七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第3章 また逢う日まで

第1話 おはよう、田単

公開日時: 2020年12月9日(水) 19:05
更新日時: 2021年2月21日(日) 13:12
文字数:966

 真夏の休暇からひと月以上が経過した。


 けつく様な暑さはやわらぎ、そよぐ風からも少しずつ秋の香を感じる。


 楽毅がくきは日課となっている清掃活動を終え、ひと息く。

 今日は学び舎の教室をくまなく掃除した。しかし、彼女の心は一向に晴れない。


 その時、他にまだ誰もいない早朝の教室に大きな眼鏡をかけたひとりの少女が現れる。

 趙奢ちょうしゃである。


「あっ……」


 目が合い、互いの口から気まずそうな声が漏れる。


「……おはよう」

「……おはようっス」


 義務的な朝の挨拶を一言交わすと、趙奢ちょうしゃはさっさと自分の席に座る。

 楽毅がくきは清掃に使用した布を洗う為、外にある水場へと向かった。


「あっ……」


 しかし、そこにもひとりの少女がたたずんでいた。


 不意に目が合い、気まずい雰囲気のまま沈黙が続く。


 ──田単でんたん……。


 青みがかった美しい長髪をなびかせながら、


「おはよう……」


 田単でんたんは吐き捨てるように一言告げると、顔を伏せたまま楽毅がくきの横を逃げるように素通りした。


「……おはよう、田単でんたん


 誰もいなくなった水場で、楽毅がくきはひとりつぶやいた。


 湧き水を木桶にみ、布をすすぐ。その桶の中に、ポツポツと涙が混じる。


 あれから──れいに運命をてもらってから、三人は挨拶以外まったく口を利く事は無かった。

 同じ班で寮では同室なのにも関わらず、登下校から食事、就寝に至るまで三人はそれぞれ意識的に時間をずらし、意識的に顔を合わせることの無い様に努めているのだ。


 その原因は無論、れいが最後に告げた言葉にあった。


『少なくとも誰かひとりは隣りにいる親しき友によってその野心をくじかれる』


 それは仲の良かった三人の心に疑心をもたらし、やがてそれは精神的な溝となった。

 その溝はひと月以上経った今でも埋まる事は無く、三人はすれ違いの日々を送っていた。


 楽毅がくきせいに来てからたくさんの友人を作ったが、その中でも趙奢ちょうしゃと田単とは特にウマが合っただけに悲しかった。


 こんな事になるくらいなら、運命などてもらわなければ良かった。

 齋和さいかが最初に忠告したとおり、後悔する結果となった。


 楽毅がくきには、発明家として名をせたいという趙奢ちょうしゃや、国を護る為に知識をかしたいという田単でんたんと違い、特に具体的な目標がある訳では無かった。


 ──食い潰されるのはわたしで良い。


 そう思ったところで後の祭である。

 あれだけ大見得を切って野心をさらけ出したのだ。今さらそう告げたところで誰も信じるはずがないだろう。

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