二人は公園に向かうとそこの芝生に座りこみ、温かい肉まんに手をつける。
「ふむ、なかなか殊勝な心がけであったぞ、娘よ」
広いおデコが特徴的な少女は、あっと言う間に十個をぺろりと平らげ、上機嫌で言った。
「……どう致しまして」
苦笑いで返す楽毅。
旺盛な食欲もさる事ながら、少女は楽毅がひとつ食べ終えるのと同じくらいの早さで全てを平らげてしまったのだ。
「それにしても、華奢なその体でよくそんなに食べられるわね?」
「育ち盛りじゃからのう。その気になればもう十個くらい軽くいけるぞ?」
楽毅の問いに少女は得意げに答える。
確かに少女は十個の肉まんを要求する時、『控えめに』と言っていた。
一体何個食せば彼女の胃袋は限界を迎えるのか、楽毅は少しだけ知りたいと思った。
「逆にワシから言わせてもらえば、オヌシの方こそたったの一個で足りるのか?」
「お昼前だし、あれで充分よ。十個も食べたら胸やけしそうだわ」
げんなりとした顔で胸を擦りながら楽毅は答える。
「ふ~ん。まあ、オヌシはすでに大きな肉まんを二つ抱えておるしのう」
少女はそう言って楽毅の胸を指さしてからかう。
「ンもう、そんな卑猥な事言わないでよッ!」
瞬時に顔を赤らめ、キッと少女を睨む。
「すまぬすまぬ。ワシには無いものだからついうらやましくなってしまったのじゃ」
少女は手をヒラヒラさせながらそう言った。
「そんなうらやむ様なものなのかしら? 胸なんて大きければ大きいほど邪魔になるだけなのに」
「見解の相違というやつじゃな」
やれやれ、といった態でかぶりを振ると、
「天はこのワシに美貌と才能の二物を与えてくれた。じゃが、そんなワシでさえ、唯一大人の色気だけはどうしても得る事は出来なんだ。人は無い物ねだりせずにはいられぬ生き物なんじゃよ」
少女は達観したようにそう呟いた。
「まだ子供なんだから、それは仕方無いんじゃない?」
「こ、子供じゃとォ? このたわけめ、ワシはもう立派な淑女じゃ! 子供扱いするでないッ‼」
「はいはい、そうね。そうなれるといいわね」
憤然とした少女の訴えを、楽毅はいともあっさり受け流す。
「……おのれ、全然信じておらぬな」
少女は恨みがましげな目で楽毅を睨むのだった。
さてと、と言って楽毅は立ち上がり、
「じゃあ、わたしはそろそろ行くわね」
この場を去ろうと少女に手を振る。
「まあ待つのじゃ。まだ肉まんの代金を返しておらぬ」
少女は楽毅の服の袖口をギュッと掴み、呼び止める。
「あれはわたしの奢りよ。返す必要なんて無いわ」
「ならば、猶更オヌシの恩義に報わねばなるまい」
少女は立ち上がってお尻に付いた芝をパンパンとはたき落とすと、
「そうじゃ、特別にこのワシがオヌシと一緒に心ゆくまで遊んでやってしんぜよう」
そう言ってひとり納得したようにうなずいた。
「はあァ⁉ 何でそうなるワケよ?」
「そうかそうか、ワシと遊べるのがそんなにうれしいか?」
「そんなワケないでしょうッ!」
興奮気味に叫ぶ楽毅。
──遊んで欲しいのはそっちの方でしょうに。
ムチャクチャな言動を繰り返す少女に、楽毅は呆れたようにため息を吐く。
「悪いけどわたし、用事があるからもう行くわ」
本当は用事など無いのだが、この場から逃れる為に適当な言い訳を用いる。
「ほう、用事とな。さっきまでずいぶん暇そうにボ~ッと突っ立っておったはずじゃがのう」
「み、見てたの……?」
楽毅の口元がヒクヒクと引きつる。
少女は、うむ、と言ってうなずいた。
「何やら悩んでおるように見えたぞ。どうにもならない時には難しい事はいったん忘れて、ひたすら遊び倒すのがよい。そうは思わぬか?」
「わたしは……」
楽毅は答えあぐねた。
確かに、少女の言うとおり彼女は悩んでいる。しかし、その悩みはひとりでいくら必死に考えたところで解決するとは思えない。ならばいっそ、全てを忘れて遊んでしまうのも悪くない、と彼女は思い至った。
「……そうね。いい気分転換になるかも知れないわね」
「おお、そうか。では、ワシがよい場所へ案内してやるぞ」
楽毅の答えに少女は満面の笑みを浮かべ、のしのしという力強い足どりで大通りの方へ向かう。
が、不意に何かを思い出した様にその足を止めると、
「そういえばまだ名乗ってなかったのう」
少女は楽毅の方へ向き直り、
「ワシは齋和じゃ。」
鈴を転がすような声でそう告げるのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!