惑しているということである。


「どういうこと? 私がここに運ばれたのは昨日、長くても三日前ほどじゃないの?」


「バカいえ、お前が眠っていたのはもう半月も前なんだよ。外はもう海には潜れない季節だ」


「嘘だぁ……」


「だったら……いや何もない。嘘じゃないんだ」


 パイセンは自分がされたような管を探したがサーシャの股にはそれがなく、適当に濁した後に強引にやり切ったのだった。それを遠くから見ていた隼人はお似合いとも言える二人の会話を聞いて毒でも食ったような表情で壁に頭を擦り付けていた。彼のコンプレックスは当分消えることはなさそうだった。とりあえず、緩い病衣だったサーシャは香織達が持ってきてくれていた普段着に着替えて朝食を取ることになったということである。


 丸いテーブルにマルス達五人は座り、研究員が運んでくれた朝食達を分担で並べて行った。ハムエッグに納豆、マルスがサーシャと食べた朝ごはんとほぼ同じ献立である。ここの研究所にも食事を供給する場所があるらしく、食事はそれらを支給されていた。なんなく箸を持ったり、水を飲んだり、美味しそうに食事をとっていたりと魔石が侵食した割にはいつも通りの日常を送れているそうである。


「サーシャ、お前……一体何があった?」


「……私?」


「あぁ、プルカ……なんたらと戦ったんだろう? 八剣班の水喰と梶沢なんていう強力な班員と一緒に」


「一緒に……? ううん、それは勘違いよ。最初の方は私は足手纏いにすらならなかったわ。でしゃばって戦いに行こうとしたら返り討ちに遭ったりね。それに……」


「……それに?」


「決勝戦のこと思い出しちゃって色々と怖かった」


 アハハと誤魔化すように笑うサーシャ。たしかにあの海の中では屈辱を思い出したし、キツい仕打ちもされたがあの二人もそれがおかしくない環境で君臨している者だと考えると妥当な気がする。最強の名を背負うためにどれだけの苦悩を背負ってきたか、サーシャには分からなかった。友達という関係で共に戦う新人殺しとはまた違う気がしたから。その間に妥協は一切見えない完全な実力主義、それが八剣班に思える。


「でもそんな屈辱も、痛みも、恐怖も私の代わりにプルカザリがつれていったわ。気がついたら姿が変わっていて敵を倒していた……。そう、あれは魔石が侵食していたからなのね。……そう」


 普段のサーシャよりも落ち着きすぎている。それがある意味での恐怖を生んでいるようでパイセンは口元を一瞬だけ歪ませて彼女を見ることになった。一体あの海の中でサーシャは何を見たとでもいうのか。何か他には言えない恐怖がまだ残っているのだろうか。探ろうとはするが当の本人であるサーシャは探ってほしくないと考えているのかほぼ会話を無視するような雰囲気で食事を食べていた。こんな反応は本当に珍しいのでマルス達も困惑である。でも構いすぎるのも良くないのでパイセンを一旦落ち着かせて食事を楽しむことにした。


「じゃあ全員目覚めたってことは今日、魔石について大和田さんから詳しく説明されるって訳だ」


「あ、そうだな。詳しく聞きたいことはいっぱいあるぜ。悠人達もなんかあったそうだし……そのことも。優吾の亡霊だって気になるしな」


「それは俺だけの問題だ。鳥型魔獣の魔石やら……俺はそっちが気になる」


 訳も分からない様子だったサーシャにマルスとパイセンがざっくりとここ最近あったことを説明していた。それぞれが目覚めた時に体に起きていたこと。悠人と香織、そして見鏡未珠が来てくれたこと。彼らが帰還しているときに鳥丸班が救援要請をしてきたこと。そして、その結果まで。サーシャは補助班として鳥丸、堀田、木原、安藤班が来たことすら知らなかったので驚愕の連続だったらしい。


「補助と言っても……大丈夫なの? 相手は容赦しないわ」


「それを守るのがメインの俺らだ。補助の人達は特定の分野で大きな成果を残している。さっき言った鳥丸班の発見もとんでもない成果だろうな。安藤班はサーシャも記憶に新しいだろう?」


「私が戦ったのはあの女の子だけね。でも……うぅん、なるほど」


 おいおい彼女にも情報を伝えていけばいい。そんな時に部屋に入ってきたのは大和田であった。サーシャも目覚めたというわけで片手に構えている資料の数は多くなっていた。些か書類を抱える左腕だけ太く見えるのは気のせいだろうか。研究員の職業病だろうか。大和田はいつも通りに書類を構えながら話始める。


「お取り込み中すまない。サーシャ君が目覚めたというわけで無事、新人殺しの療養組は意識回復となった。あとはそれぞれリハビリを続けていけばいいと思う。それと……君たちにも説明する時が来たね。各自準備ができたら研究室に来てくれ。支部から届いた魔石男についても説明する」


 とうとうその時期が来たというわけだ。全員ある種の緊張感を持って席から立ち上がる。各自とは言われたがバラバラで行く気はさらさらない。マルス達は五人全員で狭いエレベーターに乗り、長い廊下を渡って研究室まで歩いていった。ここも明かりがないのとあるのとでは雰囲気がまるで違う。改造魔獣の騒動がまだ記憶に残っているので緊張感は全く拭えなかった。研究室の扉を開くとスクリーンと椅子がそれぞれ五つ準備されており、大和田も待っているかのように振る舞っている。そそくさと座って何も写っていない白い画面と大和田を交互に見ていた。


「さてと……君達も全員目覚めれてよかったよ。サーシャ君に至っては目覚めた早々に急かもしれないが真実から話す。君達の体の中には魔装になっていた魔石の半分が侵食しているんだ。これがそれぞれのレントゲン写真だよ」


 パッと写されたスクリーンには心臓と絡み合うようにして侵食しているマルスの画像、胸の真ん中辺りで居座るようにしている隼人、右腕全体を細かいネットワークのように分かれて侵食したパイセンに両腿にそれぞれ二つと目のようにも見えるサーシャ、そして眼球のレンズに魔石が混ざりきり、視神経から伸びるように脳髄に繋がっている優吾とどれも人間には見えないような画像だったのだ。こうもハッキリと見せられるとそれぞれ衝撃的なものが込み上げてくるらしく、隼人は喉から声を上げて画面を凝視していた。


「君たちは覚醒魔獣との戦いにおいて大きな成果を残してくれた。気を失う直前まで何があったかは八剣班の班員達が教えてくれたよ。共通しているのは動かなければ死んでしまうかも知れなかったということ。頭ではなく、身体……言わば『反射』という働きだろう。本能として戦う意志を見せたんだと思う。それは……理性ではない。野性として生きる魔獣の生き様と同じなんだ」


 本能によって生きる魔獣。そして本能の中で生きるはずであったが野性という囲いを逸脱して理性を得ることができた人間。本来は相反する生き様であり、決して混ざり合わない。だが魔装となればそれらは全て覆させる。


「魔石は魔獣の核でもあり、その魔獣の本能を司る言わば本体。その本体を人間は利用すべく古来から試行錯誤を繰り返し、魔装となって君達の手に届いた。幾度の経験、実験による考察、ある種の境地に誘われて発現する禅などには解決できない摩訶不思議な力を可能とするのが魔石なんだ。魔装の適合というのは魔石が君達を選んだということ。獣の体ではない、人間の君達を依代として魔石が力を発揮するための武器、それが魔装だ」


「……なら、魔装は生きていると言ってもいいわけだ。死を意識したのは俺たちだけじゃない。他の福井班や八剣班の奴らが発現しなかったのは……明確に違う経験をし続けたからだろう?」


「彼らと違い、君達は亜人との交戦や改造魔獣との戦いなど、死を意識する瞬間が他よりも多すぎたからと結論づけている。進化を行うためには幾千の危機を乗り越えなくてはならないからね。今回の侵食は適合者であり、魔石の依代となった君達を死なせないためのある種、救済措置だったんだ」


「そんなものを手に取って俺たちは戦っていたのかよ……」


 隠すつもりは大和田もない。右手で頭を押さえながら俯いているパイセンは大和田に対して一瞬だけ睨んでから大きなため息を漏らしていた。


「このまま亜人と戦い続けてみろ……。奴らは人間なら容赦はしない。死を意識する瞬間なんて今よりももっと出てくる。その度に魔装……いや、魔石は俺たちを化け物に仕上げていくんだ。人間の体は弱いからな。俺たちなんて……道具がなけりゃすぐに死んじまう」


「でも……でもそんなこと言ったらパイセンも私もみんなも何のために戦ってきたのか分からないじゃない……!」


「……何のため? これしか食っていく方法が見つからないんだよ、俺は」


 これが守ろうとした男の顔なのだろうか。サーシャはそう考えてしまいパイセンに何も言葉を残せずに違う方向を向いていた。ここでパイセンが感じるのは守るべき家族などがいない血縁としての孤独、ここから抜け出して感じるのは普通の人ではないという孤独。どっちに転んでも悲劇でしかないのでパイセン自身もサーシャの対応には何も言わずにただ俯いていた。


「どっちにしろ、俺たちが今考えるのは得た力をどう亜人との戦いで使うかだ。奴らを放っておくことはできない。パイセン、戦闘員になった時点で既に普通の人ではないのは分かっているはずだ」


「余裕があるお前はやっぱ違うな。……はぁ、もう考えるのはヤメにしよう。話を遮ってすみませんでした。続きをどうぞ」


 大和田は頷いてからそれぞれに起きた変化などを詳しく説明する。マルスの黒と赤色が混ざったような鎧の出現、隼人のフルアーマーと皮膚とを巻き込ませたような変身、パイセンの通常とは遥かに性能も大きさも違う変形や優吾の時間を止めたような加速にサーシャの龍のような鱗などの変化など。それぞれ元の魔獣に良く似た姿を取った人間と魔獣の中間体の姿である。


「この変化が運命の終わりなどではないとだけ、思っておいてくれ。魔装は君達を苦しめたくてこんなことをしたんじゃない。力になりたくて行ったのだと思う。また君達を救ってくれる瞬間があるはずだ」


「……分かりましたよ」


「おい……」


 パイセンの態度がいつもとまるで違うので隼人も心配そうであった。気の利いた言葉が出せそうにもなく、隼人も何か考えるような表情を取って腕を組んでいる。


「次は君達の班長さんが提供してくれた状況だ。魔石だけで動く人形のような男に大きな鳥型魔獣の魔石。これらは簡単に処理できた。まず男は魔石の力を発揮するためだけに作られた一種の球体関節人形のような存在だ。亜人が作った可能性がとても高い。証拠に男の皮膚からは植物魔獣の遺伝子がほんの少量だけ含まれている。これは植物から作られた存在とも言えるわけだ」


「植物って……あの女の子の時と似ているな……。それとブラスターコングの魔石、ほら……あのツタでグルグル巻かれたやつだよ。あれの時も……」


「そうだ、宮村君。あの少女は何か作りたいものがあればそれが産まれる種を作れる力を持っていると踏んだ。それも理由がある。マルス君のアドバイスに則って書庫や海外の資料を閲覧していると面白い記述が見つかった」


 スクリーンではなく、印刷された書類を掲げて大和田は話し出している。些かワクワクしたような顔なのが研究者であると物語っていた。


「君達が覚醒魔獣と呼んでいた魔獣が古代の魔獣として生きていた頃……その当時の魔獣から見た覚醒魔獣なるものが地上に君臨していたんだ。それが始祖の魔獣」


 マルスの脳裏に満月と鳥が映る。今になっても記憶として写ることは関係があるということであろう。


「その始祖の魔獣と呼ばれる存在は今ある魔獣の祖と言ってもいい。なんせこの資料を書いたのは古代の人間でもないのだから。これは亜人が書いた古代、魔獣の歴史を記録した資料……『後神龍録』、龍人の一族が残した最古の魔獣資料だ」


 龍人、最強の亜人の種族とされ、この下界に於いて亜人を統治していた王族。人と龍が完全に混ざったような見た目であり、尾と角、そして虹彩がきめ細かく分かれた目とその眠れる力以外は人と似た見た目をする種族だった。人魔大戦で消え去ったとされる種族が残した最古の魔獣資料。


 今の時代の者が触れていい内容なのか、マルスには分からなかった。

 



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