齋和が手配した宿の一室はかなりの奥行きがあり、七人が一堂に会するには充分な広さであった。
部屋の奥に澪が腰かけ、楽毅と趙奢と田単の三人が彼女と向かい合う形でそれぞれ腰かける。
齋和と馮と驩は少し離れた出入り口付近からそれを見守る。
「……では始める」
一言そう告げて、澪は向かって左から田単、趙奢、楽毅の順にそれぞれの瞳をじっと見据える。
まるで心まで射抜かれるような錯覚に陥る程の鋭い眼光に、三人の緊張感は否応無しに高まっていった。
「……大体分かった」
ふぅ、と小さく息を吐いてから澪はそう言った。
たった数秒の間相手の瞳を見つめただけであったが、視る側も相当の精神力を必要とするようだ。
「……まずはアナタ」
と、澪は最初に田単に向けて言った。
「……天下の大宰相。積み上げし功績は士会、百里渓にも勝る」
「私が……宰相⁉」
狼狽気味に立ち上がる田単。
その表情には喜びよりも戸惑いの方がありありと表れていた。
それもそのはずである。
士会も百里渓も今より五百年以上昔に現れた伝説的賢臣であり、彼らの築いた功績を上回る宰相などこれまで見たことも聞いたこともない。
あまりにも話が大き過ぎて、むしろ荒唐無稽にさえ感じられる程であった。
「私には不相応です……」
絞り出すようにそう呟くと、田単は崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。
「……次にアナタ」
そんな田単をよそに、澪は次に趙奢に向けて告げた。
「稀代の発明家にして兵法家。一族はやがて馬を冠に戴く」
「ィやった~~ッ! 稀代の発明家キタ――――ッ‼」
田単とは対象的に飛び上がって全身で喜びを表現する趙奢。
彼女はとにかく発明家になれれば満足なのだ。
「あ、でも後半部分がよく分からなかったんっスけど……。馬とか冠とか、何っスか? 仮装でもするんスかね?」
「……それはワタシにもよく分からない。その時になってのお楽しみ」
「うっわ~ッ、生殺し状態っスか~ァ」
天を仰ぎながら、趙奢は再び着席した。
「……さて、最後にアナタなのだけれど」
澪は最後に楽毅の方へ向き直る。
これまで良好な結果が続いただけに、周囲の期待も自然と高まる。
緊張のあまり生唾を飲みこむ楽毅。
「……残念ながら、ワタシには何も視えなかった」
しかし結果は意外なもので、肩すかしを食らったような嘆息が一斉に漏れ出す。
「先程言った、稀に存在する不可視の体質──ワタシはこれを【虚空】と呼ぶのだけれど、どうやらアナタはその稀有な体質の持ち主らしい」
「【虚空】……?」
当然そんな事を告げられたところで本人にその自覚がある訳でも無く、楽毅はただ拍子抜けした様に呟くしかなかった。
「ただ、先程視た二人の運命の中に大きく関わっている事だけは分かった」
澪はそう言う。
つまり、楽毅本人からはその運命を視る事は叶わなかったが、他者の運命を通して楽毅の存在を確認する事は出来たのだ。
「そこから推測したところ、どうやらアナタはどこぞかの王になるらしい」
「わたしが……王に⁉」
生き返ったように首をもたげる楽毅。周囲からもどよめきが起こる。
「……もちろん、これは揣摩の範疇を出ない。あくまでも可能性の話」
そう澪から補足があったものの、楽毅は動揺を隠せなかった。
田単と趙奢の結果も大層なものだが、楽毅のそれはあまりにも突飛であった。
これまでこの中華大陸において大小問わず無数の国が存在したが、女性が頭上に王冠を戴いた歴史などこれまで皆無なのだから。
楽毅は体中がぞくぞくと震え上がるのを感じた。
それは、田単と同様に不相応と感じる怖れであり、同時に己の野心の成就を想起しての高揚でもあった。
「……しかし、アナタ達にはそこに至るまでの辛い現実を伝えなければならない」
重みを含んだ澪の言葉に、みな一瞬にして静まる。
「辛い現実?」
楽毅の言葉にひとつうなずいてから、澪はゆっくりと語り出した。
「先程ワタシが視た三人の運命……それは互いの野心を食い潰した先に存在する。そして三つの野心がすべて成就する事は無く、少なくとも誰かひとりは隣りにいる親しき者によってその野心を挫かれるであろう」
突然真っ白に染まってしまった頭の中で──楽毅達はその言葉をまるでどこか遠くの絵空事のように聞いていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!