七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第6章 明日への咆哮

第1話 わたしを信じて

公開日時: 2021年1月29日(金) 17:14
文字数:1,487

 それは、楽毅がくき中山国ちゅうざんこく太子たいし姫尚きしょうと謁見してから十日後の事であった──


 ちょう軍が時を同じくして北、西、南の三方から一気に中山ちゅうざん領に進軍を開始した、とのしらせが国都である霊寿れいじゅにもたらされた。


 楽毅がくきが懸念していた通りの事態となった訳だが、忠告したにも関わらずそれを黙殺していた宮廷内の者達は戦々恐々と狼狽うろたえるばかりであった。

 そしてすぐさま太子たいし姫尚きしょうを総大将とした防衛軍が結成され、出師すいしの式典が宮廷内でり行われた。


 楽毅がくきも、将軍就任の正式な辞令を受ける為にこれに出席していた。


楽毅がくき、前に出よ!」


 おごそかな雰囲気の中、軍装に身を包んだ美麗の青年・姫尚きしょう厳然げんぜんたる声が雷鳴のごと殷々いんいんと響き渡る。


「はっ!」


 拱手こうしゅと共に呼びかけに応え、楽毅がくきは姫尚の元へと勇ましく突き進む。彼女も、茜色が盛りこまれた鮮やかな甲冑に赤いマントといった完全武装で臨んでいた。


「そなたを将軍に任命すると共に一万の兵を授ける。これをもって南方の敵を駆逐せよ!」


 姫尚きしょうはそう言って一振りの剣を差し出した。

 楽毅がくきは片膝をつき、頭を下げたままそれを受け取り、


「身に余る光栄にございます。必ずや、ご期待に添えてみせましょう!」


 姫尚きしょうに負けぬ堂々とした声でそう応えた。


 楽毅がくきは立ち上がりきびすを返すまでの寸時あいだ、姫尚の背後で玉座に座したままふんぞり返り、つまらなそうな顔で事を眺める中山王ちゅうざんおう姫錯きさくと、そのすぐ傍にはべる老宰相さいしょう司馬熹しばきの姿を瞥見べっけんする。


 ──わたしは愚昧ぐまいな王と佞臣ねいしんの為に戦うのではない。太子たいしとこの国の為に──護るべきものの為に戦うのだ。


 元いた場所に戻るまでの間、楽毅がくきは心の中でそう豪語した。


 異民族に感化された蛮族どもを討て、と最後に中山王ちゅうざんおうは立ち上がって檄を飛ばす。


 おお、と喚声かんせいとどろく中、楽毅がくきはひとり冷めた瞳で、


 ──蛮族と見下したその相手に足元をすくわれているのは、どこの誰か。


 いまだに敵を見下し、その認識を変えようとしない蠢愚しゅんぐな王に蔑視べっしを向けるのだった。


 その後に配置が伝えられ、南方は楽毅がくき率いる一万の兵、西方は楽峻がくしゅん率いる一万の兵、北方は姫尚きしょう率いる一万の兵がそれぞれあたる事となった。

 ちょう軍の全容はまだ定かではないが、おそらく十万はあるのではと予想されている。つまり、三倍以上の兵力を誇る相手と対峙しなければならないのだ。



「いよいよですね、お姉さま」


 外に戻ると、楽乗がくじょうすい楽間がくかんが彼女を出迎えた。みな軍装である。


「ええ。みなさんはわたしの佐将として働いていただきます」


 楽毅がくきの言葉に、三人は大きくうなずいた。しかし、まだ十二歳という若さの楽間がくかんは緊張に顔をこわばらせていた。


すい。申し訳ありませんが、常に楽間がくかんの傍にいて護ってあげてください」


 楽毅がくきがそう告げると、すいは、はい、と力強く答えた。


「待ってください、姉上。ボクはひとりでも闘えます。だからボクに姉上を護らせてください!」


 心配をかけさせまいと、楽間がくかんは精一杯気を張って訴える。

 しかし、楽毅がくきは黙したままかぶりを振った。

 なぜですか、と詰め寄る楽間がくかんの頬に手を添えて楽毅がくきは、


「わたしは指揮官です。指揮官は常に部隊後方の安全な場所に控え、アナタ達を危険な前線に送りこみます。ですので、わたしに危険が及ぶ事態に至った時にはアナタ達はすでに死んでいる事になるのです」


 真剣な面持ちで語った。

 最悪の事態を想像した楽間がくかんの顔が青ざめてゆく。

 楽毅がくきはすぐにほほ笑むと、


「だから、アナタ達を──前線の人達を出来るだけ死なせない事がわたしの努め。楽間がくかん、わたしを信じて……」


 さとす様に言った。

 楽間がくかんはコクリとうなずいた。その顔にはもう迷いは無かった。


「ありがとう」


 楽毅がくきは愛すべき弟をそっと抱き締め、


 ──決して死なせはしないわ。


 覚悟を新たにするのだった。

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