転生勇者は人生を満喫したい

~レベルが9999になったので、とりあえず転生して二周目行ってみます~
時野洋輔
時野洋輔

狼退治

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
文字数:3,892

「ディータ様ですね。冒険者の仮登録はこれで終了です」


 受付嬢のマルシャはそう言って、アルトゥルに一枚の木製のカードを渡した。


「仮登録? 本登録は水角の査定が終わってからということか?」

「いえ、出張所で行えるのはあくまでも仮登録のみなのです。それでもこの出張所での仕事をする際には問題ありませんし、他のギルドで本登録をするときにも手数料は必要ありません」


 アルトゥルは差し出されたカードを興味深く見た。

 あきらかに手抜きのカードだ。この程度ならディータの時代の冒険者ギルドのカードの方がまだマシな部類だが、仮登録用のカードならこの程度かと納得した。


「仮でも冒険者カードですから無くさないでくださいね。紛失時の発行手数料は銀貨一枚で以降倍に増えていきます」


 マルシャが笑顔で注意した。

 五回紛失したら、銀貨十六枚になるということだ。


「それなら二回紛失したら最初から申請したほうが安いんじゃないか?」

「登録を二度するのは規約違反ですから」


 同じ冒険者ギルドでなら再登録はできないが、別の町でやり直すくらいの抜け穴はあるということだ。

 逆に言えば、馴染みの冒険者ギルドで働けなくなるというのは、十分に罰であるということだろう。


「わかった――それで、報酬だが、魔物の素材の買い取りの場合、税金は俺が納めないといけないのか?」

「いえ、冒険者ギルドの報酬はすべて手数料、税金諸々を引かれた額になります。後払いだと問題が起きかねませんので。報酬のうち一は税金として領主様に、一割は冒険者ギルドの運営費に充てられます」

「ただし、冒険者ランクが上がれば手数料はギルドへの運営費、そして税金も減免されることになっています」


 所長がそう言うと、アルトゥルはは思わず、


「それは困るな」


 と口に出して呟いてしまった。


「困るとは?」

「いや、なんでもない」


 さすがに税金を多く納めたいといえば怪しまれる。


「それでは、さっそく魔物の討伐依頼を受けたいのだが――近場で強くて金になる魔物はいるか?」

「それなら、西のロロコ山脈の水晶ウルフの群れの討伐依頼が出ています。西の山脈には伯爵領への街道があるのですが、そこを通る商隊が何度か襲われているそうです。ここからなら走れば往復三日、馬でも往復一日もあれば――」

「夕方までには戻らないといけない」


 晩御飯に間に合わないと母に怒られるからだ。


「それでは近場で――」

「いや、山脈の魔物退治を引き受ける。急ぎ向かおう」


 アルトゥルは窓を開けると、飛翔の魔法を使った。


「風の飛翔の魔法――高ランクの魔法を使うとは」


 所長が驚き声を上げた。


(あれ? 飛翔の魔法はそこまで高ランクの魔法じゃなかったはずだけど)


 アルトゥルは首を傾げたが、夕方までに帰らないといけないので、一度町の近くの森に転移ポイントを設定し、急ぎ西の山脈に向かった。


 ロロコ山脈の谷間の道を、一台の貴族の乗るような豪華な馬車が猛烈な勢いで走り抜けていく。鞭の音と馬に蹄の音のせいで御者の荒い息遣いの音がかき消されていくようだった。


「お嬢様、まだ追ってきていますかっ!?」


 御者が振り返らずにそう尋ねると、馬車に乗っていたピンクブロンドの髪の七歳くらいの少女が窓から外を見た。

 窓の外、遠くに水晶の角を持つ狼が五頭、馬車を追いかけてきている。

 先ほど見たときよりもその姿は大きく見えるようだった。


「まだ追ってきています!」


 彼女がそう叫ぶと、御者は舌打ちをし、さらに鞭を叩いた。

 この道に水晶狼が出るという話を聞いていたが、しかし、これまで狙われているのは商隊のキャラバンばかりで、馬車に積んでいる食料の匂いに誘われてきたのだろうと言われていた。そのため、彼らはこの道を進むことを選択した。

 護衛もいるから、一匹や二匹の水晶狼が出ても問題ないと思っていた。

 しかし、彼らを襲った狼の数は予想を遥かに上回っていた。

 三十匹もの狼に襲われたのだ。

 護衛達はその任務をまっとうするために馬車を逃がした。しかし、五匹の狼が馬車を追いかけてきたのだ。


「セバスチャン、もう直ぐそこまで――追いつかれます!」


 少女の悲痛な叫びが響く。

 セバスチャンと呼ばれた御者は一度目を閉じ、そして重い口調で尋ねた。


「お嬢様――馬車の扱いはできますか?」

「セバスチャン、なにを言っているのですか」

「ここは私が犠牲になってでも時間を稼ぎます。お嬢様はそのうちにお逃げください」


 セバスチャンがそう言ったときだった。


「後ろの狼を倒しても問題ないか?」


 突然現れた金色の少年がそう尋ねた。

 そう、その少年は突然、疾走する馬車に並ぶように空から現れ、いまも飛んでいる。


「あなたは――」


 少女が尋ねた。


「俺は水晶狼討伐の依頼を受けた冒険者だ。万が一囮役をしている線も考えて声をかけたが――その心配はなさそうだ」


 少年は少女を見ると、その場に止まった。後ろに遠ざかっていく少年に水晶狼が群がった、次の瞬間――狼五匹の喉を剣で斬り裂かれ、絶命していた。

 いつの間に剣を鞘から抜いたのかもわからない剣技に、少女は頬が熱くなるのを感じた。


「セバスチャン、馬車を止めて! 狼は討伐されました!」

「なんですとっ!?」


 馬車が止まると、少女は馬車の扉を開けて降り立ち、スカートを摘まみ上げて少年の方に走っていった。


「五匹か――」

「あのっ!」

「なんだ?」

「お願いがあります! この向こうに私たちの護衛がいて、いまも狼と戦っているはずなのです。どうか、どうか助けてください」


 少女が涙を浮かべてそう懇願する。


「数は?」

「……二十匹を越えています」


 少女は俯き言った。

 数が多いと聞くと、頼みを受けてもらえないかもしれないと思ったからだ。

 しかし、命の恩人に嘘をつくことはできなかった。


「ちょうどいい――数が少ないと思っていたところだ。狩ってこよう。悪いが、その狼を馬車に乗せ……は無理か。とりあえず、角だけ持っていくか」


 少年は少女たちが乗っていた馬車を見てなにか諦めたように、早業で角を切り落とすとそれを持ち浮かび上がった。


「あとで護衛が襲われた場所にきてくれ。狼を倒して待っていよう」

「はい、わかりました!」


 その後、少女は急ぎ、馬車を引き返した。


 さっきまで魔物が襲われていた場所――そこでは護衛をしていた者が全員無事、生き残っていた。


「少年が現れ、一瞬で狼を全滅したんだ。水晶狼っていえば、一匹一匹がレベル20相当の強敵なのに」

「俺、酷い出血で死ぬかと思ったんだが、突然現れた少年が回復魔法を使って治してくれたんだ。見てください、首の傷跡も綺麗になくなって」

「あれはきっと名のある冒険者に違いない。ゴールド……いや、プラチナランクの冒険者かもしれません」


 護衛たちは口々に少年を褒めたたえる。


「それで、その少年はどちらへ?」

「いえ、それが『そろそろ帰らないと時間がないな』と言い残し、狼の死体と角を持ってどこかに飛んで行ってしまったのです」

「そうなのですか」


 少女はそう言って空を見上げた。


「お嬢様――わかっておられると思いますが」

「安心して、セバスチャン。私はあの方の名前すらわからないのです。二度と会うこともないでしょう。それに、不本意な婚約とはいえ、親が決めた相手から逃げるつもりはありません。モーランド伯爵家の娘として――」


 少女はそう言うと、頑張って自分を逃がしてくれた馬を優しく撫でて続けた。


   ※※※


「はっくしょん」


 ディータの姿から戻ったアルトゥルは盛大なくしゃみをして、鼻をすすった。


「しかし直ぐに見つかってラッキーだったなぁ。人助けもできたし言うことないや」


 ディータとしてもらった報酬は一度収納する。

 討伐報酬銀貨五十枚、さらに水晶狼の角の買い取り価格銀貨八十枚。そのうち

 銀貨百三十枚のうち一割、銀貨十三枚が税金となる。

 お金が入ってくるのは少し先だろうけれど、これを続ければ少しは我が家の料理も豪華になるんじゃないだろうか? とアルトゥルはうきうき気分で食堂に向かった。


「……え?」


 その日の夕食は、いつもの料理よりもさらに貧しかった。

 その事情をリヒャルトは語る。


「実はな、水晶狼の討伐依頼を冒険者ギルドにかけていてね、それがようやくなされたのだよ。なんでも飛翔の魔法を使い、僅か半日で仕事を終えて戻ってきたらしい」

「それはおめでとうございます、父上。そのような冒険者が領地に訪れてくれたのは神の思し召しですね」


 隣に座るアルトゥルの兄――タンクレート・フォン・ホーエンドフトが嬉しそうに言った。


「ああ。だが、その数が少し多くてな。討伐報酬として銀貨五十枚を直ぐに払わなくてはいけなくなった。その一割とさらに角の売却費用分の税金が数日後に入ってくるが、それまでは我慢してくれ」

「え……そんな狼を退治したせいで」


 アルトゥルはそう言って肩を落とした。


「アルトゥル。街道の治安の維持は貴族の役目だ。山脈の水晶狼には父上も頭を悩ませていた、それが解決できたんだ。喜ばしいことじゃないか」

「そうよ。我慢という言葉を覚えなさい、アルト」


 タンクレートの言葉を継ぐように、さっきまでアルトゥルと同じように不満顔だったエリーザベトが注意をした。

 アルトゥルは肩を落とし、今度から依頼主の確認をしっかりと行い、領主からの依頼は割引か無償で引き受けようと心に誓った。

 アルトゥルがそんなことを考えているとは露にも思っていないリヒャルトは、笑顔で言う。


「安心しなさい。明日の夕食は豪勢な物を用意しよう」

「え? 何故ですか?」


 夕食がいい物になるのは嬉しいが、しかし


「明日、お前の婚約者がこの屋敷に訪れることになったからな」


 アルトゥルはその言葉を聞き、固まって何も言えなくなったのだった。

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