七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第7章 哀愁は雪の様に

第1話 ご無事で何よりです

公開日時: 2021年2月8日(月) 17:13
文字数:1,226

 三日前から降り始めた雪は、ようやく止み終えたころにはすでに膝下をおおうまでに積もっていた。


 趙与ちょうよ率いるちょう軍の部隊が完全に前線を脱し、遠方に停滞している事を確認した楽毅がくきは、砦に三千の兵を残し、粛々と雪を踏みしめながら国都・霊寿れいじゅへの帰還を果たした。


 およそ三倍もの敵軍を相手に善戦し、これを退けたのだ。凱旋がいせんといっても過言では無いだろう。実際、霊寿れいじゅの民はこの美しき女将をまるで女神を崇めるかのごとく熱狂的に迎えたのだった。


 楽毅がくき達は笑顔で声援に応えながら、王宮の門をくぐった。

 衆目から逃れるとすぐに、ふぅ、と脱力する。まるで偶像アイドルの様な扱いに慣れていない楽毅がくき達は、その対応に苦慮していた。


「これは結構キツイですね」


 やや引きつった笑みを崩して、楽乗がくじょうはため息交じりにそう漏らした。


孟嘗君もうしょうくんはきっとどこへ行ってもこんな風に熱烈な歓迎を受けるのでしょうね。わたしにはとてもマネできません」


 楽毅がくきは同調し、それと同時に、いついかなる時にも超偶像スーパーアイドルであり続ける少女の偉大さを改めて痛感するのだった。


「なかなかの人気振りだな」


 王宮の庭園ではやす様に楽毅がくきにそう言ったのは、彼女の父である楽峻がくしゅんであった。

 その隣りには太子たいし姫尚きしょうもおり、


「さながら戦女神と言ったところだな」


 楽峻がくしゅんに同調する様にそう述べるのだった。


「もう、からかいはおよしになってください」


 顔を赤らめ、はにかんだ楽毅がくきは、二人の方へ歩み寄ると、


「ご無事で何よりです」


 喜色きしょくを浮かべて再会を祝した。

 二人は静かにうなずく。


「すまぬ、楽毅がくき楽峻がくしゅん。そなたらは見事にちょう軍を釘づけにしたにも関わらず、私は踏み留まる事が出来ず、北はかなりの領土を削られてしまった」


 悔恨かいこんをあらわに姫尚きしょうはそう述べ、二人に頭を下げる。


「何をおっしゃるのです。今回の戦の目標はくまでも敵の作戦を阻止する事。霊寿れいじゅまで敵の手が及ばなかったという事は、わたし達はそれを達成したということです」


 楽毅がくきはそっと姫尚きしょうの手を取り、


「それに、太子が対峙したのは武霊王ぶれいおうみずからが率いた精鋭部隊だったと聞いております。それを相手にここまで持ちこたえてくださったのですから、妙々みょうみょうたる結果でございます」


 賞揚しょうようを惜まなかった。


 実際、中山国ちゅうざんこくの北部の半分近くがちょう軍の手に落ちたものの、相手のきょき一気に霊寿れいじゅを落とす腹づもりであったはずの武霊王ぶれいおうは、備えられていた護りの厚さに驚き首をかしげた事だろう。


 それに楽毅がくきは、姫尚きしょうが生きてさえいれば負けではないと思っている。王とは国そのものであり、たとえ領土を失おうとも、王の血胤が生き続ける限り国はそこにあり続けるのだ、と。


「そう言ってもらえると気が楽になる」


 姫尚きしょう愁眉しゅうびを開いて微笑した。


「春になれば武霊王ぶれいおうは再び全力をもって攻めてくるでしょう。わたし達はその時に向けて対策を練らなければなりません」


 あくまでも楽毅がくきの思考は未来へと向けられていた。


「とりあえず今は王に報告を済ませ、仔細しさいは後程話し合いましょう」


  楽毅がくき楽峻がくしゅん、そして姫尚きしょうはそれぞれ配下を待機させて王宮内へと入っていった。

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