七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第4話 ご立派になられて

公開日時: 2021年1月19日(火) 17:30
文字数:2,304

 その夜──


 がく邸の浴室に、楽毅がくき楽乗がくじょう楽間がくかんすいの四人の姿があった。


「はあ~ぁ……やっぱり広いお風呂って開放的でいいわね。ウチは大した名家じゃないけど、このお風呂だけは自慢出来ます」


 楽毅がくきは浴槽の中で体を目一杯に伸ばし、至福にひたっていた。

 実際この大浴場は四人が一斉に湯船に入ってもお互いの体が触れる事は無く、楽毅がくきのようにふちを枕にして寝そべっても迷惑にならなかった。


「それには同感いたします……。が、しかしお姉様、そのお姿は少々はしたないと思います」


 浴槽の中でも正座の姿勢を崩さない楽乗がくじょうが苦言をていする。


「え~、そうですか? せっかくの広いお風呂なんですもの、これくらい良いではありませんか」


 それより、と言って楽毅がくきは上半身を起こし、楽乗がくじょうの体をじっと凝視すると、


「いつも思うんですけど、楽乗がくじょうさんて背が高いし体型スタイルもバツグンで羨ましいです」


 うっとりと上気した表情で感想を述べる。


「ンなっ⁉︎ と、突然何を仰るのですか、お姉様ッ!」


 瞬時に顔を赤く染めた楽乗がくじょうは胸を手で覆い隠し、はじらいの仕草ポーズを見せる。


「だって、カッコいいじゃないですか。きっちりと引き締まっているのに胸も大きいし。本当に憧れてしまいます」


 実際、楽乗がくじょうの胸の量感ボリューム楽毅がくきにも引けを取らなかった。


「わ、私の場合は無骨なだけで、この胸だってその……筋肉です。あまり柔かくありません」


 賛辞に慣れていない楽乗がくじょうはあたふたと取り乱した。


「私から言わせていただければ、お姉様こそ均整の取れた最高の体型です。小柄で愛らしい上に豊満なのですから」

「ん~、そうでしょうか? わたしの場合、肉が付き過ぎてだらしないような気もするのですが……」


 楽毅がくきは自身の腰回りや太ももをまさぐり、むむっ、と顔をしかめた。

 程良い湯のぬくもりに酔いしれながら二人の会話を聞いていたすいは、ぜいたくな悩みだ、と思いながらそっと自分の小ぶりの胸を見下ろすのだった。


「その点、すいは細身で腰もくびれていてうらやましいわ」

「それは同感です。あの華奢きゃしゃな感じは私にはどう足掻あがいても出せないものですから」


 二人の関心と視線が、今度はすいへと向けられる。


「……無いものねだりはお互い様ですよ、お姉さん方?」


 すいがポツリと漏らしたその言葉に、楽毅がくき達はハッと気づいたように興奮を収めるのだった。


「そうよねェ……。あれこれ言ったところで結局無いものねだりなのよね」


 楽毅がくきは、以前にも齋和さいかから同じ様な事を言われたのを思い出した。その時もやはり体型の話題であった。


「ねえ、楽間がくかん。アナタはこの中で誰の体型が一番好み……って、あら?」


 少し離れた壁際で背中を向けている楽間がくかんを見て、楽毅がくきは首をかしげた。


「ねえ、楽間がくかん。そんなところで壁なんか見てないでこっちにいらっしゃい」

「ぼ、ボクはここで結構です!」


 楽毅がくきの呼びかけにも背を向けたまま振り向かない。元々彼は姉達と一緒の入浴を拒んでいたが、楽毅がくきにムリヤリ引っぱって来られたのだ。


「もう、恥ずかしがっちゃって。前はわたしと毎日お風呂に入っていたのに……」

「お姉様がいらっしゃらない間は私がご一緒しておりました。ですが、すぐにお一人で入られるようになったのです」

「これも成長かしら?」

「これも成長です」


 二人の会話を背中越しに聞いていた楽間がくかんは、ついに耐えきれなくなって勢い良く立ち上がり、


「そうです! ボクはもう大人になったんですッ‼︎」


 ようやく姉達の方を向いて力いっぱい主張する。


「た……確かに大人だわ」

「ご、ご立派になられて……」


 楽毅がくき楽乗がくじょうの目が自然にとある一部分に向き、思わず顔を赤らめ感嘆を漏らす。


「こ、これは違うんですッ!」


 その視線の先に気づいた楽間がくかんは慌てて体をすぼめ、湯船に身を沈めて再び背中を向ける。

 楽毅がくき楽乗がくじょうは顔を見合わせて苦笑した。

 そして楽毅がくきは彼の背後に歩み寄ると、その肩にスルリと手を回し、


「ねぇ、楽間がくかん。みんなで背中を流し合いましょう?」


 耳元でそうささやいた。


「ぼ、ボクはいいです。もう上がりますから!」


 慌てて立ち上ろうとする楽間がくかん楽毅がくきはそれを上から押さえこむ様な形で、


楽乗がくじょうさんもおっしゃってくださったけど、今日だけはあのころの様に甘えて欲しいの……」


 憂いを帯びた声色で語りかける。


「姉上……」


 始めは抜け出そうとジタバタ抵抗していた楽間がくかんだったが、それを聞いて思い留まった。


 楽間がくかんとて、以前と変わらず姉を敬愛している。

 彼女が臨淄りんしへ留学した時は笑顔でそれを見送ったが、本当はその後部屋で一人泣いていたのだ。数日の間は寂しさから食事もほとんど喉を通らなかった。しかしいつの日か、姉に甘えてばかりではいけない、という自覚が芽生えると父から勉学を学び、楽乗がくじょうから武術を教わるようになった。


 楽毅がくき臨淄りんし齋和さいかと出逢って生まれ変わったのと同様に、楽間がくかんも絶対的存在である姉と離れた事で変化を求めたのだ。だから本当は、独り立ちした自分の姿を見せて姉を安心させたいと思っていた。


 しかし、背中に当たる柔らかな感触が、しなやかな腕の温もりが、すぐ側から漏れ出す熱い吐息が、以前の甘えん坊な少年を呼び覚ますのだった。


「……分かりました」


 遂には楽間がくかん折れた。


 こうして四人は楽毅がくきの意向でお互いの背中を流し合った。

 洗い場で背の低い順に──楽間がくかんすい楽毅がくき楽乗がくじょうの順に縦に並んで座り、前の人の背中を布で洗う。それが終わると向きを変え、また前の人の背中を洗う。


「……あの、すいさん。ボク、新しいお姉さんが増えたようでうれしいです」


 すいの小さな背中を流しながら、楽間がくかんがはにかみながら言う。


「私も……かわいい弟が出来たみたいでうれしいわ」


 すいは振り返り、笑顔で応えた。


 ──うまくやっていけそうね。


 そんな二人の会話を聞いて、楽毅がくきは家族が増えた喜びを改めて感じるのだった。

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