七国伝

ーSHICHIKOKUDENー
チーム奇人・変人
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第9話 絶望的に違いないわ

公開日時: 2021年2月18日(木) 10:39
文字数:1,575

 ちょうとの交渉を終えた楽毅がくき達三人は、中山国ちゅうざんこくへは戻らずにそのまま南西へと進路を取り、の国都である大梁たいりょうを目指した。


 雪が容赦ようしゃ無く降り続く悪路をひた進んだ。へ行くにはどうしてもちょう国の領土内を通過しなければならず、ちょう軍の目をくぐりながらの隠密行動は困難を極めた。

 雪水をすすり、わずかに顔を覗かせた野草を食した事もあった。宿などが無い山中では、洞窟内で火をき、お互いの体を寄せあって寒さをしのいだ事もあった。


 そんな苦労の末に大梁たいりょうにたどり着いた時には、武霊王ぶれいおうとの交渉から半月程の月日が経過していた。


 楽毅がくき達は疲れを癒やす間も無く、宰相さいしょう公孫衍こうそんえんとの面会を求めた。公孫衍こうそんえんは『鈿女てんにょ』とも称され人望もあつく、かつて五ヶ国連合軍を率いてしんを攻めた事があり、せい孟嘗君もうしょうくんと並び称される程の稀代きだいの女傑であった。


 しかし、折悪く彼女は不在であった。その為、彼女に次ぐ有力者として司馬しば──軍事の最高指揮官である范座はんざという人物への取り次ぎを願い、なんとか面会が叶った。


 楽毅がくきちょうの──武霊王ぶれいおうの危険性を滔々とうとうと説き、中山国ちゅうざんこくへの援助をうた。

 范座はんざ楽毅がくきの理路整然とした論説にいたく感心したが、で大っぴらに兵を出せない理由があった。


 現在、と同盟を結んでおり、しん、並びにそれに追随するかんに睨みを利かせている。とても他国に兵を送る余裕など無いのだ。それに、今の魏王ぎおう──襄王じょうおうは無難な政治を行う代わりに、軍事と外交に関しては消極的な面を持っている。その為、大した見返りも望めない遠征をわざわざ行うとは到底思えないのだ。


 結局、中山国ちゅうざんこくを援助しない代わりにちょうにも加担しないという事で話が落ち着き、楽毅がくき達にとっては何ひとつ実入りの無い結果となった。

 想定していた事とはいえ、やはり孤立無援というのは想像以上に辛いものだと、楽毅がくきは痛感した。


 ──これではきっと、えんとの交渉も絶望的に違いないわ。


 楽毅がくきは、中山国ちゅうざんこくを立つ前にえんとの外交を姫尚きしょう楽峻がくしゅんに一任してきた。しかし、武霊王ぶれいおうによる中山国ちゅうざんこく包囲網がほぼ完成している最中で、それをくつがえすのは至難のわざと言えるだろう。

 楽毅がくきがそう実感した出来事が、范座はんざとの会談の中にあった。


 楽毅がくきからの援助が得られなかった場合を想定し、中華大陸最西の強国・しんへ赴く事も計画していた。しかし、武王ぶおう亡き後のしん公子こうし達による混沌たる内乱が勃発し、芈八子びはつし──武王ぶおうの父である恵文君せんぶんくんの夫人──と、その弟である魏冄ぎぜんという男が擁立した公子・贏稷えいしょくがどうやら勝利しそうだ、という情報を范座はんざから聞かされたのだ。

 そんな状況下ではとてもではないがしんからの援助など、望めそうもない。しかし、楽毅がくき懸念けねんするのは、次の王に就くであろう公子こうし贏稷えいしょくの存在であった。


 かつてせい臨淄りんしに留学していた楽毅がくきが、中山国ちゅうざんこくに帰国する道中で偶然出会った少年。それが 贏稷えいしょくだ。

 彼は遠く離れた北国のえんに遊学しており、ちょう武霊王ぶれいおうに庇護されてしんへと帰国した。えんは小国であり、そこに遊学させられるという事自体、 贏稷えいしょく公子こうしとしての地位の低さを物語っていた。ところが、本来なら陽の目を見ないはずの少年が武霊王ぶれいおうという大物から庇護を受け、今正に歴史の表舞台に立とうとしているのだ。  


 しかし、武霊王ぶれいおうの援助を得ているという事は、当然王となったあかつきにはちょう・更にはえんとの友好を優先するはずである。中山国ちゅうざんこくとしては、しんえんのいずれも動かせないという事は、ちょうによる中山国ちゅうざんこく包囲網は完遂したという事に他ならない。


 それに、楽毅がくき贏稷えいしょく秦国公子しんこくこうしと知らずに石をぶつけ、気絶させてしまった過去がある。

 もしも、 贏稷えいしょくがその事を覚えていて恨みに思っていたなら。そこへ楽毅がくきが外交に訪れたなら。きっと、しん中山国ちゅうざんこくを援助しないどころか、ちょうに積極的に援軍を送る可能性もあるのだ。


 全ては武霊王ぶれいおうたなごころ──


 楽毅がくき武霊王ぶれいおうの底知れぬ深謀の脅威を改めて思い知り、何の成果も得られないまま中山国ちゅうざんこくへと帰国するのだった。

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