月曜日が好きだと言うと、たいてい変な顔をされる。
週末のあいだずっと家事に追われてるわけじゃないけど……月曜の朝、制服に着替えて家を出ると、一区切りだけでも先に進めたような気分になる。時間は動いてるんだって実感できる。
今日もメイド仕事の日だ。わたしは自転車を押しながら、咲と駅前まで並んで歩いていた。
お金持ちの家と言っても、さすがにリムジンで学校に送迎したりするのはフィクションの中だけらしい。咲は普通に徒歩通学である。ちなみに華奢な見た目に反して彼女は意外に健脚で、走るのも速い。
そんな咲に、わたしは紙袋を差し出した。
「そうそう、これ、土曜日にいろいろ手伝ってもらったから、お礼。昨日家で焼いたマドレーヌ」
「わ、ありがと。有紗のマドレーヌ、美味しいんだよねー」
実を言うと、メイドとしてはスコーンに挑戦してみようかとも思った。
マドレーヌは、バターや蜂蜜を加えるたびにゆっくり丁寧に混ぜ合わせ、気泡ができないようにするのがしっとりした食感にするコツ。一方、スコーンはざっくり混ぜたほうがそれっぽくなるので、作る手間で言えばマドレーヌやクッキーより簡単なのだけど……。
しかし本場のイングリッシュスコーンには苺ジャムと並んで不可欠とされるクロテッドクリーム(バターと生クリームの中間ぐらいの脂肪分のクリームらしい)が、日本ではなかなか入手が難しい。牛乳を煮詰めて自分で作るやり方を試してみないといけないが、さすがに『メイド服を着てショッピングモールでお買い物』というミッションをこなした翌日に、そこまでの気力はなかった。
母がお菓子作りが好きだったので、道具はいろいろ揃っているのだけど。
咲がいまニヤニヤしてるのが、わざわざ顔を見なくてもわかった。
だから私は前もって釘を刺す。
「べつにわたしは女子力高くないし、いいお嫁さんになろうとも思ってないし、胃袋で男心を掴もうともしてないし、特に六堂先生に対してそんなこと考えてないから」
「ふーん。どうして?」
「どうしてって、先生から見たわたしはただのアルバイトの使用人だし、前も言ったけど歳も離れてるし」
「有紗は相手が年上のほうがいいんだって。同い年か年下だと世話焼きすぎてお互いダメになるタイプ」
「……そうかな。わたし、家族以外にはけっこうドライだよ?」
「本当にドライな人は、自分がドライかどうかなんて考えたこともないんだって」
咲はそう言うと、突然わたしのほうに腕を伸ばして、自転車のベルをチリリンと軽く鳴らした。
「ちょ、何すんのいきなり! 他の人をびっくりさせたら迷惑じゃん」
あわてて周囲を見渡す。幸い、近くに歩行者はいない。
「――ほらね。『目立つと恥ずかしい』でも『怒られたらイヤ』でもなく、『他人の迷惑だから』って理由が最初に出てくるでしょ、有紗は。ほんとにドライな人はそうじゃない」
咲はドヤ顔でそんなことを言った。まず反省しろ。
抗議の意を込めて、片手で咲の肩口あたりにチョップをお見舞いしようとしたが、咲は前方にダッシュして避け、わたしの手は彼女の長い髪をかすめただけに終わった。逃げ足も速い。
……普通の人は迷惑かどうかを気にすると思うけどなぁ……。世の中の人は、そうとは限らないんだろうか。本当に?
「わたしがこうやって有紗を焚きつけてるの、一番の理由は面白いからだけど……」
やっぱり一番はそれなんだ……本人に言わないで。
前を歩く咲は、クルッとこっちを振り向いてわたしを見た。
「『自分に許された選択はこれだけ』って決めつけて、心を押し込めてる有紗よりも、そうやってちゃんと悩んだり迷ったりしてる有紗を見てるほうが、わたしは好き」
そういうこともあまり当人に直で言わないでほしい……。
咲はこういうことをさらっと言うから、困るんだ。
「――とは言っても、わたしは女の子をからかうほうで、甘えられるのは趣味じゃないから、有紗もたまにはオトナな殿方に甘えてみたまえよ」
別れ際、先生のような口調でそう言って、咲はわたしに手を振った。
……甘えるかぁ。
他の問題はともかくとしても、あの六堂鏡哉先生は、とても女子高生を甘えさせてくれるようなタイプだとは思えないけどね。
咲と別れたわたしは、そんなことを考えながらお屋敷に向かって自転車のペダルを踏むのだった。
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