七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第11章 紅色の髪の乙女

第1話 おかしいと思うか?

公開日時: 2021年7月12日(月) 17:26
文字数:917

 少しずつ秋が深まりゆき、邯鄲かんたんの街も季節の香と共に涼しさが増してゆく。

 ここしばらく趙国ちょうこくでは戦らしい戦もなく、人々は久しぶりに訪れた平穏な時を謳歌していた。

 しかし、それでも誰もが気づいていた。

 それが仮初かりそめの安息であることを。

 獰猛な獣のごとく野心家である武霊王ぶれいおうのことだ。きっと今ごろは丹念に爪を研いで、次なる獲物を狩るための算段をくわだてているのだろう、と。


 だからそこに暮らす民たちは束の間の安らぎを楽しみながらも、心の中ではどこか冷めた感情をいだき続けているのだ。


 邯鄲かんたんの大通りから大きく離れた区画にある、一軒の小さな家。かつて楽毅がくきたちが住んでいたその場所を今も変わらず手入れしている老人・李翁りおうも、武霊王ぶれいおうに対して冷めた感情をいだいているひとりである。


「清掃終了致しました」


 精悍せいかんな顔立ちと大人顔負けの立派な体躯たいくを誇る少年がその家の中から現れ、軒先に立つ李翁りおうに告げる。


「ご苦労だった、李同りどう


 李翁りおうは孫である李同りどうに労いの言葉を向けると、再びその家を見上げながらしみじみとつぶやいた。


楽毅がくき様たちがここを発たれてからまだ一週間だというのに、まるで遠い昔のことのように感じてしまうのう……」

「……そうですね。短い期間でしたが、あの方々と過ごした日々がそれだけ充実していたということでしょう」


 精悍せいかんな少年・李同りどうも祖父にならって思い出の家を見上げ、当時のことを思い返す。


「もう、楽毅がくき様がここに住むことは無いだろう。しかしな、いつの日か再びここを訪れてくれる。そんな気がしてならないのだ。おかしいと思うか?」


 老人のひとりごとのようなその問いに、李同りどうは小さくかぶりを振って答えた。


「またここを訪れてくれる。そう信じているから私もこうして毎日清掃し、いつでもお迎え出来るよう整えているのです」

「そうか……」


 老人は満足そうに微笑むと、さらに上へと目を向ける。


 そらはどんよりとした灰色におおわれ、天候が荒れるのか回復するのか判じ得ない。

 まるで今のちょうの情勢を顕現けんげんしているようだ、と李翁りおうは思った。


楽毅がくき様たちがこちらにいらした時から数えればたったひと月ではあるが、ちょうはいろいろと変わりつつある……」


 ポツリとつぶやく老人。

 その横で少年は小さくうなずき、同じように曇天どんてんを見上げるのだった。

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