七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第3話 そのお誘いを受けましょう

公開日時: 2021年2月2日(火) 17:18
文字数:1,332

 ちょう軍の東垣とうえん攻撃再開のしらせは、明朝すぐに水留すいりゅうの砦へと届けられた。


「思ったよりは早かったですね」


 天幕テント内でそれを聞いた楽毅がくきは、起きしなに大きなあくびをしながらのん気につぶやき、ゆったりとした所作でようやく甲冑かっちゅうを付け始めたばかりであった。

 楽毅がくき肌着インナーは身体のラインがハッキリと浮き出る為、しらせを届けに来た楽乗がくじょうはその扇情的な体つきに、思わず鼓動を乱してしまう。


「いよいよ全力で東垣とうえんを抜くつもりなのでしょうか?」

「いいえ。わたし達を砦からおびき出す為の演技パフォーマンスでしょう」


 楽乗がくじょうの問いに、あっさりと言いのける。


「では、このまま静観すると?」

「いいえ。あちらが野戦をお望みとあらば、こちらもそのお誘いを受けましょう」


 最後にマントを肩にかけた楽毅がくきはすっくと立ち上がり、


「アレを試す良い機会ですし」


 泰然たいぜんと言い放ち、天幕テントを後にした。



 楽乗がくじょうを守将として残し、半分の五千の兵を率いて砦を後にした楽毅がくきは昼時に、緑色に染められた軍旗と甲冑かっちゅうちょう軍と山道で出くわした。

 数は有に二万はあるだろうか。中山ちゅうざん軍が砦から出たとのしらせを受けて、これを迎え討つ為に東垣とうえん方面から差し向けられた一軍だ。


 山道は狭い上に一本道である。こういった場所で軍が対峙した場合、物量に勝る方が有利なのは常である。

 実際、両軍が衝突するやいな中山ちゅうざん軍はあっと言う間に押しこまれ、元来た道を一目散に駆け上がってゆくのだった。


「このまま一気に砦まで雪崩なだれこむぞ!」


 聞き覚えのある胴間声どうまごえが後方から楽毅がくきの耳にまで届いた。


 ──趙章ちょうしょう自らやって来たか。よほど昨晩の事がこたえているみたいね。


 楽毅がくきは逃走中の身でありながら馬上で笑った。


 やがて前方の景色が開け、すぐ先にはあしが一面に生い茂るくさむらが広がる。楽毅がくき達はそこに駆けこむと、すぐにきびすを返した。


 ちょう軍の騎馬隊が轟音と土煙を上げながら迫り来る。


 その時──


 楽毅がくきはスッと右手を高く掲げた。

 すると、楽毅がくき中山ちゅうざん軍とちょう軍の間にあるくさむらの中から、全長三メートル以上はあろうかという長い槍を持った別の中山ちゅうざん兵が一斉にその姿を現した。

 まるで天を貫かんとばかりに突然現れた異様の光景に、ちょう軍の馬は恐れおののいて歩を止めた。


 楽毅がくきは掲げた手をそのまま前方へと向ける。

 すると、中山ちゅうざん兵は長槍の切っ先を前方に向け、背負っていた大きな盾に身を潜め、密集した状態でゆっくりと前進を始まる。まるで一匹の巨大なハリネズミがり出して来るかのごとく異様な陣形に、ちょう軍はしばらく唖然と立ち尽くしていた。


 その間にも長槍と大盾を構えた中山ちゅうざん軍が趙軍の騎馬隊を押しこむ。反撃を試みても刃は大盾に防がれ、大盾と大盾の間から屹立きつりつする無数の長槍がちょう兵を次々と貫いていった。

 ちょう軍の騎馬隊は狭い山道では思うように展開出来ず、為す術も無く引き返そうとするが、遅れて来た歩兵が事情を知らないまま前進して来ている為に前後から押し合いへし合いする形となり、完全に算を乱して散り散りとなった。

 さらには木々の間に伏していた中山ちゅうざん軍のがを用いて矢を浴びせ追い討ちをかけた為に、ちょう軍の被害はみるみる内に膨れ上がっていった。


 結局ちょう軍は数百人の死傷者を出して撤退を余儀無くされ、山道を降りて中腹地点まで後退し、そこに陣を構えた。

 死傷者が百にも満たなかった中山ちゅうざん軍はそれ以上深追いする事無く、悠々と砦へと帰還を果たしたのだった。

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