七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
チーム奇人・変人

第6話 答えはそれしかありません

公開日時: 2021年1月21日(木) 17:13
文字数:1,794

 それから一時間程度間を置いて、がく邸の広間に楽峻がくしゅん楽毅がくき楽乗がくじょう楽間がくかん、それにすいも加えた五名が一堂に会した。


楽毅がくきよ。ちょう軍の攻撃が近い内に再開されるとの事だが、その根拠を申してみよ」


 おごそかな口調で、上座に座る楽峻がくしゅんが問う。


「はい。まず、ちょう軍が東垣とうえんを囲んだまま動かないのは攻めあぐんでいるワケではなく、とある用事が片付くのを待っているからです」


 楽毅がくきは父の顔をまっすぐ見据えたまま淡々と答えた。


「用事? それは何だ?」

「それは……えんに遊学しているしん公子こうし贏稷えいしょく庇護ひごし、彼を無事にしんへと送り届け、次期秦王しんおうに据える事です」


 その言葉に、一堂から一驚の声が上がる。


「……なぜそんな事が分かる?」

「わたし達は帰国途中にちょう軍の陣営内で一泊し、そこで偶然にも贏稷えいしょくおぼしき少年と遭遇しました。えんにいるはずのしん公子こうしがそこにいた理由を推測すれば、答えはそれしかありません」


 楽峻がくしゅんは腕を組み、眉間にしわを寄せながら考えこんだ。


「……それはつまり、ちょう軍は東垣とうえんを囲んで我々の注意をそこに引きつけている間にえんからその公子こうしを引き取り、移送している。そういう事か?」


 父の見解に、楽毅がくきはコクリとうなずく。


「ですがお姉様。もしそうだとしたら、ちょう軍の中山国ちゅうざんこく遠征は実は公子の移送を遂行する為の陽動であるという事ですよね? ならば、それが完遂されれば陣を引いて帰国する、という可能性は無いでしょうか?」


 挙手と共に楽乗がくじょうが問う。


「そうであったら良かったのですが……」


 楽毅がくきはひとつ息を入れ、


武霊王ぶれいおうの恐ろしいところは、中山国ちゅうざんこく遠征と秦国公子しんこくこうし庇護ひごという全く異なる事項をひとつに捉え、それらを一連の流れで同時に遂行する事にあります」


 冷静な口調でそう述べた。


「つまり、ちょう軍の大半はすでに中山国ちゅうざんこくを囲むように西と北にも移動している。これらの軍はもともとえんから公子こうしを迎え入れる為のものだけれど、その用事が済めば今度はそのまま中山国ちゅうざんこくに一斉に攻め入る刃となる。そういう事ですね?」


 なおも首をかしげる楽乗がくじょうに代わって、すいが淡々と答える。


「その通りです」


 すいの思考の早さに感服しながら、楽毅がくきは大きくうなずく。


頃合ころあいを計って三方から同時に攻めこもうという腹づもりだったのか……」


 楽峻がくしゅんは途端に青ざめた。


 もちろんこれはあくまでも楽毅がくき揣摩臆測しまおくそくであって、確証がある訳ではない。しかし、もしもそれが本当に実行されれば、南方の東垣とうえんばかりに気を取られている中山ちゅうざん軍は未曾有みぞうの危機におちいる事だろう。


 果たして、楽毅がくき以外にその可能性に考えが至った者がこの国にいるだろうか?

 恐らく誰もいない、と、いまだに迷妄におぼれて現実を見ようとしない王と、それにへつらうだけの佞臣ねいしん蔓延はびこる宮廷の現状をかんがみて、楽峻がくしゅんは改めて国の腐敗を痛感するのだった。


「あの……ひとつたずねたいのですが?」


 先程から彼女達の会話をポカンとした表情で聞いていただけだった楽間がくかんが、おずおずとした口調で挙手と共に発言した。


「なぁに、楽間がくかん?」

「はい。武霊王ぶれいおうはなぜ同盟国でも無いしん公子こうしをわざわざ庇護ひごするのでしょう?」


 その楽間がくかんの問いは、この戦国時代という特性を象徴するものであった。


 この時代、各国の公子こうしまたは太子たいしは他国に──主に同盟国に──遊学するのが大抵の習わしだった。

 王族を遊学させることは同盟の絆を確かめる為の手段であり、同盟関係が蜜月である内は公子こうしは厚遇され、関係が悪化すれば逆に冷遇される恐れがあった。やがて公子こうしが帰国して王、またはそれに準ずる有力者にでもなれば、彼らを受け入れた国はその処遇によってより親密な関係を築いたり、逆に反感を買って攻めこまれる可能性がある。


 戦国という非情の時代にあって信頼を測る為の道具とされた公子こうし達は、その実はていの良い人質に他ならないのだ。


「そうね。確かに不思議に思うかも知れないけど、言い換えれば、そこまでしてでもしんとの関係を築きたい、という強い意思の表れじゃないかしら?」

「なるほど。これまであまり交渉を持たなかったしんに自分の意向をもたらす手段として、贏稷えいしょくという公子こうしに目をつけたワケですね?」

「そういうことね」


 楽毅がくきはそう答える一方で、楽間がくかんの理解の早さに感服した。


「なるほど。武霊王ぶれいおうえんとの交誼こうぎを持った時と同じ手段を、今度はしんに対しても行おうとしているのか……」


 楽峻がくしゅんが顎ヒゲを擦りながらつぶやいた。


 実際に武霊王ぶれいおうは、同様の手段を以前にも用いている。

 それは、楽毅がくきが生まれるよりも昔にえん国内で起こった内乱に端を発していた。

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