男がいた。まっすぐな体で前に進む男だった。周りを見てみると、手が上がったままのひと、後ろ向きに歩くひと、逆立ちしているひとと、様々なひとがいた。また、ひとの前には壁がある。壁には穴があいていて、ひとはそれを通らなければならなかった。男も例外ではない。男は進んだ。
すると、目の前に四角い縦長の穴があいた壁があった。男はそのまますり抜けた。
しばらくして、また壁があった。今度は丸い穴があいている。男は身をかがめて通った。
次もまた壁がある。だが、今度は奇妙な形をしていてうまく通れない。男はうーんと唸った。
「困ったものだ。一体どうしたものか」
ふと、横を見てみると、同じ穴を通るひとがいた。どうやら足首を折って通っているようだ。
「そうか、この穴は足首をおらねばならないのか。多くのひとがそうしているのだから、そうなのだろう」
男は足首を折ってすり抜けた。
こうして、男はどんどん壁をくぐり抜けていった。わからないときは、周りのひとを見てまねをした。ときには、変えた手や足が戻らないこともあった。
そうして、もう何個通ったのかわからなくなったころ、男は壁に当たった。四角い縦長の穴があいた壁だった。だが男は通れない。形を変えすぎて、戻そうにも最初の自分の体の形を忘れてしまったものだから、戻せないのだ。
「いやはや、どうしたものか」
と唸りながら、それでもなんとか通ろうと頑張っていると、後ろから誰かやってきた。それは、最初逆立ちしていた男だった。
「おや、君はまっすぐ前に進む男じゃなかったっけ?」
「そうだったかな。いかんせん、形を変えすぎて最初の体の形を忘れてしまったものでね」
「それは面倒なことをしたものだ。少し周りを見渡せば、そのまま通り抜けれる壁がたくさんあったのに」
逆立ち男は憐れむように言うと、逆立ちしたまま四角い縦長の穴をくぐり抜けた。
男は悔しがるけれども仕方ない。戻らないものは戻らないのだから。
こうして男は、今もなお四角い縦長の穴に挑み続ける。
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