転生勇者は人生を満喫したい

~レベルが9999になったので、とりあえず転生して二周目行ってみます~
時野洋輔
時野洋輔

お金を稼ぐ方法

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年2月9日(火) 23:10
文字数:4,171

 貴族の収入の大半は、税である。ホーエンドフト家の場合、領民の九割以上は農民である。農民にはお金ではなく収穫された作物の一部を税として納めさせ、それを商人に売ってお金にしている。


「では、エリーザベトお嬢様は収入を増やすにはどうしたらいいと思いますか?」


 教師がそう尋ねた。


「はい! 税を上げればいいと思います」

「それでは領民が困っちゃうよ、義姉さん」


 重税はいつの時代も人々に困窮をもたらし、反乱を誘発させる。


「では、どうすればいいの?」

「領民を増やすとかじゃないかな?」

「ええ、その通りですね。さすがはアルトゥル坊ちゃまです」


 教師はアルトゥルを褒め、エリーザベトが拗ねた顔を浮かべ、並んで座っているアルトゥルの脛を蹴った。全然痛くないが。

 ホーエンドフト家は貧乏で食事は質素であるが、母の意向により週に一度教師を招き、こうして勉強の時間を設けている。

 アルトゥルの兄が亡くなれば、次期領主という面倒な鉢が回ってくるのはエリーザベトかアルトゥルのどちらかということになるから、それは当然とも言えたが、ふたりにとっては面倒だった。

 エリーザベトは勉強よりも実戦派だし、アルトゥルもお金を稼ぐ方法を考えるのに集中したかったからだ。


(領民を増やすっていっても、税として収入が確かになるのは何年――下手したら十年以上先のことになるしなぁ……)


 アルトゥルの目的は、いますぐお金を増やすことだ。


「先生、直接税金が納められることはないのですか?」

「もちろんありますよ。報酬として貨幣を得て仕事をしている者は、税を貨幣として納めています。たとえば先生は今日大銅貨を五枚貰いますが、そのうちの一枚は税金として納める義務があります」

「じゃあ、私たち貴族はなにもしないで大銅貨一枚を貰えるの? 働かなくてもいいじゃない」

「ふふふ、そういうわけではありません」


 教師はエリーザベトの言葉を笑って否定した。


「貴族の方々はそのお金を使って、領民の暮らしを豊かにする義務があります。街道の整備、治安の維持――ええと、道を綺麗にしたり、人々が悪さをしないように兵士を雇ったりするのにお金を使わなければいけません。それを管理するのが、貴族の仕事なのです。そういう立派な貴族の領地には人々がいっぱい集まって、税がいっぱい増えるのです」


 つまり、今日の授業の内容は、豊かな生活を送りたければ立派な貴族にならないといけないというものらしい。もっとも、次期当主になる予定のないアルトゥルにとっては馬の耳に念仏だ。


(僕が直接お金を稼いで渡しても、出所を怪しまれる。毎回毎回倉からお金を見つけるわけにもいかない。でも、お金を稼いでいっぱい税金を納めたらいいんじゃないだろうか?)


 短絡的な考えに思えるかもしれないが、しかしそれは理にかなっていた。

 先ほど、教師は領民の九割が農民だと言っていたが、ホーエンドフト家の収入の半分以上は農民以外からの税金のほうが遥かに大きいのだ。

 王都で働く者の中には、農民一万人分の税を賄えるくらいの額を税金として納めている者もいる。アルトゥル自身がそうなればいいのだ。

 なら、アルトゥルにできる仕事はなにか?

 交易商? 転移魔法を使えば遠くの特産品を安く入手することができるし、収納魔法があれば馬車の必要もない。移動も飛翔を使えばいい。

 ただ、元手が必要なことに加え、一度に大量の商品を運べば怪しまれる。関税などの問題もあったはずだし、商売の許可証も必要なはずだ。


(ならば、僕ができることは――)


 アルトゥルが考えを巡らせていると、教師が声をかけた。


「坊ちゃま?」

「え?」


 深く考え込んでいたせいで、授業の方が疎かになっていたようだ。


「すみません、聞いていませんでした」

「聞いていないもなにも、もう授業は終わりましたよ。エリーザベトお嬢様は既に庭に遊びに行かれました」

「あっ! 失礼します」


 アルトゥルはそう言うと部屋を飛び出した。

 いまは正午なので、夕食まであと六時間はある。朝ご飯と夕ご飯だけだとお腹が空く。アルトゥルはこっそり収納魔法から魔物の干し肉を取り出して食べながら考えた。


(勇者だった頃の僕ができるのは魔物を狩ることくらい。でも、子供が魔物を退治してお金を稼ぐのも問題がある……)


 家を出て一人になれば、そういう柵《しがらみ》も幾分かマシになるのだが、アルトゥルにとって今の家族を捨てるという選択肢はなかった。いくら過去の記憶を引き継いでいるといっても、アルトゥルとしての人生を否定するつもりはない。

 ディータにとっては赤の他人であっても、アルトゥルにとってはエリーザベトは義姉だし、両親や兄も家族であった。


(それなら――)


 アルトゥルは芝生に手を当てて魔法を唱えた。


土の人形アースドール


 魔法を唱えると、芝生がめくれ上がり、中から土の人型の人形が現れた。

 そして、


光の幻想イリュージョン


 幻を重ねがけする。すると、そこに現れたのは金色の髪の青年、アルトゥルの前世――ディータの姿があった。

 無限迷宮に現れる高レベルの魔物相手にも通用するこの魔法を使えばバレることはない……が。

 人形を操作するにはアルトゥルが近くにいる必要があるし、なによりこれだと土人形の目で見た情報が入ってこない。


「そうだ!」


 アルトゥルは思いつきで人形を大幅に改造することにした。

 上半身の部分に乗り込める形にしたのだ。

 まるで竹馬に乗っているような感覚だが、しかし驚異的なバランス感覚と魔法の技術のお陰で動きに不自由はなかった。

 そのうえで、収納からかつて使っていた装備を取り出して着用する。

 これなら、どこからどうみても一流の戦士にしか見えない。


「飛翔!」


 彼はそう言って空を飛びあがった。

 思いつきだったが、思っていたより自由に飛べる。誰かに見つかってはマズイので、幻を透明状態にして空を飛び、村の冒険者ギルド出張所を目指した。前にリヒャルトと一緒に街を見廻ったとき、場所を教えてもらったことがある。

 冒険者ギルドの出張所前で降り立ち、ディータの姿になって、手を握って開いてみた。本当は土人形の手なのだが、本物の自分の手のように動かすことができる。というより、子供の姿よりいまの姿の方がしっくりくるくらいだ。

 なにしろ、千年以上この姿で過ごしていたのだ――過去の記憶でも魂にこびりついているようだった。


「よし、これで……あ、声がおかしいか」


 アルトゥルは考えた。

 さすがに二十歳のこの姿で子供の声はマズイと。

 それなら――とアルトゥルは土人形の一部を削ぎ落し、十二歳くらいに見える姿になった。これなら、いまの声でもギリギリおかしくはないが装備が少し緩くなった。アルトゥルは装備を締め直し、建物の中に入った。

 冒険者ギルドは世界中に組織を持つ国際組織であり、ディータが地上で活躍していた時代にも存在したし、ディータも所属していた。少し懐かしい気持ちで建物の中に入る。

 場末の酒場みたい雰囲気だと思った。

 実際に酒を提供しているらしく、カウンターの向こうの棚に空になっている酒瓶が並べられている。

 勇者をしていた頃、他国の町ではよくこういう場所で情報を集めていたものだった。

 テーブルで酒を飲んでいる冒険者風の男たちを見ていると、昔を思い出してアルトゥルの顔に笑みが浮かんだ。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」


 そう尋ねたのは二十歳くらいの女性だった。


「仕事を探したい」


 アルトゥルはできるだけ声を低くするように言った。


「冒険者カードはお持ちでしょうか?」

「いや……」


 登録証ならディータのものがあるが、それは使えないだろうと思った。


「でしたら身分証をお持ちでしょうか?」

「持ってきていないな」


 アルトゥルの身分証なら家にいけばあるだろうが、それを使うわけにもいかない。

 使えないものだらけだと思った。


「それでは、まずは身分登録が必要になります。身元保証金として銀貨1枚が必要になりますがよろしいでしょうか」

「銀貨1枚か……道中魔物を狩ってきたんだが、その素材で払うことはできるか?」

「申し訳ありません。魔物の素材を買い取ることができるのは登録を済ませている冒険者のみとなります」

「水角もあるのだが……そうか、なら諦めるか」

「水角っ!? 少々お待ちください」


 受付嬢はそう言うと、カウンターの奥に向かった。

 予想通りだった。

 水角というのは、湖妖族という種類の魔物にある角で、空気中の湿気を貯めこむ物だ。角に強い刺激を与えるとその水が一度に溢れ出る。

 湖妖族は水を浴びたり水の中にいるとパワーアップする魔物なので、ことわざに、強者を怒らせることを「湖妖族の頭を叩く」と言われるほどだ。

 ここ最近、日照りが続いているため、水角が不足していると聞いたことがあり、それがあれば話が通るだろうと思った。


「お待たせしてすみません。奥の部屋にお越しください。所長がお待ちです」

 受付嬢が帰ってきて、俺を奥の部屋に案内してくれた。

「お待たせしました――水角をお持ちとか?」

「ああ、これだけある」


 アルトゥルはそういうと、最初から売却予定だったために収納から取り出して革袋に入れていた水角、それを十本渡した。


「これは……何という名前の水角ですか?」

「アクアドラゴンだ。水筒替わりに使っていたが、数が多くてな」

「アクアドラゴンの角っ!? それがこんなに」

「一本で百リットルの水を溜められる。なんなら試してみるか? 三日もあれば百リットル貯まると思うぞ」


 アルトゥルはそう言って、既に机の上に置いてから三割増しくらいに大きくなった水角を指で弾いた。水がピュッと飛ぶ。

 所長が息を飲み込んだ。

 既に部屋の湿度は大きく下がり、部屋が乾燥してきた。


「――全て買い取らせていただきたいのですが、ここは出張所のため即金で全額を支払うことができません。フランクラン支部でなら即時お金を支払うこともできますが――」

「払えない分は帳簿上で構いませんよ。それより、冒険者登録できないことのほうが問題でして」

「マルシャくん!」

「はい、所長。それでは、特例としてこの場で冒険者登録を先に進めさせていただき、銀貨一枚は買取金額から引かせていただきます。まずはお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「俺か……俺の名前は――」


 少し迷った。だが、アルトゥル意を決し、その名を名乗る。


「ディータ――かつて世界を救った勇者と同じ名、ディータだ」

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