七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
チーム奇人・変人

第2話 からかわないでください

公開日時: 2020年12月31日(木) 18:34
文字数:1,594

 一時間後──


 邯鄲かんたんの北門にぞろぞろと幌馬車ほろばしゃが群れる。

 大量の鉄と弩を積んだ馬車の数は全部で八台にも及び、集められた人夫も三十人あまり。もはや立派な隊商キャラバンである。


楽毅がくきどのにご紹介致します」


 ようはそう言って楽毅がくき達の前にひとりの少女を招き寄せ、


「この者はよう商会の一員で、すいと申します。この者を隊長として同行させますので、何でもお申しつけください」


 そう告げる。


「……すいです。よろしくお願い致します」


 そう言って少女はうやうやしく一礼する。


 歳は楽毅がくき達とあまり変わりないようだが、特に手入れもされていない短めの髪と細面ほそおもてなその顔立ちは地味であり、また、どこか陰を感じさせるものであった。


「わたしは楽毅がくき。そしてこちらが楽乗がくじょうです。どうかよろしくお願いします」


 楽毅がくきの言葉に軽く会釈えしゃくを返すと、すいはさっさと馬車の方へと歩き出してしまう。


「無愛想な娘で申し訳ございません。ですが、すいはああ見えてなかなか腕が立ちますし、機転も利きます。必ずやお役に立ちましょう」


 ようは苦笑交じりに頭を下げる。


「かなりの腕前である事は、歩き方を見ただけでも分かります」


 少女の隙の無い挙措きょそを見送りながら、中山国ちゅうざんこくを代表する武人である楽乗がくじょうが感嘆交じりにつぶやく。


「同じ女性同士で歳も近いようですし、どうか仲良くしてください」

「かしこまりました。これほどまでに心を砕いていただき、感謝の言葉もございません。このご恩は、いつの日か必ずお返し致します」

「その時を楽しみにお待ちしております」


 そう言い残して、ようきびすを返し街中へと戻って行った。


「あの方も相当の手練れですね。今の私では勝てないかもしれません」


 去りゆくようの後ろ姿、その隙の無さに、楽乗がくじょう瞠目どうもくした。


「それ程ですか。どうやら、ただの商人というワケでは無いようですね」


 齋和さいかを立派に育て上げた大商人である伯翁はくおうが目をかけた人物であるのだから、充分信頼に足るだろう。

 しかし、楽毅がくきは彼の服にあしらわれた太極図たいきょくずがどうしても気にかかるのだった。



 若干の冷気をはらんだ秋風がそよぐ丘陵を、馬車の隊列が落葉を巻き上げながら駆け登って行く。

 やがて車輪がきしむと、馬車はやや後ろに傾きだす。


「このまま何事も無ければ、あと十日程で霊寿れいじゅに到着出来そうですね」


 先頭を行く幌馬車ほろばしゃの中で、床に腰かけ絶え間無い振動に身を任せながら楽毅がくきが向かいに座る楽乗に向けて言う。


「はい。ですが、いつちょう軍の検問に引っかかるかわからないので油断はできません」


 楽乗がくじょうはそう言って腰に携えた一振りの剣に手を添える。何かあればすぐにこれを抜く、という意思表示であった。


「検問は避けられないでしょうが、それを抜ける為にこのような格好をしているのです」


 楽毅がくきはそう言って着ている麻製の服の袖をヒラヒラさせる。楽毅がくき楽乗がくじょうちょう軍に怪しまれないようによう商会の服をすいから借り、商人の一員としてこれをやり過ごそうとしていた。


「今は商人らしく振る舞いましょう」

「はい。ですが……どうも足元がスースーして落ち着かないです」


 そう言って楽乗がくじょうはあらわになっている両膝を密着させ、もじもじと体をくねらせる。

 彼女は常に男性と同じ脚衣ズボンを好み、女性らしい衣装はあまり着た事が無いのだ。


 すいもそうだが、よう商会の女性用の服は丈が短めで、脚を大胆に露出させた意匠デザインだ。しかし楽乗がくじょうは男性並みに背が高いため寸法サイズが合わず、すい楽毅がくきは膝下のみが露出しているのに対し、彼女は膝上までもが完全に露出してしまっていた。


「よく似合ってますよ、楽乗がくじょうさん」

「もう、からかわないでください、お姉様ッ!」


 いたずらっぽい笑いに、楽乗がくじょうは顔を赤らめて叫んだ。


 ──それにしてもこの太極図たいきょくず、どうも気になる。


 自分が着ている服の裾、その外側に刺繍された文様を見て、楽毅がくきは再び疑念に駆られる。

 彼女が危惧しているのは、この太極図たいきょくずに象徴される陰陽いんよう説は【墨家ぼっか】にも大いに用いられていること──つまり、よう商会は【墨家ぼっか】と関わりがあるのではないか、という事であった。

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