蜂蜜酒を美味しそうに飲むファブールに、アルトゥルは自分の身に起こったことを説明した。
「なるほど、無限迷宮の最下層、レベル9999、そして転生か。相変わらず其方はとんでもない人間じゃな。それを考えると、私ももう少し修業をすればよかったか。いまだレベルは700かそこらだ」
レベル700、それはディータが邪神を倒したときのレベルとほぼ同じだった。
つまり、いまのファブールは邪神レベルの力を有しているということになる。
「お前こそ、まさか雌だったとは思いもしなかったよ」
「知らなかったのか? 一緒にいたエルフの女子は気付いておったぞ?」
「そうなのか?」
まったく教えてもらっていなかった。
そもそも、雄か雌か考えたことがなかったからだ。
「でも、なんで生きているんだ? 真竜の寿命って五百年くらいだって言ったのは外ならぬお前だぞ」
「それはこの角のせいじゃよ」
「角?」
そう言えば、ファブールの角が生えかわっていた。
「ディータ、お主、妾に折れた剣を返しにきたじゃろ。妾はその剣を使い自分の角を再生させた。人間たちから聞いたのじゃが、ディータ、お主は邪神の血を浴びて不老となった。それなら、邪神を斬り裂いた剣にも不老の力が備わっていても不思議ではあるまい」
「まさかっ!? いや、でも――」
ありえないことはない。
むしろ、ファブールが生きていることがその証明となっている。
「完全に不老というわけではない。老いるのが遅くなったのじゃ。今の肉体年齢は三百歳くらいといったところかの。もっとも竜は人間と違い、魔力の多さに対して肉体が肥大化するから、このような巨体になってしまったが」
ファブールはそう言って尻尾を鞭によに振るった。
その衝撃で床が大地震でも起こったかのように揺れる。
「……悪いことをしたな」
「お陰でお主にもう一度会うことができた。それだけで私は満足だ」
「そうか――っと、そろそろ行かないと門限の時間だ」
「門限か。うむ、しっかりと子供を演じておるようじゃな」
「演じているんじゃなくて本当に子供だよ。義姉さんとか本当に怖いんだから」
アルトゥルがそう言うと、ファブールも愉快そうに笑った。
「そうだ、ファブールの主って誰なんだ? 言えないなら別に構わないが、できるなら挨拶くらいしておきたい」
「何を言うておる。そんなのお主しかおるまい、ディータ」
「え? 主人って俺なのかっ!?」
アルトゥルにとって、ディータとファブールの関係は友達であり、主従の間柄ではなかった。
「真竜にとって自らの角を差し出すことは、最上級の忠誠を誓うという意味じゃからな。説明しておらなんだか?」
「説明しておらなんだよ。じゃあ、ファブール、俺と一緒に来てくれるのか?」
「うーむ、それがそうもいかんのじゃ。私がこの地を離れると、この魔法空間が崩壊してしまう。そうすると、この空間に保管している同胞の亡骸も崩壊に巻き込まれる。空間を固定するにも時間が必要じゃ」
それでは、無理にファブールをここから出すわけにはいかない。
どうしようかと思ったアルトゥルだったが、そこでファブールが名案とばかりに言った。
「そうじゃ、レギノを連れていくがよい。人化の術も使える優秀な真竜じゃ」
『お待ちください、女王!』
「待たぬ。私が待てと言ったのに攻撃を仕掛けたのはお主じゃろ。その罰じゃと思え。それとも、私が忠誠を捧げた主人に忠誠を捧げるのは嫌かの? 私に忠誠を誓っている其方が二度も私の命令に逆らうというのかの?」
そう言われたらレギノは言い返せない。
真竜にとって忠誠を誓うとはそういうことなのだ。
「ちょっと待ってくれ。人化の魔法? そんな魔法があるのか?」
「なんじゃ、そんなことも知らんのか?」
そう言うと、ファブールが何やら魔法を唱えた。
竜の言語らしく、何を言っているのかはわからない。
すると、ファブールの姿が一瞬にして女性の姿に変わった。
「うむ、なかなかじゃろ? 百を超えている真竜の半分は使えるようになる」
十人いれば老若男女問わず十人全員が振り返るような美人だ。
それでいて、竜の時は感じなかったが貴賓のようなものを感じた。
「竜人よりも人間っぽいな。人間離れした美しさがあるが」
「竜人は元々人化した真竜と人間との間に生まれた子じゃ」
「なるほど……レギノも人化ができるのか?」
『ああ……いえ、はい、勿論です』
レギノの言葉遣いが丁寧な物にかわった。アルトゥルのことを主人と扱うことにしたからだろう。
レギノもまた魔法を唱えた。
すると、赤い髪の一人の女性に姿を変えた。
女戦士風のスタイルで、真っ赤なビキニ鎧を着ている。
「どうだ? 美しいでしょう?」
「人間の言葉が話せるのか?」
どうやら竜の姿のままでは発音が難しくても、人間の姿になれば発音ができるようだ。
「貴様――いや、ご主人様は儂の美しさを称えてくださらぬのか!?」
「いや、ファブールの方が綺麗だし、角も残ってるし」
確かにレギノも美人だったが、ファブールの美しさと比べると見劣りする。
それに、両耳の横に角のようなものが二本生えている。
竜人と言えば誤魔化せるだろうが、完全な人化とは言えない。
「真竜が人化できることはバレてもいいのか?」
「構わん。秘密にしているわけではないからの」
「そうか。よし、ならレギノ、俺と一緒に来て――と」
転移する前に土を取り出し、魔法を使ってディータの姿になった。
「おぉ、小さなディータになった。これはまた懐かしい顔じゃ」
「結構大変なんだぞ。言葉遣いとか変えなければいけないし。昔は楽だったよ」
ディータの偉そうな口調と自信満々の態度は、幼い精神を持つアルトゥルにとって違和感でしかない。
「何を言う。それは昔から二重人格みたいな言動じゃったろうが」
「え?」
「ディータはもともとはとても丁寧な言葉遣いの子供じゃった。じゃが、冒険者として生きていく以上、舐められたら仕事に支障がきたすかもしれん。依頼人だって不安になるかもしれん。自信満々の態度と偉そうな言葉遣いは舐められないようにというお主なりの心遣いじゃった」
そう言われてアルトゥルは思いだした。
偉そうな口調も威圧的な態度も、ディータは慣れるのに相当苦労していたということに。
そして苦労しなくなった頃にはこの口調に慣れてしまっていたことに。
「……そうか、なるほど。ありがとうファブール。お前のお陰で少しは楽に話せそうだ」
「気にするな。用事があるときは――いや、用事がなくともいつでも訪れるがよい。私の主様よ」
「ああ。今度はうちの領で採れた旨い葡萄酒をご馳走するよ。じゃあ行くか、レギノ」
アルトゥルはそう言うと、この魔法空間を転移地点に設定し、レギノを連れて去った。
※※※
王都の部屋には、アフェはまだ戻っていなかった。
約束の時間までまだ時間が残っているから無理もない。
アルトゥルは先に冒険者ギルドに行って用事を済ますことにした。
冒険者ギルドに入ると、中にいる冒険者たちからいつもと違う反応が起こった。
原因は間違いない。レギノだ。
ファブールと比べると見劣りすると言ったが、絶世の美女であることには変わりがない。
ここに来る途中も九割以上の男が振り返って彼女の姿をずっと追っていた。
「下品な視線、不愉快です」
「そう言うな。さっき俺が褒めなかった分、奴らがお前の美しさを称えていると思えばいいだろう」
「下等な輩に崇められて喜ぶ趣味は儂にはない」
そう言ってレギノは不機嫌そうにそっぽを向いた。
千年前のファブールは人間に崇められて、少し嬉しそうにしていた。
同じ真竜でも性格は違うようだ。
受付に行くと、バルドウィンが既に話をまわしていたのか、先ほどのような問答をする必要もなくギルドマスターの部屋に通された。
「もう帰ったのか。そっちの美女はなんだ? 竜人のようだが。結婚でもするのか?」
「見た方が早いな。バルドウィン、こっちに来て立ってくれ」
「なんだ?」
バルドウィンは疑問を口にしながらも、アルトゥルの言うことに従い壁際に立つ。
そして、アルトゥルが人化を解除するように言うと、レギノが竜の姿に戻った。
部屋のテーブルが押し出され、壁に激突して砕け、テーブルの上に置いてあった酒瓶が音を立てて砕け散った。
「言った通り、真竜を従魔として連れてきた」
「な……」
バルドウィンはそう言うと頭を抱えた。
「冗談じゃなかったのか」
「俺は生まれてこのかた、冗談と嘘を言ったことがない」
「……嘘だろ?」
「いまのは嘘じゃない。単なる冗談だ」
アルトゥルはそう言って笑うと、レギノに人化するようにいった。
一瞬にして元の美女の姿に戻る。
「これでプラチナランクの冒険者になれるか」
「当たり前だ。お前みたいな規格外の冒険者、ゴールドランクにしておけるか」
そう言ってバルドウィンは白銀色に輝くプレートをアルトゥルに投げつけた。
それを人間の姿に戻ったレギノは一瞬にして受け止め、
「貴様、ご主人様に向かって失礼だぞ」
そう言ってバルドウィンに威嚇をした。
今にも襲い掛かりそうなレギノの腕を引き、止める。
「用意していたのか?」
「まぁ、お前さんがプラチナランクになると宣言したからには絶対にそれなりの功績をあげてくると思っていたからな。一応、俺もお前さんのことはわかっていたつもりだ……しかし人化する真竜か……こんなもん公表できねぇぞ。なんて言い訳すればいいんだ」
「そっちは任せるよ」
アルトゥルはそう言うと、用済みとなったシルバーランクのプレートを受け付けで返し、部屋に戻ったのだった。
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