七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第3話 もう仕舞いか?

公開日時: 2021年3月17日(水) 10:43
文字数:1,555

 やがて一際大きな幕舎ばくしゃが視界に入ると、そこから虎の毛皮をまとったひとりの男が現れる。


 ──あれは……!


 見覚えがあるその男は、紛れも無く武霊王ぶれいおうであった。

 標的を発見した楽毅がくきたちは一気にそちらへと雪崩こんでゆき、兵士たちはそれを援護するために周囲を固める。


武霊王ぶれいおう、その首、頂戴つかまつるッ!」


 げきを振り上げ、真っ先に楽乗がくじょう武霊王ぶれいおうに斬りかかる。

 しかし、それは駆けつけたひとりのちょう兵のハンマーによってさえぎられ、逆に押し返されてしまう。楽乗がくじょうは驚きそちらに目をやると、そこには見覚えのある小柄な少女が立ち塞がっていた。


「お前は……廉頗れんぱ!」

「覚えていてくださり、光栄ですぅ。楽乗がくじょうさん」


 廉頗れんぱは嬉々とした笑みを浮かべ、岩でできた大きなハンマーを軽々と振り回し、楽乗がくじょうを足止めする。


「主上には指一本触れさせません‼」

「生意気な‼」


 目にも止まらぬ速さで、楽乗がくじょう廉頗れんぱが打ち合う。その間に、主君の危機を察知したちょう兵が次々とそこに集結し始める。


楽毅がくき姉さん、今の内に!」

「必ず武霊王ぶれいおうを討ってください、姉上!」


 すい楽間がくかんが押し寄せてくる敵兵を食い止め、道を開く。


「みなさん……」


 心配になって思わず足を止めてしまうが、この機を逃したら全てが水泡に帰してしまうと思い留まり、きびすを返して武霊王ぶれいおうと対峙する。


「まさか、霧に乗じて俺の命を狙ってくるとはな……」


 武霊王ぶれいおうが腰に帯びたの剣を抜き、その切っ先を彼女に向ける。


「もはや、手段をえらんでいられない状況なので……。申し訳ございませんが、そのお命、頂戴致します!」


 楽毅がくき颯爽さっそうと駆け出し、素早く剣を振るう。武霊王ぶれいおうはそれを真っ向から受け止め、鈍く重い金属音が響き渡る。剣技があまり得意ではない楽毅がくきであったが、精いっぱいの気力を振り搾り、武霊王ぶれいおうと互角の勝負を演じていた。


「たしか楽毅がくきと言ったな。やはり貴様は面白い。俺をここまで楽しませてくれるとはな……」


 武霊王ぶれいおうは剣を降ろすと、胸元からおもむろに紫紺色の宝珠を──紐で繋がれた【八紘はっこうの宝珠】を取り出し、まるで遊びに興じる少年のように無邪気な笑みを浮かべた。


「ならば、俺も全力をもって貴様を迎え討とう!」


 武霊王ぶれいおうはその宝珠をかかげ、


「俺の名は趙雍ちょうよう。血の契約に基づき、俺に力を与えよ。【スサノオ】‼」


 呪文めいた謎の言葉を発した。

 すると、彼の手に握られた宝珠が突然、まばゆいばかりの輝きを放ちだす。やがて、それに呼応したように武霊王ぶれいおうの右手の甲に波を象形したかのような紋章がぽぅと浮かび上がり、紫紺しこんの輝きを放つのだった。

 武霊王ぶれいおうが紋章を宿した右手を前にかざす。するとその周辺の空気がざわめき立つように紫色の渦を巻き、そこかしこに転がっていた剣などの武器や岩を巻きこむようにして宙に舞い上げる。


「喰らえ!」


 武霊王ぶれいおうが右手を突き出すと、渦と共に数多の器物が楽毅がくきに襲いかかる。


「きゃあぁぁぁぁぁッッッ‼」


 飛んできた剣は楽毅の皮膚を切り裂き、岩は腹部を直撃し、彼女を軽々と吹き飛ばした。

 どうっ、と地面に叩きつけられるように落下する楽毅がくき。その体に刻まれた無数の傷口から血が流れ出し、腹部に受けた衝撃は内臓をも破壊していた。


 ──ダメ、体が……動かない。


 必死に起き上がろうと試みるが、全身を駆け巡る激痛にさいなまれてそれすらもままならない。


「もう仕舞いか? あっけないものだな」


 宝珠と同じ紫紺しこんの色の闘気オーラをまとった男が、ゆっくりと楽毅がくきの元へと詰め寄る。


楽毅がくきお姉様ぁ‼」

楽毅がくき姉さん‼」

「姉上ぇ‼」


 鼓舞するように楽乗がくじょうが、楽間がくかんが、すいが叫んだ。

 今すぐ助けに行かねばならない。しかし、目の前の敵を押し留めるだけで精一杯でそれも叶わないのだった。


「安心しろ。苦しまぬよう一瞬で終わらせてやる」


 霞ゆく視界に、虎皮をまとった男の姿が映りこむ。その表情はどこかたのしそうであり、それでいてどこか哀しそうにも感じられた。


 ──もう……終わりなの?

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