シータに案内されてやってきたのは、裏通りの定食屋だった。
古いながらも丁寧に使われていることがわかる佇まいだ。
店の中は、ちょうどランチタイムが終わったのか他に客はいなかった。
ただ、店の中から美味しそうな匂いが漂っている。
「おや、シータ。暫く仕事で戻れないんじゃなかったのかい?」
「これも仕事ですよ、女将さん。この人は私の主人のディータ様です。こう見えてもプラチナランクの冒険者なんですよ!」
「へぇ、そうなのかい。てっきりシータが彼氏でも連れて来たのかと思ったよ」
どうやら、シータの行きつけの店だったらしく、店の主人と仲良く話していた。
ディータは案内されることなく、片付いている適当なテーブルに座って片肘をついた。
「なににするんだい?」
「ミルクとパン。それと適当にうまいものを見繕ってくれ」
「任せな。うちはなんでも美味しいからね」
そう言って、主人は厨房に向かう。
「それで、話はなんだ?」
「なんのことですか、ご主人様」
「誤魔化すならなにも言わんぞ」
「あぁ、待ってください。ええと、なんであたしが話があるってわかったんですか?」
「なんとなくだ」
誤魔化しているのではなく、本当になんとなくそうなんだろうなと、アルトゥルは思った。
まぁ、わざわざ自分の行きつけの店を選んだのも、この時間なら他に客がいないことを知っていたのだろう程度のことは思ったが。
「例の薬のことか?」
例の薬――スラム街を中心に、王都で流行っている幻覚作用のある薬のことだ。
飲めば最初は気持ちよくなるが、中毒性が高く、直ぐに次の薬を求めるようになる。
飲み続ければ幻覚が見え、凶暴化し、薬を止めたら酷い倦怠感で全く動けなくなることもある。
麻薬の中でもかなりの粗悪品だ。
「そうですね。先に言っておきますが、あの薬と盗賊ギルドに繋がりはない……はずです。ギルマスがそういう薬は大嫌いでしてね。まぁ、盗賊ギルドも一枚岩ってわけではありませんから、末端の人間が隠れて売人をしているくらいの繋がりはありますね。実際に何人か捕まえていますから」
「その末端から辿って元締めを見つけ出すのは難しいのか?」
「それができるならとっくにスラムから締め出していますよ」
「だろうな」
切られた蜥蜴の尻尾は、本体に戻ることはない。
「で、話ってのはなんだ?」
「もしもご主人様が薬の元締めについて情報を得ることができたら、情報を売ってほしいんです」
「対価は? 金ならいらんぞ」
「こちらが用意できるものは二つです。まずは私の身柄。好きにして構わないそうです。ご主人様が望むなら身体も」
シーナはアルトゥルの席の横に立つと顔を赤らめて科を作る。
「いらん」
「うわ、ばっさりですね。十三歳ならそういうのに興味のある年ごろじゃないんですか? それともレギノさん一筋ですか?」
「あいつとはそんな関係じゃない。それで、もう一つは?」
「メネズィスに関する情報です」
「――っ!? 居場所を知っているのか?」
「現在の居場所はわかりません。先月、それと三カ月前、あとメネズィスが犯人と思われる事件の情報です。ご主人様が調べているという情報があったので、盗賊ギルドが総出で調べました。信憑性は九割といったところですが」
「そうか」
ディータがメネズィスを捜しているという情報を、アルトゥルはあえて流していたが、それが功を奏したようだ。
盗賊ギルドの情報というのなら、彼女の言う通りハズレの可能性は低いだろう。
現在の居場所がわからなくても足取りくらいならわかるかもしれない。
「まぁ、情報くらいはくれてやるが、しかしこちらからも条件がある」
「はい、なんでしょうか?」
「まず、情報はくれてやるが、しかし相手が盗賊ギルドにとって潰されたら困る相手でも、俺は容赦なく潰すつもりだ。例えば、盗賊ギルドと繋がりがある貴族であってもな」
「あたしとしては、そうなったとき相談くらいはしてほしいですけどね。それでも、まぁご主人様がそういう人だってことは認識しているんで大丈夫ですよ。それだけですか?」
「あと、対価としての情報についてだ。盗賊ギルドのミスで間違った情報を掴まされるのなら構わない。ただし、間違っていると分かったうえで情報を用意してくるようなことがあったら、俺は盗賊ギルドも潰すぞ」
「そんなことができるのかい?」
そう言ったのは、シータではなく店主の女だった。
牛乳をテーブルの上に置き、アルトゥルに尋ねた。
「とりあえず、この店の周りにいる奴らを皆殺しにするのに、十秒はいらん。あんたも含めてな」
そう言って、アルトゥルは牛乳を飲み、口を袖で拭った。
この女が、いや、そもそもこの定食屋そのものが盗賊ギルドのアジトのひとつであることくらいは気付いていた。
そして、この店主は盗賊ギルドの幹部の一人であろうことも。
大方、ディータのことをその目で確かめたかったのだろう。
「あんたの実力はわかっているつもりさ。だから牛乳も最高のを用意しただろ?」
「ああ、おかわりを頼む」
俺はそう言って空になったグラスを渡した。
牛乳の前に、パンとサラダが運ばれてくるので、アルトゥルは千切って食べた。
「ご主人様って心臓に毛でも生えているんじゃないですか? 盗賊ギルドのアジトって知ったら、強面の冒険者でもそんな風に落ち着いてご飯を食べられませんよ」
「ゴブリンの巣でドラゴンは昼寝をするからな」
「なんですか、そのたとえ」
「知らないのならいい」
千年前は日常的に使われた、「強いものは弱いものがなにをしても気にすることはない」という意味のことわざだったのだが、どうやらこの時代では一般的ではないようだ。
「まぁ、情報収集は俺にとって専門外だ。アフェの連絡次第だな」
「ご主人様はアフェさんのことを信用しているんですね。男の友情は憧れます」
「友情? そんな関係じゃないよ」
「じゃあ親友ですか?」
「いや――たぶん、俺もあいつも、お互い利用しあってるだけさ」
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