七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第12話 笑えない冗談ですわ

公開日時: 2021年2月23日(火) 13:25
文字数:1,800

よう様⁉」


 その時、兵舎から現れた少女が驚きのこもった声で呼んだ。細い目を目一杯に開いてようを見つめるその少女は、すいであった。


「おお、すいですか。ずいぶん雰囲気が大人になったのではありませんか? 一瞬、別人かと思いましたよ」

「ほんの数ヶ月です。何も変わっておりませんよ……」


 ようの前に歩み寄ったすいは、そう答えながらも少しうれしそうに微笑んだ。

 ようは、すいが以前と違って年相応の明るい表情を見せるようになったことに気づき、


「やはり、楽毅がくきどのの元に預けたのは正解だったようですね」


 その小さな頭をそっとでる。すいは顔を赤らめ、小さくうなずいた。


 ──たしか、すいようどのに拾われた孤児だったわね。


 その姿を見て楽毅がくきは、彼女がように対して恩人以上の感情を抱いていることを、そこはかとなく感じ取るのだった。


「ところでようどの。せいから参られたとのことですが、あちらで何か変わったことはありませんでしたか?」

「ええ、ございました。実はそれをお伝えするのも、こちらに参りましたもうひとつの理由でございます」


 楽毅がくきの問いにそう答えたようは、ざんばら髪を一度かき上げ、鋭い目つきで言った。


ちょうからの使者が臨淄りんしの宮中に参りました。理由は恐らく……」

「ええ、中山国ちゅうざんこく討伐への協力催促でしょう」


 楽毅がくきは特に驚いた素振りも見せず、そうつぶやいた。


「想定の範囲内、ということですか?」

「ええ。用意周到な武霊王ぶれいおうが万全を期して中山国ちゅうざんこくを討とうとするなら、せいを動かすくらいのことはしてくると思ってはおりました」


 ほう、とようは感嘆をもらす。


楽毅がくき姉さん。せいは要請に応じて中山国ちゅうざんこくに大軍を差し向けてくるのでしょうか?」

せい中山国ちゅうざんこくとの関係をかんがみれば、おそらく参戦はしてくると思います。ですが、武霊王ぶれいおうに手足のごとく使われることをせい湣王びんおうがよしとせず、全力で協力する可能性は低いと思われます。まあ、あくまでも推論に過ぎませんが」


 口元に手を添えて思惟しいする楽毅がくき

 それを聞いたすいは、陰鬱な面持おももちでキュッと口を引き結んだ。


「せめて、中山王ちゅうざんおう楽毅がくき姉さんを信頼して、全軍を指揮させてくれれば……」

「ありがとう、すい。でも、そういった面も含めて戦なので、こればかりはもうどうしようも無いことです」


 楽毅がくきはそう言って、力無く自嘲じちょうした。


「……アナタが王位をる、ということはお考えにならないのですか?」

「ッ!」


 ようの口から発せられたその言葉に、楽毅がくきすいは驚きのあまり開口する。


「……笑えない冗談ですわ、ようどの」

「おや、わたくしが軽薄な冗談を言うように見えましたか? 割と真面目な性格と自負していたのですがね」


 そう言って、含み笑いを見せるよう


「わたしは……そのような人道にもとる愚かな行為、したいとは思いませんし、考えたくもありません」


 楽毅がくきは渋い表情でかぶりを振った。


「果たしてそうでしょうか? 臣下や民を軽んじ、国をかたむかせるような愚昧ぐまいな王をちゅうすることは結果、民や国のためになるとは思いませんか? 苦しむ民を救うことこそ、正義だと──」


 それでも、と楽毅がくきは珍しく声を張り上げてようの言葉を遮断し、


「たとえどんな理由があろうとも、わたしにはそれは出来ませんし、それが正義だとは決して思えません」


 その後は静かな口調で、自らを落ち着かせるようにそう言った。

 ようはまだ何か言いたげだったが、もうこの件については話したくないという雰囲気を彼女からみ取り、


「……愚かなことを申しました。どうか先ほどの言葉は忘れてください」


 頭を下げて謝意を示すのだった。


「こちらこそ、度重なるご援助に何もむくいられず、申し訳ございません。せめて、今夜は我が家にご逗留とうりゅういただき、旅の疲れを癒してください」

「それは誠にありがたいお申し出。ですが、我々はすぐにえんへと戻らねばなりませんので、このままおいとまさせていただきます。それとすいのことなのですが、このまま側に仕えさせてくださいませんか?」


 よう楽毅がくきの申し出を丁重に断り、代わりにすい楽毅がくきに託す。


「かしこまりました」


 楽毅がくきは迷うこと無くそれを快諾する。すいも、ように向けてコクリとうなずいた。

 ようはか細い笑みを浮かべて拱手こうしゅし、クルリときびすを返す。


「ああ、そういえばもうひとつお伝えしたきことがございました」


 しかし、すぐにその歩みを止めてそう言うと、


「どうやら、中山王ちゅうざんおうはどうやら【墨家ぼっか】の者たちを召集したようです」


 視線だけを楽毅がくきたちに向け、そう告げた。


「え⁉」


 意外にも、その言葉にいち早く反応を示したのはすいであった。

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