七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第3話 我らはどうすればいい?

公開日時: 2021年2月10日(水) 17:13
文字数:1,493

 二人の背中が完全に見えなくなったころ、三人はおもむろに立ち上がる。


「本当に大丈夫なのか?」


 楽峻がくしゅんが心配そうに口を開く。


「ええ。おそらく武霊王ぶれいおう東垣とうえんをはじめとする主要拠点を要求してくるでしょうけれども、なんとかかわしてご覧にいれます」

「そうではない。お前自身の事を案じておるのだ」


 父のその言葉に、楽毅がくきはキョトンと首をかしげる。

 補足する様に姫尚きしょうが続けて、


「今回の作戦を立案したのがそなたである事は、恐らく武霊王ぶれいおうの耳にも届いているはずだ。あの狡猾こうかつな男がおめおめとそなたを無事にかえすとは思えない」


 別の者を向かわせるべきだ、と説得する。

 しかし、楽毅がくきは微笑みを浮かべ、


「お二人共わたしの事を心配してくださり、ありがとうございます。ですが、武霊王ぶれいおうもさすがに使者に危害を加える様な事はしないでしょう。ですが、万が一その様な蛮行があったなら、我が国はその非を大いに責め立ててやればよいのです」


 事も無げに言うのだった。


 姫尚きしょう楽峻がくしゅんは顔を見合わせて苦笑する。武霊王ぶれいおうという傑物を意に介す素振りすら見せないこの少女に、二人は感嘆すると同時に、狡猾こうかつ武霊王ぶれいおうの元に向かわせる事への危険性を改めて感じるのだった。

 しかし、留学後の楽毅がくきの、こうと決めたら梃子てこでも動かない性格を察した楽峻がくしゅんは、


「ならば楽毅がくきよ。我らはどうすればいい?」


 国としてこれからどういう方針を取るべきかたずねる。

 楽毅がくきは口元にしなやかな指を添え、しばらく思惟しいしてから意見を述べた。


「仮にこの講和が成ったとしても、武霊王ぶれいおうの事ですからいつ反故ほごにされるかわかりません。当初の予定通り、雪で軍を動かせない今の内に他国に援助をう使者を送るべきかと思います」

「たしかにその通りだ。だが、どこへ?」

と……えんです」


 その言葉に、二人は驚きをあらわにした。


はまだ分かる。かつてこの地は傘下さんかにあった。憐憫れんびんの情もあるやも知れぬ。しかし、えんから助力を仰げる可能性はぜろに等しいのではないか?」


 楽毅は眉をひそめて押し黙る。


 無理も無い。かつてえんせいによって滅亡の一歩手前まで追いつめられた時、積極的では無かったにせよ中山国ちゅうざんこくせいに加担してえんを攻めた。その事実をえんが忘れているはずがない。

 さらにえんは現在ちょうと同盟関係にあり、国の再興をせいに認めさせた恩義がある。そんな経緯を踏まえて考えると、大恩あるちょうとの同盟を袖にしてまでえん中山国ちゅうざんこくに友好を示すとは到底思えない。


「仰る通りです。ですが、それでもやるしかないのです。武霊王ぶれいおうの野望の矛先はいずれえんにもおよぶ。その脅威を察知出来る賢者がえんにいれば、きっと思いは伝わるはずです」


 力強く語る楽毅がくきであったが、その実、楽峻がくしゅんの言うとおりかなり分の悪い賭けであると承知していた。逆に言えばそれくらいの事をしなければちょうに対抗するだけの力を得られないくらいに、中山国ちゅうざんこくは窮地に陥っているのだ。

 もちろん一番の良策はせいとの交誼こうぎを回復させ、その助力を得る事だがしかし、中山王ちゅうざんおうはそれだけは決して認めない。

 他の国の情勢を思議してみれば、かんしんの猛攻を受けたばかりで余裕がない。かんと似たような状況だが、それ以前に中山国ちゅうざんこくからあまりにも遠すぎる。強国のしん武王ぶおうの急死により今は内乱状態にある。となれば、頼みにできる国は自ずと限られてしまうのだ。


武霊王ぶれいおうとの交渉が終わり次第、わたしがおもむいて説き伏せたいと思います」

楽毅がくきが自らか? しかし、両方をこなすには時間が無いし何よりも体が持たないぞ。どちらか一方は別の者を遣るべきだと思うぞ」


 姫尚きしょうの提案に楽毅がくきは、そうですね、と言って思案し、


「では私はおもむく事にします。えんとの交渉は申し訳ございませんがお任せいたします」


 そう結論を下した。

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