戦ノ神の新約戦記

これは神より堕ちた戦ノ神の新約戦記
天方セキト
天方セキト

一回戦開始

公開日時: 2020年10月29日(木) 21:58
文字数:3,194

 重苦しい雰囲気の中、研究所まで走りきったマルス達。研究所には「新人殺し」を案内する担当の研究員が待っており、マルス達をこの前の機械の元まで案内してくれていた。

 コネクトのカプセルはロックが外されており、マルス達は一人づつそれぞれのカプセルの前に立つ。半分はもう閉まりきっており、どうしてかを東島が尋ねると、「安藤班が既に入っています」と。相手の班は準備が早いなぁとマルスが思っていると研究員が説明する。


「入ったら天井から伸びているヘルメットを被ってください。その前にこの別枠カプセルに魔装をどうぞ」


 言われた通りに魔装は別枠カプセルに入れてロックをかける。マルス達もそれぞれ入って研究員の指示通りに天井から伸びているヘルメット型のコードを被った。

 ヘルメットをかぶって研究員が「始めます」との一言を聞いた瞬間、マルスの視界はガクンと消えた。



「え、あ?」


 気がつくとマルス達は市街地の裏道にいた。本当に一瞬のことでマルスも戸惑いが隠せないがどうやらバーチャル空間へと転送されたようである。


「ここがバーチャル空間かよ。すっげ、魔装も転送されてるぞ」


 蓮がベルトにかかったナイフを見て声を上げた。全員、魔装を確認するとしっかりといつもの所に存在する。マルスも背中にかけた剣の感触を確認して幾分か落ち着いた。


「ここは……メインストリートからは離れた路地みたいな所か……。スタート地点としてはいい方じゃないか?」


 優吾の言葉に全員が頷いて東島が「よし」と言って指示を出す。


「俺達の総数は9人だ。だから4班に分けて各個撃破して行こう」


 その作戦に待ったをかけるのは勿論マルスである。お前、本当に班長か? と思ってしまうような無謀な作戦に思えた。相手が対策が分かっている魔獣ならまだしも今回は対策も何もわかっていない対人戦である。ここは慎重に敵の情報を探ることがいいとマルスは判断した。


「お前、バカだろ? 対策も分からないのに勝手に放り出すような真似はするな。まずは偵察をして情報を集めてから攻撃をしかけるべきだ」


「はぁ? 新人、相手は魔獣じゃなくて俺達と同じ人だぞ? 個人の実力じゃあ俺たちは上位なんだ。新人如きが口を挟むな」


「お前は個人でも相手は連携を組んでやってくるぞ。そんな幼稚な考えだから俺が生きていても『新人殺し』の扱いが収まらないんだよ」


「知るか。お前は新人、俺は班長それは絶対だ。俺の作戦で一回戦は勝つ。いいな?」


 結局マルスの作戦は新人だからということで却下されてしまった。何だこいつ? マルスは舌打ちをして東島に背を向ける。一回戦で負けて笑い者になっても知ったこっちゃない。東島に対する不満は更に募っていった。


 東島、優吾の悠人班。隼人、蓮の隼人班は左の路地から。香織、マルス、慎也の香織班。サーシャ、パイセンのサーシャ班は右の路地からと分けた4つの班を右、左の路地からばらけさせて撃破する作戦となった。

 メインストリートを通らずに路地から展開するのは敵の主力が中央交差点に潜んでいるという判断である。そういう判断ができるなら自分の作戦もしっかりと評価してくれ……、マルスは東島に対する不満を更に募らせる。あまりにも無謀すぎる。


「それでは任務開始だ。何かあればすぐに連絡しろ」


 マルス以外が頷いてそれぞれ分かれて移動していった。


〜ーーーーーーーーーー〜


 右側から展開した香織班とサーシャ班は終始マルスのため息で充満していた。マルスの顔を見るにまだ一回戦が始まったばかりなのにもう疲れ果てており、全員何の言葉をかけてあげようかと悩みながら移動をする気まずい空気感だった。


「不安なの?」


 モゴモゴとしていた口をキッと縛り、香織がマルスに声をかける。マルスは静かに頷いた。


「今回の相手は人間だ。魔獣と違ってワンパターンの行動をするはずがない。相手全員がどんな魔装を使うのかもわからないのにこの作戦はあまりにも無謀すぎる」


「安藤班……、一躍時の人となった戦闘員がいるって聞いたことはあるけどそれ以外は関わりがないから分からないのが事実ね」


 腕を組みながらサーシャも唸っている。サーシャも小声で「悠人君を止めておいた方がよかったかなぁ……」と呟いているのが聞こえた。香織も「大丈夫かなぁ……」と心配を隠せていない。


「今更だろ? もうそろそろ観念して任務に集中しろよ」


 少し呆れた表情でパイセンがマルス達に向き直って注意をした。たしかにその通りでもある。マルスは「分かったよ」とだけ呟いて独り言をやめた。


 そしてマルスは必死にない情報をつかもうと感覚を研ぎ澄まして辺りを観察する。メインストリートである中央交差点。この路地は恐らくその交差点をグルグル覆っているような物ではないか? そうなればこうやって歩いているときに敵と遭遇する可能性も高い……。

 その時に今まで黙っていた慎也がピクンと体を震わせる。そして一言、

 

「交差点辺りから影が見えました……」


「何っ!? ッチ、敵だ」


 交差点へと繋がる道からナイフやクナイなどの軽装の魔装を装備した四人組が近づいてきている。この狭い路地で……! マルスは剣を引き抜きながら舌打ちをした。そしてクナイ男に斬りかかる。クナイ男はマルスの動きを読んで下半身を斬ろうと姿勢を低くした。


 マルスは魔装を起動させて下半身を狙って斬りかかったクナイ男を剣を下方向に伸ばして迎撃する。先遣隊か……? マルスは軽装であることから偵察が目的であると判断した。ここで先遣隊を再起不能にさせないと情報を持ち帰られてしまう。相手の方がちゃんとした作戦になってるじゃないか! マルスは東島に毒を吐く。


 変わった迎撃をされて動揺するクナイ男を伸びて地面に突き刺さった剣を軸に体を持ち上げて回し蹴りを顔面にきめる。魔装の身体能力の恩恵は素晴らしい。マルスはそう実感した。

 辺りを見るとパイセンとサーシャは善戦をしているが香織は路地なので魔装を起動できない。しかも起動させた所で強化ができないので慎也の針に頼るしかない。


「マルスさん、大丈夫ですよ!」


 心配するマルスの気持ちを代弁するかのように慎也は針を打って先遣隊の1人と戦っていた。思った以上にタフな人間でマルスは感心した。


 サーシャは水を使ったリーチの読みづらい攻撃と自身の槍術を組み合わせた攻撃で迂闊に近づくことができない状況を作り出す。そもそもの槍のリーチが長いので彼女としては有利な方。パイセンはシンプルにバットで殴りかかっているが動きに無駄がなく、ナイフが相手でも十分に戦えている。


 本当に個人の戦闘力は素晴らしい班であるとマルスは実感した。マルスももう一度切り掛かったクナイ男に対して黒戦剣を蛇腹状にしてリーチを長くする。


 形状が自由自在に変わったことでマルスが相手の人物は「そんな魔装聞いたことねぇよ……」と呟いていた。マルスは一瞬いい気分になったがすぐにハッとする。ここまで武器の情報をあいつらに見せてもよかったのか……? そして敵の先遣隊が二手に分かれて逃げ出した。


 一つは中央交差点側、もう一つは中央交差点から離れる側だ。武器の情報を知られるのだけはまずい! これじゃあ先遣隊の偵察が意味をなすものになってしまう。


「香織班は中央交差点側を追うぞ!」


 マルスの一言でその場にいた仲間達は全てを察した。そして香織班は中央交差点、サーシャ班はその逆方面へと逃げた先遣隊を追う。ここで主力に知られるのはまずい! その一心で二手にマルス達は分かれた。


 分かれた直後に何故か起爆音が響く。マルスが振り返ると背後には炎の壁が出来上がっており元いたルートに戻れなくなってしまっていた。炎の壁によってサーシャ達の様子も見えない。


「これは……ッチ! 急ぐぞ!」


 マルスは戸惑いを振り切るかのように香織と慎也に声をかけて先遣隊を追って行った。マルスはここで気がつくべきだった。この先遣隊の行動が後の惨劇を生み出すことに……。

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