七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
チーム奇人・変人

第9話 辛い現実

公開日時: 2020年12月8日(火) 19:02
文字数:1,703

 齋和さいかが手配した宿の一室はかなりの奥行きがあり、七人が一堂に会するには充分な広さであった。

 部屋の奥にれいが腰かけ、楽毅がくき趙奢ちょうしゃ田単でんたんの三人が彼女と向かい合う形でそれぞれ腰かける。

 齋和さいかふうかんは少し離れた出入り口付近からそれを見守る。


「……では始める」


 一言そう告げて、れいは向かって左から田単でんたん趙奢ちょうしゃ楽毅がくきの順にそれぞれの瞳をじっと見据える。


 まるで心まで射抜かれるような錯覚におちいる程の鋭い眼光に、三人の緊張感は否応無しに高まっていった。


「……大体分かった」


 ふぅ、と小さく息を吐いてかられいはそう言った。

 たった数秒の間相手の瞳を見つめただけであったが、る側も相当の精神力を必要とするようだ。


「……まずはアナタ」


 と、れいは最初に田単でんたんに向けて言った。


「……天下の大宰相だいさいしょう。積み上げし功績は士会しかい百里渓ひゃくりけいにも勝る」

「私が……宰相さいしょう⁉」


 狼狽ろうばい気味に立ち上がる田単でんたん

 その表情には喜びよりも戸惑いの方がありありと表れていた。


 それもそのはずである。

 士会しかい百里渓ひゃくりけいも今より五百年以上昔に現れた伝説的賢臣であり、彼らの築いた功績を上回る宰相さいしょうなどこれまで見たことも聞いたこともない。

 あまりにも話が大き過ぎて、むしろ荒唐無稽こうとうむけいにさえ感じられる程であった。


「私には不相応です……」


 絞り出すようにそうつぶやくと、田単でんたんは崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。


「……次にアナタ」


 そんな田単でんたんをよそに、れいは次に趙奢ちょうしゃに向けて告げた。


稀代きだいの発明家にして兵法家。一族はやがて馬を冠にいただく」

「ィやった~~ッ! 稀代きだいの発明家キタ――――ッ‼」


 田単でんたんとは対象的に飛び上がって全身で喜びを表現する趙奢ちょうしゃ

 彼女はとにかく発明家になれれば満足なのだ。


「あ、でも後半部分がよく分からなかったんっスけど……。馬とか冠とか、何っスか? 仮装コスプレでもするんスかね?」

「……それはワタシにもよく分からない。その時になってのお楽しみ」

「うっわ~ッ、生殺し状態っスか~ァ」


 天を仰ぎながら、趙奢ちょうしゃは再び着席した。


「……さて、最後にアナタなのだけれど」


 れいは最後に楽毅がくきの方へ向き直る。

 これまで良好な結果が続いただけに、周囲の期待も自然と高まる。


 緊張のあまり生唾を飲みこむ楽毅がくき


「……残念ながら、ワタシには何もえなかった」


 しかし結果は意外なもので、肩すかしを食らったような嘆息たんそくが一斉に漏れ出す。


「先程言った、まれに存在する不可視の体質──ワタシはこれを【虚空こくう】と呼ぶのだけれど、どうやらアナタはその稀有けうな体質の持ち主らしい」


「【虚空こくう】……?」


 当然そんな事を告げられたところで本人にその自覚がある訳でも無く、楽毅がくきはただ拍子抜けした様につぶやくしかなかった。


「ただ、先程た二人の運命の中に大きく関わっている事だけは分かった」


 れいはそう言う。

 つまり、楽毅がくき本人からはその運命をる事は叶わなかったが、他者の運命を通して楽毅がくきの存在を確認する事は出来たのだ。


「そこから推測したところ、どうやらアナタはどこぞかの王になるらしい」

「わたしが……王に⁉」


 生き返ったように首をもたげる楽毅がくき。周囲からもどよめきが起こる。


「……もちろん、これは揣摩しま範疇はんちゅうを出ない。あくまでも可能性の話」


 そうれいから補足があったものの、楽毅がくきは動揺を隠せなかった。

 田単でんたん趙奢ちょうしゃの結果も大層なものだが、楽毅がくきのそれはあまりにも突飛であった。

 これまでこの中華大陸において大小問わず無数の国が存在したが、女性が頭上に王冠をいただいた歴史などこれまで皆無なのだから。


 楽毅がくきは体中がぞくぞくと震え上がるのを感じた。

 それは、田単でんたんと同様に不相応と感じる怖れであり、同時に己の野心の成就を想起イメージしての高揚でもあった。


「……しかし、アナタ達にはそこに至るまでの辛い現実を伝えなければならない」


 重みを含んだれいの言葉に、みな一瞬にして静まる。


「辛い現実?」


 楽毅がくきの言葉にひとつうなずいてから、れいはゆっくりと語り出した。


「先程ワタシがた三人の運命……それは互いの野心を食い潰した先に存在する。そして三つの野心がすべて成就する事は無く、少なくとも誰かひとりは隣りにいる親しき者によってその野心をくじかれるであろう」


 突然真っ白に染まってしまった頭の中で──楽毅がくき達はその言葉をまるでどこか遠くの絵空事のように聞いていた。

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