「落ち着いて入って! ほら、押さない押さない! まだまだ入れるから!」
広く作られているはずの地下シェルターに続く階段には人々がごった返している。悪く言えば缶詰状態だが天井に張り付いた状態で鳥丸と金井龍一が人の整理を行なっていたためにスムーズには入れているようだ。民間人が大量に入ってくることを想定してか何層にも分かれた地下シェルターは階層ごとに人を一時的に避難させることが可能なのだ。
『鳥丸、二層目はもう埋まったよ。あと残りは一層だけど大丈夫なの?』
「あぁ、神奈子か。安心しろ。俺の目視ではあるがちょうどあと一層分で全員入れる。福井班の佐久間って奴が送ってくれたデータのおかげだぜ」
『後でお礼を言わないとね。龍一、サボってない?』
「先輩! やだなぁそんなこと言っちゃって! 俺めっちゃ働いてます! 今日はボーナスデーっすよ!」
『龍一を頼んだわ……、鳥丸』
「了解……」
魔装を器用に使って天井に張り付いた状態の鳥丸は片腕でごつきながら龍一の気を引き締めさせる。民間人は天井に張り付いた鳥丸達を見て一瞬だけギョッとしているがすぐに階段を降りることに夢中になって消えていった。初めは管理が大変だったこのシェルターも佐久間直樹が送ってきたレーダーによる民間人の推移によってある程度の予想がつき、堀田班と手分けしてシェルターへの道を開いたため、沢山の民間人を救えている状態なのだ。混雑しているのは幸運でもある。
段々と階段の密度がまばらになってきたのを見計らって鳥丸と龍一は天井から着地した。人が通りやすいように隅に移動しながら声を上げて誘導する。戦闘実績はあまりない鳥丸班だからこそ、得意な救出と調査任務。鳥丸達が人形との接触や魔石の回収を行なっていないとある程度の準備は進まなかったのでまたしても大きな実績を残していた。
「龍一、もうそろそろ俺たちの誘導はいらないはずだ。外にいる神奈子と合流しよう」
「そっすね。……おおっと!?」
振り返って階段を登ろうとする龍一だったが隅に降りてきた男とぶつかってしまい、大きくバランスを崩してしまうことに。龍一には背負ったアーマーがあるので民間人が勢いよく当たれば怪我をさせてしまうかも知れなかった。ヒヤッとした状態で龍一はすぐにぶつかった民間人の元へ行く。
「すみません! 怪我はないですか?」
手を差し出して起き上がらせようとする龍一だったがここである種の恐怖感を宿らせてすぐに腕を引っ込めた。その男の表情からは感情というものが一切感じることができなかったのだ。龍一は服屋に展示されているマネキンを思い出していた。動くことのない瞼、唇、白すぎる肌。そしてその男は何かを口に含んでいるような様子だったのだ。体が固まって動かない龍一と男を無視して民間人は怪訝な顔をしながら階段を降りていく。もう降りる人はいないというところまできたその瞬間、男は口に含んでいたものをブッと壁めがけて吹き出した。
それは肉片がこびりついたメガネだったのだ。片方のレンズがほとんど割れており、蝶番部分に引っ付いた肉片がドロドロと壁を滴っている。
「あ、アンタ……一体……」
鳥丸も異常を感じて声をかけようとしたその瞬間、男の右腕がパックリと割れて蛹から何かが飛び出すように鋭い爪のついた腕が飛び出してきたではないか。呆然とする龍一に襲い掛かるのと男の背後から飛んできた槍が腕を貫くこと、同時に起こった。男は槍と一緒に壁に串刺しになり、階段を降りていた民間人は赤色のランプの光の中でさっきまでは見るはずのなかった血潮を見たような気がしてパニックになって発狂する者まで現れる。
「龍一!! 外に放りだせ!!」
鳥丸の声でやっと意識が戻った龍一は背中のアーマーを展開させて八つの蜘蛛足のような機械を生やす。そうして槍から腕を引きちぎりながら巴投げのようにしてシェルターの入り口へと投げ飛ばすことに成功した。そしてぶんどった槍を入り口めがけて投げる。入口から腕がちぎれた状態で放り出された男と槍を投げた神奈子が対峙していた。龍一の粋な計らいで戻ってきた槍を受け止めて男を見る。男は巴投げを受けた際に壁に顔を擦り付けられたのか左半分の皮が一斉に捲れていた。その皮の中からはタールのような黒い液体を出しながらギョロリと睨む一つ目のようなものが見える。縦に裂けた口の中には横一列に隙間なく生えた鋭い牙があった。
「やっぱり……! アンタ、あの時の人形だね?」
男改め、人形、または怪人は残りの皮をベリベリと左手で破きながら神奈子を見ていた。シェルターに遅れて入っていった様子のこの男を見逃した神奈子の責任でもある。階段付近で何か物音がしたので感知してみると表皮の中で動くはずのない縦の口が肉片をゴキゴキと噛んでいることに気がつき、咄嗟に槍を投げていたのだ。神奈子の勘によって龍一が救われることになったわけだがこれは神奈子の落ち度だった。
アーマーの脚で素早く階段を登ってきた龍一とパニックになった民間人を宥めながらシェルターに送り届けた鳥丸が同時に戻ってきた。鳥丸はサッとシェルターの扉を閉める。怪人が予想するよりも勢いよく締まり、己の計画の失敗を悟っていた。
「なるほど、お前の正体がそれか。初めて会った時よりかはよく成長してる。龍一がお前とぶつからなければお前はシェルターの中に侵入して民間人をやりたい放題……。一応、シェルターの中を確認したがお前のような民間人はいなかったよ……。それも幸運だ」
ここで戦闘に入るのが戦闘員としてのルールかもしれないが鳥丸班はそのルールから逸脱したような班なので非常に困っている。まさか自分が最も懸念していた出来事になってしまったという憂鬱を抱えながら鳥丸は時間稼ぎのために何か話そうと手を振った。
「せっかく来てくれて悪いけど俺はちょっと満足できた戦いはでき……」
鳥丸に向けられたのは純粋な殺意だった。勢いよく接近されて両足蹴りをくらってしまう。真ん中に立っていた鳥丸は勢い良き吹き飛ばされて放棄された自動車に激突した。大きく凹んだ自動車に衝撃でクラクラしながら血を吐く鳥丸。神奈子と龍一は鳥丸と怪人とを見ていることしかできなかった。何故足技に頼ったかと言われれば武器が内蔵された腕が引きちぎられているからであろう。あの腕があれば横凪一閃で鳥丸達の頭はすっ飛んでいた筈だ。
口から血を噴き出しながら笑う鳥丸にトドメを誘うと近づいてくる怪人。鳥丸は何かを諦めたようにフッと笑った。
「おとといきやがれ……だぜ」
大きく振りかぶった左手を見てフッと笑う。それは怪人の左手ではなかった。
「堀田玲司……!」
歪んだ車を飛び越えながら怪人にストレートを放ったのは堀田班の堀田玲司、その人だった。怪人が勢いよく吹っ飛んで体勢を大きく崩している。車の後ろに出来上がっていた坑道のような穴から残りの堀田班メンバーが次々と飛び出してきた。
「あ〜らら、鳥丸君。ベッタベタだね」
堀田班班員、土井秀星は血だらけの服を拭いながら方を貸して鳥丸と一緒に立ち上がる。そのまま坑道の中に隠していた。坑道には堀田班の掘削要員、間田仁が待っていた。
「仁……すまない。迷惑をかけてしまったね」
「ハハ、これくらいなんのそのだ。僕の陶芸品をもらってくれるのは君だけだから。君が死ねば顧客がなくなってしまう」
冗談めかして笑う間田。趣味で野焼きの陶芸を楽しんでいる彼は鳥丸もお気に入りの品を作ることで有名だった。他の鳥丸班も一旦坑道に逃げ込んで鳥丸の様子を見る。
「脈拍が……ちょっと怖い。遠野班に治療できる人がいたわね……? 堀田班だけではこの場は不安だから応援を呼ぶわ」
「それまではここに隠れましょう」
仁は自由にこの坑道を使っていいそうで大きな爪のついたグローブで洞穴のような部屋を進め、そこに鳥丸を避難させた。携帯していたペンライトを点灯させ、それを咥えながら鳥丸は考える。気配を感じてはいたが鳥丸班がここまで来てくれたことは頼り甲斐がある。ある程度の時間も稼げるだろう。
「翔太達が来るまで俺はここにいさせてもらう。仁、シェルターはどうだ?」
「君が担当しているところ以外を完了させた。それと八剣班長からの通信、『民間人に化けた魔獣がいる可能性大』とのこと。僕らが担当したシェルターは大丈夫だよ。挙動が変なやつには厳しいからね、堀田班」
「そうか……。神奈子、龍一、翔太達が来たら呼んでくれ」
地上では左腕だけの怪人と対峙する堀田班の攻撃担当三人が各々の魔装を起動させていた。堀田玲司、桜井和音、土井秀星の三人だ。刈り上げた頭と長年鍛えた筋肉が印象的な玲司、頭に付けたバンダナに長身かつ、玲司と同じく筋肉がのった体型の和音、目立つほど体つきがいいわけではないが弱冠二十歳の最年少、二つに分けた前髪から除く油断ならない表情が印象的な秀星。
「鉄拳蝦」
「交響鯨」
「飛蹴魚」
玲司の拳が、和音が背負っている大剣が、秀星のブーツの魔石が反応し、それぞれ幾何学的な模様を発して起動する。和音は大剣に付けられた吹き口のようなものを咥えて大きく息を吐き出した。元水中カメラマンの肺活量は伊達ではない。適合の恩恵によって肺活量にも大きな変化がある。息を吹き込まれた大剣は振動音のようなものを発して光出した。
和音はその大剣を地面に叩きつけるように動かすと剣先にある発射口から音波が発射される。和音の大剣は息を吹き込むことによって振動音を内部にため、斬撃を強化したり、先端に着いた発射口から音撃砲を発射するのだ。変わった魔装だ。まるで楽器のように息を吹き込む作業から始まるのだから。それでも威力は筋金入りである。音撃砲を真正面から受けた怪人は後ろに大きくのけぞった。その先にはブーツを光らせた秀星がカッと笑いながら待っている。
「ドッセイヤぁああ!」
声を張り上げながら股が裂けるほど蹴り上げられた脚が怪人の顔面を強打、ちょうど大きな一つ目が潰れて液体を打ちまける。服にかかって嫌そうな表情をとりながら秀星はポケットに手を突っ込み、シケた顔で怪人を見ていた。
「コイツ、見た目はアレだけど戦い初めて日があせぇわ。最初の一年は柔軟運動、出直しな」
顔を抑える怪人に待っていたのは玲司の右ストレートだった。心臓部を正確に殴られて細かく体を震わせた後に怪人は倒れて動かなくなった。玲司達の圧勝である。坑道に沿って移動を開始して心配だった鳥丸を見に来て本当に良かったと安堵する。
「終わりだ。10秒経ってる」
「knockout!」
洒落た発音で茶化す秀星に微笑みかけながら振り返った玲司だが思い違いに気がついてしまった。knockoutの発音、たしかに綺麗だったが秀星の声ではない。一瞬だけ青ざめながら振り返った先には秀星がいた。頭を掴まれて顔中から血を噴き出す秀星が。目に色はなく、横一列の切り傷にも見える血のつき方や顔を掴む手が人間のものではなかった。そのまま投げ捨てるように秀星は放り出される。輪切りのマリネのように血と合わさって崩れる肉片が吐き気を催した。秀星の後ろには虎柄の髪色が印象的な少年がチリチリと爪を弄っている。尻尾を動かしながら爪についた血を拭っていた。
「見事な拳だったよ。拳一つで戦うその姿、実に見事だ。でも……君達隙が多すぎる。というわけで、この子は輪切りの刑となりましたとさ。ウッククク……!」
手を拍手のようにパシンパシンと合わせながら犬歯を見せて笑う虎人族の亜人、ルルグ・ギモンド。口角と一緒に目もつり上がって笑うので玲司達はなんとも言えない恐怖感を感じていた。殺すことに躊躇がない、むしろ楽しんでいる。輪切りになった秀星の死体を踏みながらルルグは拍手を続けていた。玲司達は亜人と初めて遭遇したがここまでイカれた脳みそを持った奴らだとは思ってもいなかった。数多のショックに襲われている中で秀星の死をやっと知ったらしく、玲司は喉から喘ぐことしか出来なかった。
「あぁあ、失敬。僕は最強の亜人、虎人族のルルグ。僕の任務は目についた人間を殺すこと……。でもただ殺すってことはもう飽きてるから余興にでもしようと思ってねぇ」
「余興だと……?」
「そうだとも〜。じゃあ君、布巻いた君だよ。君は……三手で殺そう」
「へっ、自分から戦いを申し込むかよ。秀星の仇は取るぜ!!」
「やめろ、和音!!」
玲司の叫びを聞かずして感情に支配された和音は息を吹き込んだ大剣を奮ってルルグに立ち向かった。重さなんて感じさせない振るいでルルグを殺しにかかるが対するルルグは受け止めることもなく、全てを避けて対応していた。
「ひと〜つ」
大剣を握る和音の腕をルルグは切り落とした。ルルグの爪は黄色に光っており、太い糸のように漂う黄色の光が和音の腕を切り落としたのだ。一瞬の出来事の場合、痛みに鈍くなることを知っていたルルグは相手が苦痛に気がつくまでニコニコと待っている。その笑顔に腹が立ったその瞬間、和音の脳髄を突き破るかのような痛みが全身に走り、発狂。自然と溢れる涙に止まることを知らない血流、治ることのない発狂にルルグは負けじと笑い声を発している。そのまま指揮棒を振るようにして和音の顔を蹴り飛ばした後に腕を真上に振り上げた。
「これで……三つだ」
ルルグ指から発せられた縦の光は発狂する和音に襲い掛かり、真っ二つに切り裂いた。バラバラになった死体が崩れる中、ルルグの爪は輝きを消して糸のような漂う光も消えていった。猫のように背中を曲げながら大きく伸びをするルルグに辺りの静けさに怯えて動けなくなった玲司。自分が見下していた東島班はこんな奴と戦っていたことを思い知って何故、東島班が戦わない方向での協力を要請したかの意味を知ることができたのだった。
「次元が……違いすぎる……!?」
「殺しでいうと僕は君らよりも圧倒的に長いからね。さぁ、君は何手で殺そうか……。よし、決めた。君は……」
突き出された手の数字を見て玲司は震え上がる。指は一本だった。
「一手でいいや」
一瞬で目の前に接近された玲司。時間を盗まれたように感じるほどの速さ。そして殺しを楽しみながらも殺意を向けてやってくる狂人さ。この亜人がどういう経歴でどういう闇を抱えているのかは分からないが玲司はもう自分に打つ手がないということだけを知った。幸運なのが坑道の存在を相手が知らないことだろうか、自分を捨てて仲間や鳥丸には逃げていてほしかった。
目を瞑っていた玲司だったが一向に苦痛が来ないことに違和感を感じ、そっと目を開ける。そこに映る人物を見て玲司は申し訳なさと安堵感を両方とも感じていた。助けに来てくれたのだ。あれだけ自分が馬鹿にして、話を聞きたがらなかったはずなのに向こうはイキイキと話しかけて来て握手まで求めてきたあの男である。
「君は……!?」
「お前なんかに堀田先輩を殺させるかぁああ!!」
アーマーで覆われた右手でルルグの爪を受け止め、そのまま押し倒すようにして玲司と距離を取ったのは東島班の宮村隼人だったのだ。爪によってどこかを切られたのかアーマーには血が滲んでいる。少し痛そうな表情をしながら、でも恐れを見せずしてルルグを睨むのは玲司を憧れの人と称し、笑顔でまともに話してくれた青年、宮村隼人だった。
「堀田先輩、逃げて! 遠野先輩にはこのこと伝えてるから! ……そこに仲間がいるでしょう?」
この言葉にハッとした玲司は立ち上がったが不意に気になって隼人に尋ねる。
「でも……、お前、一人でいいのか? アイツは……」
「知ってます。アイツは……俺が倒し損ねた亜人です。ここは俺に任せて……早く!!」
血気を見せて吠える隼人に一瞬だけ慄きながら玲司は退散していった。ルルグには砂利を顔にまぶしておいたので目潰しにもなり、玲司の行方を見せないでいる。ルルグが目を開けた時には和音と秀星の死体を見ながら体を震えさせる隼人がいるだけだった。
「君は研究所でヤイノヤイノと暴れていた子じゃないか。僕に何かようかい? ……君のせいで僕の余興が台無しだ」
「余興……? ある人の大事な友達を殺して何が余興だ、取り消せよ……その言葉」
「嫌だね。取り消さない。僕は兵士として生きてきた。その兵士にも休息が必要なんだよ。僕は殺人鬼になれなかったんだ」
それを理由にしていいとは隼人は思わなかった。怒りに任せて隼人は全身のアーマーを起動させ、魔装を完全に身にまとう。魔石と融合してからはかなりスムーズに装着できるようになったこのアーマー。緑色の機械の目はいつも以上に怒りで光っており、溢れる力のせいか、魔石も活発に動いて体の関節や筋から煙が発しているほどだ。
「何手でもいい……、地獄へ堕ちるのはお前とこの戦争だけにしやがれ……!!」
ルルグに拳を振り上げて飛び掛かる隼人。重なるルルグとの拳によって光るその場所は夜を感じさせなかった。
桜井和音
適合:交響鯨
使用武器種:大剣
性能:笛のような息を吹き込む穴があり、吹き込んだ息によって魔石が反応し、振動を作り出す。発射口を開けば大剣から砲台のような一撃を発射することもできる。水性魔獣なので水中活動にも適応。
土井秀星
適合:飛蹴魚
使用武器種:ブーツ
性能:高出力のジャンプ機能や蹴りに関する強化を行う
間田仁
適合:掘削土竜
使用武器種:グローブ
性能:引っ掻くことや掘る作業に特化した魔装で上手く使えば防御にも使える。思いの外器用に動き、相手が投げた小さな石でも正確に受け止めれるほど。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!