戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

VSアルマス-2

公開日時: 2021年8月14日(土) 18:52
文字数:5,176

「へっくち! 誰か私の噂話でもしてるのかしら?」


 何かを感じてくしゃみをする紅音。目的地である魔研屋外実験場に足を踏んだ紅音達。肌寒い何かを感じてソワソワする彼女に少しだけ面白そうな表情をして近づいてくる女性、福井柔美は遠い目をしながら話しかける。


「弘瀬さんだといいねぇ〜」


「な、なんでそこで駿来が……」


 嫌な笑みを浮かべながら話す柔美に赤面しながら反論をする紅音。それを遠くから眺めていた蓮は柔美も結構攻める人だな……とからかわれないように覚悟を決める反面、さっきのスライムに関する話が拭えないでいた。突発的に出てしまった話題で最後、告白みたいな流れになってしまったが、任務が終わればそれとなくうまい具合に済ませようと決心する。


「おーい! 任務中だぜー! “プロ”の戦闘員さん?」


「わ、分かってるわよ!!」


 メガホンのように両手を筒の形にして大声を出す隼人。蓮は大人気ない様子を見せる彼に対して肩をポンと叩いた後に深いため息をついた。この人たちにプライドはあるのだろうか、それだけが不安になる。無言の空間の中で蓮は周囲を確認していた。静かすぎるのだ。


「しっかし、ここも研究所なんですね。ちょっと広くないですか?」


「まぁ、何もない山中の施設だしね。敷地でいえば支部うちも大概だと思うわ」


 いつのまにか、蓮の隣に立っていた柔美は周囲を確認して唸る彼を見てクスリと笑う。どうやら先程のムードを引きずっているのは蓮だけではないようだ。それに気がつかない蓮は周りに魔獣が見えないことや本当に避難が済んで何も音がしないことにある意味、不安を感じていた。道なりに歩いていると紅音が待ったをかける。


「ここね。第二実験場」


 コンクリートで塗り固められた地面に黄色でマーキングしたなんらかの線が舗装されており、周囲には金網のフェンス。錆びた鉄の匂いを感じた蓮は自分の想像以上に緊張していることを悟った。今までの魔獣とはわけが違う。救いは隼人がいること、そして隣に柔美がいることに加え決勝戦で圧倒的強さを見せた恋塚紅音がいることか。外套から親ナイフを取り出して気を配る。蓮が武器を取り出したことを皮切りに隼人も腕をアーマーで覆って指をポキリとならした。


「ここが実験場なら……覚醒魔獣ってのはあれか?」


 山側に向いていた隼人が指差す先に奇妙な代物があった。蛹のようにフェンスに巨大な鉱石のようなものが張り付いていた。光の反射によって分かりやすく色が変化するようで、黄色、緑、青、赤とチラチラと色が変わる様子は奇妙だが美しい。それ以外には何もなく、報告に聞いていた通り、鉱石が居座っていた。


「おっきぃねぇ〜」


「この鉱石……ダイヤモンドか?」


 フェンスは全体的に高く、ここで改造魔獣の実験をしていたと考えるとそれをゆうに越える高さ。10メートルほどの大きさのフェンスに張り付く巨大な鉱石。異様な光景だ。鉱物に関してはなんの知識もない蓮に紅音が通信機を閲覧して情報を読み上げる。


「情報では、様々な鉱物を何十倍にも圧縮した魔石の一種らしいわよ」


「じゃあ新種の鉱物としてめちゃくちゃ高く売れんじゃね?」


「バカね、硬すぎて魔装でも使わないと砕けないし、第一魔装じゃ加工が出来ないから買い手が見つからないわよ。中継ぎや発注、配送は誰にやってもらうって話」


「ネタにマジレスすんじゃねぇ。つまんね」


「任務中よ?」


 隼人は紅音が金属の加工やその後の仕事に詳しいことを少しだけ意外に思ったがそれは自分だってそうだ。郊外の鉄工所に勤務する親父のことを思い出して一瞬だけ懐かしく思えた。そんなことを梅雨知らず、蓮はある意味で隼人と紅音は仲がいいのでは? と思わなくもない。彼らに任せると話が進まないので柔美に目伏せする。意図を察した柔美はオッケーサインを作ってから声を上げた。


「とりあえず、どうしよっか。これ」


「私がレーザーで消しとばしましょうか?」


「俺が砕くぜ!」


「うーん……。どっちも危険かも。紅音さんのレーザーじゃあ威力が強すぎて反射でもされたら面倒だし……」


「へっ!」


「はぁ?」


 チラリと柔美は隼人のアーマーを見る。


「隼人君のは接近しすぎて危ないかな」


「ふん」


「ッチ」


 仲がいいものだ。得意げな紅音と唸る隼人を見てそう思えた。残った人は自分だと察して蓮は手をあげる。


「じゃあ俺、やります」


「それが一番かな」


 最初からこうなることを察していた柔美は蓮に微笑みかけた。まったをかけるのはもちろん、隼人である。腕をブンブン振りながら蓮に近づいて肩を組みながら左手親指で蓮を指差してニヤッと笑った。


「おいおい待てよ。蓮のナイフじゃあ威力が足りないくないすか?」


「そうね、あのナイフ。対人戦では中々だけど、こういう魔獣戦じゃあ少々威力不足ね」


 柔美と蓮は目を合わせて一瞬だけうんざりした表情で視線を送った。仲がいいのは放っておいて蓮は隼人の腕を振り解き、ナイフを起動させる。青白い線が走ったナイフを掲げて蓮は頷いた。


「ちゃーんと考えてるよ。ほうれ」


 蓮の合図に乗って柔美は右腕をスライム状にし、鞭のように震わせて弾丸状に丸めたスライムを鉱物にかける。上から順番にスライムをかけた柔美は隼人の前に乗り出した蓮に頷く。


「タイミング見てよろしくねぇ」


 あまりにも説明不足な行動に隼人と紅音は首を傾げて困惑する。たしかに蓮のナイフは威力不足かもしれないが、威力不足なら柔美も一緒だ。一度戦った相手のことは決して忘れない蓮はすぐに柔美の意図を理解してニヤリと笑った。


「分かりましたよ」


 パキリと音がなった瞬間、蓮は利き足を踏み込ませていつものようにナイフを投げる。


「そこだ!」


 順調に投げられたナイフはスライムによって表面が溶かされてひび割れた鉱物に突き刺さった。こうなればあとは同じ作業をするだけである。柔美がスライムを打ち込んだ上からナイフで刺していく蓮。鉱物のヒビは広がっていき、割れる音は次第に強くなっていった。


「これで最後!」


 最後のポイントに突き刺した蓮が頭を上げた頃にはもう完全に崩壊して鉱物はバラバラになっていた。親ナイフで呼び寄せて確認するがスライムは蓮の予想通りに鉱物を溶かしにかかったのでナイフに影響はなかった。


「お見事ね」


「スライムで溶かして脆くなったところを突くなんて考えてんなぁ」


 素直に感心する様子を見ていると先程の不安も消えなくもない。辺りには溶けたコンクリートの異様な匂いで覆われており、煙が寄ってきているので立つ場所を変えながら観察した。バラバラになった鉱石だけが転がっていた。


「ほんとはスライムで溶かすだけでも良かったんだけど、時間がかかりそうだったから」


「状況が状況だし、早く終わるのに越したことはないからね」


「そゆこと」


 柔美と紅音の会話を聞きながら蓮と隼人は周囲を一周するようにして確認してみる。ある地点で蓮は歩みを止めて隼人も静止する。真剣な眼差しの蓮を見て隼人は一瞬だけギョッとした。


「妙だぞ?」


「なんだよ……、アッ」


 蓮達の声を聞いて一同は卵を見る。そこに卵はある。ただ、それ以外に何もなかった。報告だとこの殻の中に覚醒魔獣らしきものが埋まっているはずなのだが。


「空っぽねぇ」


「えぇ」


「蓮、これじゃないのか?」


「いや、そんなことはないはずだ」


「だよなぁ……」


 隼人が頭を指でポリポリ掻きながら周囲を見渡していると恋塚紅音が空気を裂くほどの大声を張り上げた。


「危ない!!」


 隼人が振り返ったのと、鉱物が飛びかかってくるのはほぼ同時だった。紅音が発射したレーザーは正確に隼人の頭上の敵を撃ち抜いて撃ち落とす。


「ッぶねぇ」


「みんな警戒して!!」


 柔美の声に従って全員が距離を取った。今までバラバラになっていた鉱石達は一点に集まっていき、立体パズルを組み上げるかのように合体しあって一つの形を作っていく。震えるような音を立てながら完成されたその姿、色合いは相変わらず反射による独特の光沢であり、ガラス玉のようなギョロリとした目に合わせて細い首から覗く鉱物のトサカ、トカゲのような顔。鋭い鉱石が牙の役割を果たしており、ねじ曲がったような鉱物の四本足の先には鋭い爪が出来上がっていた。


「まさか卵そのものが魔獣だったとはね……」


「デケェ……これがアルマス……」


 フェンスを踏み潰しながら形を整えていったアルマスを見て覚醒魔獣とは何かを思い知る隼人達。明らかに今まで見た魔獣とはわけが違う。その風格、その見た目、そして異常性。全てが未開の存在。


 首を傾げながら様子を見るアルマス。うっすらと開く口からは蠢く牙が見え隠れしていた。


「どうする? 特に核みたいなのはなかったぜ」


「隼人。とりあえず、一旦抑えよう」


「でも、あいつだいぶ硬いんだろう?」


「だったら関節部を狙いましょう。そこから装甲が薄いはず」


 全員が頷いて目伏せをしあいながら距離をジリジリと詰めていった。次の瞬間、アルマスが顔を空に向けた時に全身が光り輝く。


「みんな気をつけて!」


 アルマスの口から発射された光のレーザーは紅音に襲いかかった。紅音は難なくそのレーザーを避ける。


「私をレーザーで倒そうとはいい度胸してるじゃない」


 人差し指の指輪が発光してアルマスの右前足を狙い撃った。アルマスのレーザーと比べると範囲は狭いが威力は申し分ない。撃ち抜くはずだったレーザーだが鉱物に吸い込まれるではないか。透けるアルマスの体の中にレーザーが反射しあって尻尾の先から柔美へと発射された。


「柔美さん!!」


 柔美の方に蓮が飛び、抱えることでなんとかレーザーを回避した。柔美を抱いていることにハッとした蓮は急いで降ろす。


「柔美さん、大丈夫?」


「えぇ、なんとか。でも紅音さんのレーザーが効かないなんて」


 柔美達を差し置いて隼人はアルマスのレーザーを避けて紅音に吠えている最中だった。


「おい全然効いてねぇじゃん!! お前のレーザー!」


「うるさい!!」


「あぁ、まどろっこしい! 俺がいく!」


 隼人はアルマスの全身から発射されるレーザーを結界や持ち前の身体能力で回避しながら接近していった。相手は一切動かずに遠くから一方的にレーザーを発射する。決勝の時と同じように先行した隼人はアルマスの左前関節を力任せに殴りつける。腕まで染み込むような硬さ。改造魔獣の時は逃げることしかできなかったが今はしっかりと戦うことができる。隼人はその事実を噛み締めながら関節を殴り壊す。


「っへ、打撃には弱いようだな」


「馬鹿!! 早く離れなさい!!」


 紅音の叫びを聞いた瞬間、左前足が折れた勢いに任せて首を伸ばし、隼人に噛みつこうとするアルマスの姿が。一気に口を開いて棘のような牙を見せるアルマス。ゾッとしながら隼人は両腕に装甲を集中させて受け止めた。


「いっでぇえ!?」


「隼人!!」


 柔美がアルマスの首元にスライムを投げつけ、間髪入れずに蓮のナイフが刺さって首が砕け、隼人は解放される。倒れ込む隼人を蓮は受け止めたが必要なかったのか、足に力を込めた隼人は仁王立ちのような姿勢で立ち上がった。


「っつぶね……助かったぜ」


 両腕には空洞ができたような無数の傷があり、止めどなく流れる血を見た紅音は隼人の肩に一瞬だけ手を置いた。


「アンタはもう下がっておきなさい」


「はぁ? お前よりは戦える」


「その腕で?」


 砕かれたアルマスの体はまだ細かく揺れ始め、元の姿に戻っていった。戦おうとする隼人だったが引き攣るような鈍痛が長く続き、少しだけ痺れる腕の感覚を知って一瞬だけ顔を歪める。


「アンタの実力だけは認めてる。だから、後ろで観察して。そして弱点を見つけて。私のレーザーを掻い潜って生きのこったアンタにしかできないわ」


「……!! 分かったよ」


 一瞬だけ目を見開いて隼人は素直に後ろへ下がった。


「みんな聞いて。アイツのレーザーは私が受ける。だから出来るだけ攻撃し続けて。彼が弱点を見つけれるように」


 隼人は傷のある右腕を押さえながら紅音の顔をジッと見た。どことなく自分に似た何かを感じた気がした。紅音と自分につながる何か。


 隼人を後方にしたからには自分の身は自分で守らねばならない。全身から発せられるレーザーは一直線にしか飛ばないらしく、射線を予想できれば回避は難しくなかった。


 紅音のレーザーで牽制して無力化しながら蓮と柔美でアルマスを破壊しようとするが同じこと。体は再生していく。本来なら魔石という核がどこかにあるのでそれを潰せれば問題ない。ただ、アルマスは全身が魔石のようなものなので弱点の探しようがないのだ。


 ずっと同じ位置に居座りながら腕を振るい、口や肩、尻尾や足からレーザーを発射するアルマスを観察する隼人も同じ思いだった。


「なんかねぇのかよ……。レーザー使うやつは一筋縄じゃいかねぇな」


 観察に必死になっていた隼人は己の魔装が出す光が濃くなっていることに気がつきはしなかった。

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