その話を舞咲が聞いたのは先週の月曜日、今日と同じように出水が配達に出て舞咲が店番を任されていた時のことだった。その日いつも通り一人で店に来た菜々美は、「出水さんは?」とまず舞咲に声をかけ、配達に出ていることを伝えると、「そう。ちょうど良かった」と呟いた。それから、
「あのね、舞咲ちゃんに報告があるんだけど。」
そう前置きをしてから、自分の下腹部に手を当てた。
「実は、妊娠が分かりまして。2花月だそうです。」
いつもは遣われない敬語で発せられた言葉に、その意味を理解するまでに一拍かかった舞咲は、えっ、と息をついた。ようやく頭が追いついてくると、今度は胸の奥の方からなにか熱いものが込み上げてくるのが分かった。それを抑えることが出来ず、思わず大きな声を出した。
「お、おめでとうございます!菜々美さん!
お祝い、私、なにかお祝いしたいです!」
興奮して店の中。キョロキョロと見回す舞咲を制止するように菜々美が声をかける。
「ありがとう舞咲ちゃん。じゃあ、来週の金曜日、お仕事お休みしてるから、舞咲ちゃんのアルバイトが終わってから甘いものでもご馳走してもらおうかな。」
その誘いを、舞咲は「もちろん」と快諾し、待ち合わせの時間と場所を話し合った。
その際菜々美から、「このことは出水にも、うちの従業員にも内緒でお願いね。」と釘を刺されていたため、出水は今日ロッソの従業員から聞かされるまで、その事を知らなかった。
そしてその菜々美との約束の日というのが、この日だった。
それからしばらく入口脇の観葉植物の大きな声葉のホコリを払ったり、すぐに売れるようにと整えられた花束を差した鉢の水を変えたりしていた舞咲だったが、
「舞咲ちゃん、今日はもう配達もないし、僕も私用で行くところがあるんだ。申し訳ないけど、8時であがってもらっていいかな?」
雇い主にそう言われては嫌とは言えず、菜々美との約束の時間より一時間以上も早く仕事を終えることになってしまった。
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