敵との遭遇はマルス達が予想しているよりもずっと早かった。崩れかけたエントランスを素早くくぐり抜けてコンクリートのカケラが舞うロビーの真ん中にスポットライトのように外の光が差し込む地点があり、ライトに照らされる敵がいたのだ。敵は唸るような音を口元から漏らしながらマルス達に向き直る。銀色のウルフカットのロング、金色の眼、凛とした冷たい印象を与える顔、その顔の左側、口元が引き裂かれたかのように歯茎が剥き出し状態になっているのを見て振るえ上がる慎也。そんな彼を後ろに回してマルスと悠人と香織が前衛に出る。悠人が口を開いた。
「動くな。俺たちは……」
「獲物だ」
刹那、敵は悠人の言葉を遮るかのように声をあげ、悠人に両手のダガーを振るう。間一髪で優吾が発砲した弾丸が彼女のダガーをすれ違うように擦れ、軌道が逸れる。その間に悠人は後方に移動した。
「すまない、優吾」
「油断しない方がいい。奴は本気だ」
悠人はうなづく。獲物、マルスはこの言葉を反芻していた。亜人から見れば人間は睨まれると身動きが取れなくなる獲物にしか見えない。所詮は戦闘員を名乗っていても獲物から抜け出すことのできない雑魚なのだ。マルスの眉間に皺がよる。ここをどう切り抜ければいいか。目的は目の前の亜人の討伐ではないのだ。
亜人はふと、中側に位置するマルスを発見して興味深そうに目を一瞬だけ細めた。その後に黒塗りの剣を見てから「あぁ、なるほど」とでも言ったかのようにダガーを手遊びのようにいじりながら声を上げる。
「ビャクヤに傷を与えたのはお前か……」
「知らないところで有名人らしいな。おい、亜人。お前の目的はなんだ」
先ほどなら自分たちの言い分を無視して襲いかかってきたのにマルスが相手をするようになると亜人は警戒したように口をゆっくりと開く。おそらくこの亜人は仲間のビャクヤから自分の話を聞いていたのであろう。モヤのことも知っているかもしれない。相手がうまい具合に謙遜してくれてることを理解したマルスは悠人達にアイコンタクトで合図を送りながら会話することにする。
「亜人と呼ばれるのは面倒だ。私はクレア、クレア・ミスリル」
「その耳……毛色……。人狼だな? この前やってきたビャクヤはお前のお友達ってことか」
亜人改めクレアはフンと鼻で笑ってカッカと足を鳴らす。
「他種族の男は嫌いだ。話がしたいなら次で最後にしろ」
「お前の目的はなんだ?」
「準備さ」
クレアはそれだけ言うと凄まじい速度で接近してダガーでマルスを斬りにかかる。しかし、マルスの周りにあらかじめ展開されていた刃の衛星がサークルを作って回転し、彼女の斬撃を弾き飛ばした。なんとか迎撃はできたがなんの変哲もないダガーナイフで魔装に匹敵する破壊力を生むことに対して脅威的に感じる。
クレアのボディがガラ空きになったところに悠人が斬りにかかり、横降りに抜刀された夜叉で挑んだがクレアは空中に体を捻って彼の刀をかわし、見事な回し蹴りを決める。
「うぅ!?」
「甘いな」
そのまま悠人に連続で蹴りを炸裂させようとしたが死角から慎也が針を投擲。真っ直ぐクレアを狙って腕に刺さるはずだったのだが彼女の腕に少しだけ刺さった時に何故か針が銀色のオーラで包まれ、凄まじい速度で慎也に襲いかかった。あまりに急のことで慎也は「わわっ!?」と声を上げることしかできない。そんな針を知覚速度を引き上げた優吾が実弾で弾き飛ばしたことにより最悪のシナリオを回避した。
「そんな……跳ね返しなんて……針は刺さったはずだよ!?」
「たしかに針は刺さった。けどコイツ……腕で押し出すように力を加えて弾き飛ばしやがった……!」
知覚速度をを引き上げてゆっくりの世界を確認していた優吾にはわかる。針が刺さった瞬間にクレアの腕の筋肉に力が込められているということ。体の内側から発生された筋肉の運動、それによって針は弾き飛ばされたと。一見何を言ってるんだと疑問に思うような技だが現在クレアの体には銀色のオーラが揺らめいている。そのオーラはコンクリートのカケラを足で軽く蹴るとその方向一直線に加速して飛んでいくのでそれによるものと判断したのだ。
「マルス、香織。時間は俺が稼ぐ。お前らは研究所の地下にいけ」
「え、どうして?」
臨戦態勢を取った香織は悠人の言葉に疑問を隠せなくなる。マルスはその言葉にうなづいて香織の腕を掴んで研究所のエントランスを駆け抜けていった。普通ならマルスと香織を狙って攻撃すると悠人は判断したのだが肝心のクレアはチラッと一瞥しただけでありなんともない。
廊下を駆け抜けていったマルス達を見送った悠人は刀をクレアに向けた。一体何が目的なのか分からない。マルスと香織を研究所内に行かせたのは理由がある。しかし、相手の理由が一切見えない。亜人は比較的戦力がない研究所を破壊するためにやってきたのではないのか? 分からないが故の恐怖が込み上げる。
「何故アイツらに攻撃をしなかった……!」
「関係ない。勘違いしているようだが……私たちが研究所へ来た目的はただの準備だ。破壊ではない」
それはマルスの時も言っていた。自分たちの目的は準備だと。一体なんの準備だろうか……。そもそも亜人がわざわざ人間の研究所を襲撃するほどの何かがあるのだろうか? ここには魔装と魔獣の研究資料しかないはずだ。研究資料……、悠人はハッとする。活性化のための魔獣の資料を探しているのではないか? 一つの仮説が立った。
「お前ら……魔獣の資料を奪還するのが目的か?」
「そうといえばそうだが違うと言えば違うな」
答えなのかどうかよく分からない返答。今頃マルス達が彼らの通信機に送った任務をしてくれているはずだ。それでいい。別行動の隼人達はどうだろうか? もう1人の亜人を相手していると思うがもしやソイツも自分たち、戦闘員には興味がないのだろうか。考える材料が少なすぎる。
仮に活性化の魔獣を作るための資料が欲しいという目的で考える。おそらく彼女も配下の魔獣がいるだろう。それらを活性化……、ここにくる以前にしているはずだ。悠人はここで自分の思い違いを自覚する。活性化はすでにしているはずだ。エリスの種があればできることをこの前知ったばかりではないかと。
そうなるとこの研究所には自分たちの知らない何かが眠っているということになる。その眠っているものを起こしに来たのか……眠ったままぶんどりに来たかはわからない。謎が多すぎる。悠人が考えに考えていると肝心の相手はどこか口角を上げてニヤニヤと笑っているのだ。
「何が面白い?」
優吾が代わりに威嚇する。二丁銃を向けて撃鉄をおろす。引き金を引くと跳ね返しはできない精神エネルギーの弾が発射されて相手の急所を問答無用で貫く。
「知らないのか?」
「何がだ……!」
「この研究者たちの真実を……」
そこまで言ったところでクレアはピクリと耳を動かして表情を変えた。どうやら彼女にしか聞こえない何かを聞いたそうだ。その時にため息をついて悠人達に向き直る。
「楽しみは最後まで取っておこう。お前らを殺すのはこの私だ」
それだけを言い残して残像を残し、気がつけば彼女の姿はもうなかった。唖然とする悠人達3人。あの亜人は一体何がしたかったのだろうか? そう思っていると通信機に連絡が入る。悠人が応答した。
「はい、東島です」
「東島、私だ」
「レイシェルさん? なにか?」
急に入ってきた通信がレイシェルだったことに悠人は驚いた。ちょうど亜人が消えたところで都合が良かったな……と安堵しながら話を聞く。
「いいか、東島。よく聞け?」
「は、はい……」
「この研究所にはカイ……」
ブツッと音がして通信が途切れてしまったのだ。悠人はピクリと体を震わせて通信機を指でトントンと叩きながら「レイシェルさん? もしもし?」と声を上げる。しかし通信機はガガガとノイズを発生させて動くことはなかった。
「悠人さん……?」
「あぁ、大事なところで切れてしまった……。故障か?」
「僕の通信機も途切れてしまってます……。優吾さんも」
優吾も画面を見せながら悠人に「切れてるな」と説明。悠人1人だけなら故障で済むのだがここにいる全員となるとそうはいかない。何かがあるはずなのだ。
「とにかく、ここはマルス達を一旦信じよう。隼人達と合流したほうがいい。マルスたちのことは移動中に説明する」
優吾と慎也はうなづいて研究所の中核部分につながる通路を進んで行ったのだった。
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