ムエリットの肉体から魔力が消えかけている。勝負はついた。
「あーあ。まけやがって」
ドイデがため息をつきながら腰に手を置く。
「アグナムさん、やっぱりすごいねぇ」
「あんな強かったのに、やっつけちゃうなんて──」
他の魔法少女から歓喜の声が聞こえる。まあ、運が良かっただけだ、かなりの強敵、絶対に勝てるって訳じゃない。できれば戦いたくない相手だ。
すると、うさ耳をした小柄な魔法少女が、ムエリットに向かって指さしながらびくびくし始める。
「まって、あいつ……立ち上がる気ピョン」
まじか、さすがレート1桁の強者だけあるな。勝負をひっくり返されるかもしれないという感情が自然と湧いて出て剣を強く握りしめる。
「さっすがだな。負けるところだったぜアグナム」
よろけながらも立ち上がり、にやりと笑うと俺をにらみつける。油断するな、次こそ仕留める。
そう覚悟を決めていると──。
「馬鹿野郎。感傷に浸ってる場合か! 撤退するぞ」
「撤退? ふざけるな。俺はまだ戦えるぞ」
いきなりドイデが叫び始めた。
「逆だ。まだ戦えるからこそ撤退するんだ。負けたら確実につかまる。勝負ならまた今度すればいいだろ。俺たちの目的を忘れたのか!」
その叫びにムエリットが1回ため息をつくと、あきらめたような顔つきになる。
「……わかったよ。撤退すりゃいいんだろ」
「待て、逃がさない!」
正直、俺も体力を消耗していてそこまで戦えない。でも、敵が逃げるのを黙って見ているわけにもいかない。
「また今度、たっぷり戦ってやるよ」
「人の話を聞け」
「聞いてるよ。またな」
ドイデがピッと指をはじく。その瞬間、カメラのフラッシュのようなまぶしい光がこの場を包み、俺は反射的に一瞬だけ目をつぶってしまう。
そしてすぐに目を開け、剣を構えるが──。
「ちっ、逃げられたか」
2人の姿はどこにもなかった。
「あーあ、逃げられちゃったね」
サナが残念そうな表情でやってくる。確かに、ここで倒した方がいいってのはある。
あいつだって頭はある。次はこうもいかないだろう。ギリギリの戦いだったと思う。
何とかムエリットたちを撃破した俺たち。しかし代償も大きい。
魔力を極度に使いすぎ、俺の体はガス欠に近い状態。
緊張の糸が切れ、その場にぺたりと座り込んでしまう。
「ちょっと休ませて。疲れちゃった」
俺のその言葉にサナは笑顔で寄り添ってくる。だから距離が近いって、体が当たってるって。
サナの柔らかくてプニプニした二の腕の感覚が当たり、ドキッとする。
他の魔法少女たちも傷ついた魔法少女は、比較的無事な魔法少女に肩を借りたりしてこの場を去っていく。幸い魔装状態は切れていないので無事ではある。
「アグナムさん。これからも期待してるピョン」
「応援してるよ。ハンサムな魔法少女さん。チュッ!」
誰かが俺のほっぺにキスをする。恥ずかしい、顔を真っ赤にしてしまう。
そしてここにいるのは俺とサナだけになった。
サナと2人になり俺はベンチに座り、気を抜いて足をだらんと伸ばす。
「お疲れさま。ゆっくり休んでいいよ。けど足をだらんとしてると品がないよ。もっと女の子っぽくしなきゃ」
「あ、ああ……」
サナとは腕を組んだ形になる。まるで恋人同士だ。彼女の髪からほのかにシャンプーのにおいがして鼻腔をくすぐる。
これはオレンジとか柑橘系かな?
彼女の髪のにおいを感じていると、サナが右のほっぺに人差し指を当てながら話しかけてくる。
「でもアグナムちゃんって。よく見るとスタイルはいいけどボーイッシュって感じだし、戦い方も豪快で勇気ある戦い方だし、仕草に女の子っぽさを感じないんだよね~~」
「はは、それはよく言われるかな……」
「ひょっとして、アグナムちゃんって、本当は男の子だったりして~~」
その言葉に愛想笑いが吹き飛び、心臓が爆発するくらいドキッとする。シャレに聞こえないんだよ、俺には。
「なんてね冗談冗談」
その言葉にほっと溜息をつく。屈託のない笑顔を見せるサナ。ヒヤヒヤした俺。
とはいえ俺を心配してくれることには感謝しかない。以前の世界ではリアルではボッチだったし、ネットの世界では全員敵で心を許せるともなんていなかった。
彼女のこと、大切にしよう。もちろん友としてね。
そんなことを考えていると、誰かが話しかけてきた。
「おうサナ。久しぶりだな、何か用かい?」
「今回は仕事できただけ。ほら、幻虚獣
ホロウ
が出てたでしょ? 」
後ろから話しかけてきたのは明るくて小太りの若い男の人。気さくに友達のように会話する。
「ああ、そうだったな。じゃあ無理しなでうまくやってくれよ。お前は俺たちの誇りなんだからな」
「ありがとうねクリムさん」
2人とも親しそうに話す。初対面でないのがすぐに理解できる。
「サナはここで生まれたの?」
「そうだよ」
サナはコクリとうなずく。
「ここが私のふるさとなんだよね。ちょっと引いちゃったかな?」
意外だな、こんな所で生まれたなんて、もっと上流層の育ちかと思ってた。
「そんなことないよ。そっちのほうがかっこいいと思う。成り上がりみたいで」
その言葉にサナはほんの少し顔を赤面させる。すると、クリムが話しかけてくる。
「そういえばユピテルとはうまくやっているのかい」
するとその質問にサナは周囲をきょろきょろとして動揺し始めた。昨日もそうだけど、やっぱり2人に何かあったんだな。
「まあ、何とか……」
「その話はやめろよ。サナが嫌がってるのわかるだろ」
すると今度は2人の子供がやってきて、俺達によって来る。
「あっ、サナだ。久しぶり」
「お姉ちゃん。試合みたよ」
「へぇ、久しぶりだね」
2人ともサナの顔見知りらしい。気さくに挨拶をしている。すると若い男が子供たちに話しかける。
「さっきまで見なかったけど、何やっていたんだ?」
「ユピテルの奴の試合見てきただけだよ。悪いことなんてしてないよ」
その言葉にクリムは疑問を浮かべた表情になり1つの質問をする。
「闘技場って、入場料はどうしたんだ?」
「ごめん、裏口からこっそり入っちゃってさ」
「そうそう、隠れて侵入してただ見してただけだよ」
子供が自慢そうにそう告げると彼は呆れたような表情で2人を注意する。
「ばれたら捕まるぞ」
「大丈夫だって、警備の人だってあんましやる気が無くて面倒事を起こしたくないみたいだし」
そんな会話を聞きながら、俺は気になることが一つ脳裏に浮かんだ。
「けどユピテル、大丈夫だった? 昨日アグナムとあんな激戦だろ」
それを代弁する様な子供の言葉。それもそうだ、昨日ユピテルは俺との激戦で相当体力を消耗しているはず。
俺だって今も疲れが残っていて、体が少し重く感じる。それで勝負なんてできるのか?
「確かにどこか疲れている感じだった。けど問題なく勝ったよ」
「ザコだったろ、相手」
「うん、完全にユピテルに遊ばれてた。いつも以上に相手をいたぶっていたよ、ユピテル」
いつも以上か。恐らく俺に負けたことで、早くその屈辱から解放されたいという思いでいっぱいなのだろう。
俺も彼女と一戦交えて分かった。俺とユピテルには決して埋められない実力の差がある。10回戦って9回は負けるだろう。昨日はたまたまその1回が来ただけだと思う。本当に幸運としか言いようがない。
「あ、俺も急いで買い出しいかなきゃいけないんだ。じゃあな」
そして俺たちは彼らと別れていく。サナ、こんな貧しい場所から成りあがったんだな。
俺がこの世界にきてから友として接してくれた、いつも明るくて、笑顔がとても似合う女の子。
もっと彼女について知りたい。
もっと親しくしたい。
そんな思いを胸に、俺たちはこの場所を去っていった。
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