七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第11話 アナタは死にません

公開日時: 2021年1月28日(木) 17:14
文字数:1,531

 その後、二人は特に会話も無いままただ通りに目をやっていた。


 元気にはしゃぎ回る子供達と、それを優しく見守る親達。いつもと変わり無い穏やかな光景。

 しかし、戦火は確実にこの霊寿れいじゅをも呑みこもうとしていた。


「……のどかだな」


 ひとり言の様に姫尚きしょうがポツリとつぶやく。

 楽毅がくきはコクリとうなずいた。


「私は護らねばならない。彼らを──彼らの今ある日常を。しかし、不甲斐無い私にはその為の力が無い」


 自らの手のひらを虚しそうに見つめる姫尚きしょう

 楽毅がくきは何か言おうと口を開いたが、結局かける言葉が見当たらなかった。


「私は……父にうとまれている。憎まれていると言っても過言ではない」


 まさか、と楽毅がくきは口にするが反面、あの王ならあり得ると思い至り、それ以上何も言わなかった。


「そなたも知っているとは思うが、せいを嫌い抜いている父にとってその王族の血を引く私と母は邪魔者でしかない。父は、心の奥底では腹違いの弟に王位を継がせたいと願っているのだ」


 王には寵愛ちょうあいをかたむけるめかけがおり、その間に生まれたまだ幼い子供を次期国王に据えたがっている事も、楽毅がくきは噂で聞いていた。しかしすでに太子たいし姫尚きしょうと定めており、何の落ち度も無いこの青年を自分勝手な都合で廃嫡はいちゃくする事はたとえ王であっても許されるものでは無かった。

 それだけに、彼は常に冷眼を向けられてきたのだろう。


 ──この方は孤独なんだわ。


 その孤独を癒す事が出来る相手はただひとり、母だけである。母の愛だけが彼の支えとなり、彼の心を繋ぎ止めていたのだろう。


「私は近々、総大将に任命される予定だ。もちろん、私は全力を尽くしその任をまっとうするつもりだ」


 しかし、と姫尚きしょうはさらに表情を曇らせて続けた。


「父は本当は……私の死を願っているのだ。私が戦死すれば、心置き無く弟を太子たいしに出来るからな……」


 哀愁にかすれた声が、風の音と夾雑きょうざつして楽毅がくきの心を震わせる。


 確かに、そういった事例は過去の歴史上からも枚挙まいきょいとまがない。しかし、太子たいしが自らの苦しい境遇を教育係でもないただの一家臣に生々しいまでにさらけ出す、という話を楽毅がくきは聞いた事が無かった。


「私が死ぬのは構わない。しかし、最後まで父に──」


 その言葉を遮るように、楽毅がくき姫尚きしょうを──彼の顔を自分の胸に抱き寄せた。なぜそうしたのか、楽毅がくき自身にも分からなかった。恐らく無意識の内の行動だったのだろう。


「死んでも構わない、などと二度とおっしゃらないでください。母君が悲しまれます。それに……わたしも悲しいです」


 孤独を感じた者同士の同情なのか。はたまたそれとは別の感情なのか。彼女は自らを突き動かすものの正体が分からないまま、それでも言葉を向け続けた。


「わたしがアナタの力になります。わたしがアナタを護ります。だから、アナタは死にません。わたしが……死なせません」


 気づくと楽毅がくきの瞳からは涙があふれ出し、姫尚きしょうの額の辺りへとしたたり落ちた。

 覚醒した様に姫尚きしょう楽毅がくきの手を握り、胸から顔を離し、潤いを帯びた少女のあおい瞳を見つめる。


「私の為に涙してくれる者がここにもいる。確かに死ぬ訳にはいかないな」


 姫尚きしょうはもう片方の手で楽毅がくきの目元の涙をそっと拭い、優しくほほ笑んだ。

 楽毅がくきも笑顔でうなずき、それに応えた。


楽峻がくしゅんからそなたの話を聞いた時、私は予感したのだ。この者なら私の力となってくれるのではないか。この者が中山国ちゅうざんこくを救ってくれるのではないか、と」

「救国のとなれるかは分かりませんが、わたしを将軍に推挙してくださったアナタ様のご恩に精一杯むくいる所存です」


 楽毅がくきはその場に片膝をついて拝礼し、目の前の青年に心からの忠誠を誓った。


「よろしく頼む、楽毅がくき


 凛とした声が彼女の胸に響いた。


 ──命をして仕えるべき主君に巡り会えた。


 楽毅がくきは全身が震える程の感動を、生まれて初めて覚えたのだった。

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