七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第3話 遅すぎる反抗期でしょうか?

公開日時: 2021年1月18日(月) 17:26
文字数:1,652

「まあ、楽間がくかんはお前がいなくて寂しそうにしていたからな。もうひとり姉が出来て喜ぶだろうよ」


 楽峻がくしゅんのその言葉に、大事な何かを思い出したようにハッと開口した楽毅がくきは、


「そういえば、楽間がくかんの姿が見えないのですが……何かあったのですか?」


 心配そうに楽間がくかんの──実の弟の安否を問う。


「あやつなら……ほれ、あそこに立っている」


 楽峻がくしゅんは苦笑交じりに言うと、邸宅の方を顎をしゃくって示す。

 そちらに目を向けると、戸口の前でじっとたたずんでいるひとりの少年の姿があった。


「何だ、そんなところにいたの。ほら、楽間がくかん。こちらにいらっしゃい!」


 弟の姿を確認した楽毅がくきは、大きく手を振って呼びかける。

 楽間がくかんはピクリと体を揺らすが、それでもそちらに向かう素振りは無かった。


「一体どうしたのかしら? いつもならすぐにわたしの胸に飛びこんで来るのに……」


 楽毅がくきは不安げに首をかしげる。


「お前もそうだが、あの子もこの一年半の間で変わったということだ」


 楽峻がくしゅんはそう述べてから、


楽間がくかん、姉の帰還だ。こちらに来なさい」


 少年を手招いた。

 少年は──楽間がくかんは父の言葉を受け、おずおずといった足取りで楽毅がくき達の元へやって来る。


 髪の色は父と同じ黒だが、楽毅がくきと同じあおい瞳の端正な顔立ちをした少年は姉の前に立つと、


「お久しぶりでございます、姉上。無事のご帰還、お喜び申し上げます」


 うやうやしい口調で拝礼を向けた。

 それを見た楽毅がくきはポカンと開口し、やがてワナワナと体を震わせると、


「どうしましょう、楽乗がくじょうさん。楽間がくかんがわたしに甘えてくれません!」


 楽乗がくじょうの胸に飛びこみ、うるんだ瞳で困惑を訴えた。


「遅すぎる反抗期でしょうか? わたし、どう接したら良いのでしょう⁈」

「お姉様……。『男子三日会わざれば刮目かつもくして見よ』という言葉があるように、男の子の成長は早いものなのです」


 情けないくらいに狼狽ろうばいする楽毅がくきの頭を優しく撫でながら、楽乗がくじょうは淡々とした口調でなぐさめる。


「でも……でもォ……」

楽間がくかんどのはお姉様のいらっしゃらない間、泣き事ひとつ言わずに刻苦勉励こっくべんれいして参りました。どうか、弟どののすこやかなるご成長をお喜びくださいませ」


 その言葉に、楽毅がくきはハッと我に返る。


 楽毅がくきのいない間は、この楽乗がくじょうがその代わりとして楽間がくかんに接してきた。その彼女が言うのだから間違いないのだろう。


「そう……ですわね、楽乗がくじょうさん。次期当主としての自覚がこのコに芽生えたのなら、これ程喜ばしい事はありません」


 楽毅がくきはうなずき、現実を受け入れる決意をした。

 楽乗がくじょうもそれに応えてうなずくと今度は楽間がくかんの側に回り、


楽間がくかんどの。楽毅がくきお姉さまはアナタとの再会を何よりも心待ちにしておりました。今日一日だけで良いので、どうか以前のように思いきり甘えてみてください」


 耳元でそうささやいた。


「で、でも、みなさんの目が……」

楽間がくかんどのも、お姉様のご帰宅を一日千秋いちじつせんしゅうの思いで待ちわびていたはずです。そんなご姉弟の再会を笑う者など、ここにはおりません」


 楽乗がくじょうが優しくさとす。

 楽間がくかん逡巡しゅんじゅんの末、コクリとうなずき、


「お帰りなさい、姉上!」


 そう言って楽毅がくきの胸に飛びこんで行った。


「あぁ、楽間がくかん……。一年以上もの間書簡も出せずにゴメンね」


 愛する弟を、以前と同じように優しく抱擁する。


せいとは国交が無いのですから、仕方の無い事です」


 弟も、愛する姉のぬくもりに身を沈める。

 二人はお互いの絆を確かめ合う様に、しばらくそのままでいた。


「……大きくなったわね。もう少しでわたしの身長を超えそう」


 出立前はまだ十歳だった楽間がくかんも今では成長期に入り、ひと回りも大きくなっていた。


「姉上も、一段と美しくなられました。弟としてとても誇らしく思います」


 楽間がくかんから送られたその言葉は、楽毅がくきにとって最高の賛辞であった。


 二人の母は、楽間がくかんを生んで間もなく亡くなった──そう、楽峻がくしゅんから聞かされてきた。だから楽間がくかんは母に関する記憶もそのぬくもりも得ることが出来なかった。

 楽毅がくきはそんな弟を何かと気にかけ、精一杯の母性をもっていつくしんできた。

 だから、楽間がくかんにとって楽毅がくきは姉であり母でもあるのだ。


 天涯孤独の身であるすいは、そんな姉弟の光景を見てうらやましく思うのだった。

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