七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
チーム奇人・変人

第4話 自分を信じて

公開日時: 2020年12月14日(月) 18:51
文字数:957

 そして、帰国の日がやってきた──


 講義の開始前に楽毅がくき孫翁そんおうの隣りに立ち、最後の挨拶に臨む。

 その足元には、背嚢バッグとわずかな手荷物があった。


 楽毅がくきは一度教室を見回す。


 見慣れた光景──

 なじみの学友達──


 しかし、そこに趙奢ちょうしゃ田単でんたんの姿は無かった。今朝、楽毅がくきが目を覚ました時にはすでに二人は部屋にはいなかった。

 結局最後まできちんと話が出来ず、ぎこちない関係のまま別れの時を迎えてしまったことは、彼女の唯一の心残りであった。


「……わたしは、ここへ来た当初はとても不真面目な態度を執り、先生やみなさんに大変不快な思いをさせてしまいました。ここで改めてお詫び申し上げます」


 楽毅がくきが静かに語り、そして深々と頭を下げる。

 室内はすでに誰かの嗚咽おえつが漏れ始めていた。


「わたしはこの臨淄りんしで多くの人と出会い、多くの事を学ばせていただきました。そして……楽しい思い出もたくさん作る事が出来ました」


 はかなげに微笑む楽毅がくき

 学友達のすすり泣く声があちこちで上がる中、彼女は気丈に語り続けた。


「わたしは……これから強大な敵と戦わなければなりません。正直、勝てる見こみは薄いです。本当は……震えが止まりません」


 しかし、ここにきてあれだけ穏やかだった楽毅がくきの表情は崩れ、碧い瞳が潤みだす。


「もっと、ここにいたかった……。みなさんと一緒に……」


 ついに楽毅がくきの目から熱いものがこみ上げ、せきが崩壊したようにとめどなく流れ落ちた。

 それが呼び水となり、学友達は一斉に号泣しだす。


「ですが、わたしは戦います。ここで学んだ事をかす為に」


 何度も声を上ずらせながら、それでも楽毅がくきは気力をふり絞って話し続けた。


「最後に……異相のわたしを──敵国の人間であるわたしを温かく受け入れてくださった事、深く感謝致します」


 そう締めくくり、楽毅がくきは深々と礼をした。

 みな一斉に彼女の元へ駆け寄り、別れを惜しんで抱擁を交わす。

 孫翁そんおうは、静かに目頭を押さえて上を見上げていた。


楽毅がくき、これを受け取って」


 学友達が楽毅がくきに竹の札を差し出す。


「これは?」

「私達からの応援の伝言メッセージよ」


 次々に手渡される竹札を見ると、


武霊王ぶれいおうに負けるな!』

『自分を信じて!』


 など、心々の激励の言葉がその者の名前と共に記されていた。


「ありがとうございます。みなさんと過ごした日々は、わたしにとって最高の宝物です……」


 竹札を抱きしめ、楽毅がくきは再び涙した。

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