七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第13話 魏へ参ろうと思います

公開日時: 2021年4月12日(月) 11:32
更新日時: 2021年7月12日(月) 11:37
文字数:1,521

「ですが楽毅がくき姉さん。ちょうもダメとなると、他に有力な国はありません」


 相変わらず冷静な口調のすい


「ええ、そうなんです。そうなってしまいますね」


 楽毅がくきは力なくつぶやいた。


かんは強国に内包されるような構図にあり、強国間の争いに否応無しに巻き込まれているのが現状です。うまく立ち回れたとしても、天下に覇を唱えることはまず無いでしょう」


 この言葉どおり、かんは全方位を強国に囲まれているという、立地的に大きな不利を抱えていた。かつて申不害しんふがいという賢人宰相さいしょうがいたが、それ以降はこれといった人材も出ていない。これでは仮に楽毅がくき韓王かんおうからの絶大なる信任を得たとしても、しんなどの大国と対等に渡り合うのは至極困難であろう。


「となれば、あとはえんしか残っておりませんね」


 しばしの沈黙の後、楽間がくかんが絞り出すようにつぶやく。


えん……」


 楽毅がくきはその国名を聞き、押し黙るように口元にしなやかな指をあてがう。


燕王えんおう郭彌かくびという賢人の献策を用いて、ひろく人材を求めております。楽毅がくき姉さんであれば喜んで迎え入れられ、重用されるに違いありません。私個人としては、お姉さんにはえんにゆくことをお勧めいたします」


 真剣な眼差しを向け、すいが語る。口調も内容も柔らかいものであったが、裏腹にその瞳は是非にと言わんばかりの迫力が垣間かいま見えた。


 楽毅がくきは考え込む。

 燕王えんおうは謙虚にして家臣の意見をよく聞き、国や身分に囚われない人材登用を積極的に行っているという噂はすでに聞き及んでおり、彼女自身少なからず興味を抱いていた。しかし、えんに仕えるにはどうしてもためらいを禁じ得ない理由があった。


 それは、今より数十年以上も前のことである。

 故国である中山国ちゅうざんこくの兵は、かつてせいの軍勢と共にえん国を蹂躙じゅうりんした過去があり、燕人えんびとにとって楽毅がくきたちのような中山人ちゅうざんびと斉人せいびとと同様に忌むべき存在なのだ。

 その中山国ちゅうざんこくちょう武霊王ぶれいおうによって滅亡したが、燕人えんびと中山人ちゅうざんびとに対する怨恨までもがそのまま消失する訳では無いのだ。


「たしかにえんはとても魅力的な国だと思います。しかし、仮にえんで重用されたとしても、せいしんに対抗出来るほどの強国に育て上げる自信がわたしにはございません」


 一息間を入れ、楽毅がくきは全員を見回しながら告げた。


「ですので、わたしは……へ参ろうと思います」


 消去法から導き出されたその答えに、楽乗がくじょうたちからは歓迎とも失望とも取れぬ微妙な吐息が漏れ出した。


 中原ちゅうげんに位置し、かつては中華大陸一の軍事力を誇っていた。しかし、せいとの戦いに敗れてからはかつての栄光はもはや見る影もなく、今では宰相さいしょう公孫衍こうそんえんが孤軍奮闘しているが、せいしんといった大国の狭間でじっと息をひそめている、という現状であった。


「たしかにの現状はかんえんと同様に厳しく、せいしんに対抗するのは困難に違いありません。しかし、には実績があります。かつて天下に一番近い国と称されただけの実績が。それに、はわたしたちの先祖である楽羊がくようが仕えていた国です。これも何かの縁かもしれません」


 自らに言い聞かせるように、楽毅がくきは静かに語る。

 しばらく沈黙していた楽乗がくじょうたちであったが、やがて決心したように小さくうなずくと、楽乗がくじょうがおもむろに口を開いた。


は以前に外交交渉に赴き、要人と面会したことがあります。楽毅がくきお姉様を粗雑ぞんざいには扱わないでしょうし、他の小国よりは希望が持てるかもしれません。私はお姉様に従います」


 この言葉に、楽間がくかんもうなずき賛成の意を示した。


「ありがとうございます。ただし、これまでお世話になった方々へのご挨拶と恩返しがありますので、明日から出立の準備には取りかかりますが、実際に邯鄲ここを発つのはそれをすべて終えてからとしましょう」


 方針が一応まとまり、みんなの顔に安堵が広がる。

 ただひとり、えん行きを勧めたすいを除いては。

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