戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

約束の対談

公開日時: 2020年10月3日(土) 20:32
文字数:3,387

「ご……ご苦労だった……」

 

 レイシェルは戻ってきた新人殺しの班員に思わず敬意を払っていた。東島、パイセン、慎也が怪我の酷い隼人、優吾、香織をおぶさりその後ろに天野原とサーシャ、そしてマルスが歩いているという形で事務局の中に入り込んできたのだ。


「レイシェルさん、驚くのもいいけど手当てが先ですよ」


「そ、そうだな……。話は手当てをしながら……」


 動揺を隠せていないのは明らかだった。それもそうだろう、初回の任務で新人が死ぬと言われた班が新人と共に帰ってきたのだから。しかも今回の新人は適合生物が見つからなかった異例の人物である。レイシェルは救護所まで連れて行き一人の人物を呼んだ。


「田村、治療を頼む」


「まぁ……、酷い怪我……」


 ここは戦闘員事務局の中にある病院のような部、救護所だ。白と青の比較的安心できるようにデザインされた壁の色や白衣をきた人物が忙しそうに仕事をしている。ここの主任である田村という女性はボロボロの状態のマルス達を見て思わず声を上げてしまっていた。


「東島、一体何があった?」


「あの猫……地下ケーブルに尻尾を繋いで力をかなり上げやがった……。認めたくはないですけどマルスが魔装を覚醒させないと生き残れませんでしたよ」


「魔装?」


「あぁ、これなんだが」


 マルスは背中の剣を見せる。剣の鞘までもが黒く染め上がっており、レイシェルは初対面の時にもらっていた剣とは違ったものであることに気がついた。目を少しだけ見開いて剣を見る。


「魔装……、本当に魔装だ……。色々聞きたいが今は治療だな」


「あなたが新人さん? 初めまして、田村由依たむらゆいです。ここの主任をしているわ」


 白衣をした30後半にも見えるような顔つき、ブロンドの髪をアップにまとめており美女とまでは言わないが素朴な美しさを感じた。田村はどこからか、包帯を取り出してマルスの腕に丁寧に巻いていく。


「おい、何を……」


聖幼虫ラルヴァ


 そう呟いたかと思うと水色の光を放ち始めた包帯。まさか……とマルスが思っていると包帯を剥がしていく。傷は完治していた。一生消えない後が残っていそうな火傷が消えていた。


「これは……魔装……」


「その通り、田村は非戦闘員の回復特化。適合は聖幼虫、能力は癒しだ」


 聖幼虫はいわば巨大な芋虫だが、変態時にはいかなる傷を加えても瞬時に治療する繭を作り出す。田村の魔装はその糸から作った包帯だ。包帯を患部に巻けば傷が完治する。この救護班ではピッタリの能力を持っているが故の主任だった。てきぱきと仕事をして残りの班員の治療も済ませていく。


「お疲れ様、治療は終わったよ」


 素敵な笑顔で包帯を巻き取っていった。包帯は消耗品なのかと思ったが、汚れた部位をたたむようにして重ね、能力を起動して新品同様に修復した。マルスは怪我があった部位がむず痒くなるような気がした。歴戦の戦闘員の血があの包帯にあったことに、変な感覚に襲われる。


「……?」


 反応を取り戻した香織がキョロキョロして辺りを見渡す。慎也が近づいて「終わったよ、お疲れ様」とだけ言って微笑んだ。香織は「あ……」とだけ声にあげて一言、


「ごめんなさい」


「謝るな、香織」


 いち早く反応したのは手当てを終えて余裕が生まれた天野原だった。髪が少し寝癖のように跳ねているところもあるがいつもの彼である。


「力を出せない日の方が多い感じだろ? 出せる時に活躍してくれればいいんだ」


「わかったよ……」


 魔装を身につけていないような気がするが一体香織の魔装は何なのだ? マルスはキュッと両手をグーにして胸に押し付ける香織を見て魔装を探す。その時に聞き覚えのあるような声が聞こえた。


「やぁやぁ、マルス君」


「佐藤……」


 佐藤だった。こことは違う白衣を着た人物、マルスがお世話になった佐藤だった。佐藤の手にはスーツケースのような鞄があった。


「レイシェル様、お呼びですか?」


「あぁ、信じられんがマルスに魔装が宿った」


「えぇ!? あ……すみません。すぐに鑑定します」


 スーツケースのような鞄を開けると一種のコンピュータのようになっており、内蔵されたパッドをコードで伸ばしてマルスの魔装に貼り付けた。ピピーっという電子音がなった後、詳細な情報が表示される。


マルス…黒鎧剣聖シュバルツ・ソード

使用武器種…片手剣

黒戦剣ソウルキャリバー:本人の意思により性能、形状を自由自在に変形できる


「これは何だ?」


「マルス君の魔装の詳細。上から適合、武器種、武器の詳細だね」


「黒鎧剣聖……が適合名か?」


 誰も聞いたこともないし、そもそも魔獣なのか? という疑問を生む名称だった。レイシェルも聞いたことのない魔獣だった。他の班員もコンピュータに近づくのだが少し騒がしくしてしまい、不機嫌そうな田村が近づいてきた。


「ここは病院なので研究班の部屋で行ってください」


「そうだな」


 レイシェルに真正面から意見を言った田村にマルスは「おぉ……」と声を漏らした。思った以上にタフな女だ。レイシェルは嫌な顔一つせず、部屋から出ていった。道すがらに慎也からマルスはこの戦闘員の部署について教えてもらう。


 戦闘員に合わせて非戦闘員が存在し、それが先程の救護所ともう一つが研究班だった。研究班は「極東戦闘員支部直属魔獣研究所」、通称「魔研」から派遣された人を指す。魔研は魔装の製造や魔獣の研究を主に行なっており、ここから離れた市街地に位置している。急な要望のために何人かを戦闘員事務局へ派遣しており、そのうちの一人が佐藤なのだ。


研究班の部屋はこの前の検査の部屋だった。部屋についた佐藤は早速解析をやり直す。結果は同じだった。それをまたコードを繋いでメインコンピュータに移し、何らかのコマンドを打ち込んでからプリントアウトされて出てきた。


「これが君の魔装、黒戦剣。しかしね……」


「しかし、なんだ?」


 マルスが尋ねると佐藤は腕を組んで何やら難しい顔をした。眉間にシワがよっており本当に考えを凝らしていることが見て取れる。


「出生が謎なんだよ、どう言った経緯で魔装が生まれたんだ?」


 マルスは一通りの出来事を佐藤に話す。途中、パイセンや慎也の補足を入れながら話きった。レイシェルと佐藤は顔を見合わせてから唸る。


「その石、もうないんだよね?」


「石が馴染んでこれが生まれたんですよ」


「じゃあその石は魔石と一緒なのかもね」


「魔石?」


「マルスさん、簡単に言えば魔獣の核です」


 魔獣の核、それは大きくても大人の拳大という小さなものでありながらとてつもないエネルギーを含む石とされる。魔装はそう言った核を軸にして作り出す。核と一言でいう場合もあるが通称は「魔石」だった。


「適合生物は見つからなかったのに……、まぁ深く考えても仕方ない。マルス、任務ご苦労だった」


 レイシェルはこれ以上考えても答えは出ないと考えたらしくもう話を切り上げた。そして部屋を出ていった。残されたマルス達だが悠人が部屋を出たのでみんな揃って部屋を出て行く。最後になったマルスも部屋を出て行こうとすると佐藤に呼び止められた。


「まだ何かあるのか?」


「いや……何もないよ、もう行っていいよ」


その顔には葛藤が入り混じった迷いが見えたがマルスは「そうか」とだけ呟くと部屋を後にした。



 居住区までの道を歩いて外に出る。そしてマルスは適当なベンチを見つけてそこに座った。目的は勿論この武器との約束を果たすためだ。戦闘が終われば話してくれると剣は言った。マルスはどうやって話をしようかと迷ったがとりあえず剣に意識を向けて見た。しかし、何も起きない。


「何だよ、何か答えろ」


『そう怒んなよ』


 本当に答えてマルスはびっくりした。答えるよりかは聞こえるだが。そして視界が真っ暗になったかと思えば暗い視界の前に一人の男、神である自分自身が現れる。どこからどう見ても自分だった。当然だが、声も自分。


「一体どういうことなんだ? ここはどこだ?」


『ここはお前の意識の中、と言えばいいかな。まぁ、現実のお前は居眠りしてるだけに見えてるから大丈夫。今はリアルな夢だと思っててくれ』


 自分と会話するなんてことが起きるとは……、追放されてからの出来事がにわかに信じれないマルスであった。もう一人のマルスは数歩、マルスに近づいてくる。


「約束の質問だ、お前は誰だ。そしてこの魔装はどういうことだ?」


『そうだな、まずは現状を話そうか』


「現状?」


『今のお前は神ではないし、人間でもない。ただの意識が宿った人形のようなものだ』

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