プランディラの遺体は冒険者ディータの下男が発見したことになった。その体には傷ひとつなく、小間使いの男はディータが魔法で治療したと言ったが信じて貰えず、逆にその下男が逮捕されそうになった。
しかし、重傷だったヨハンの傷がわずかに癒え、犯人の風貌が明らかになった。その結果、その犯人が、かつてアルトゥルが剣術を学んだ剣士であることがわかり、下男は解放された。
名前はメネズィスであり、剣士としては一流で冒険者ギルドにも在籍していたことまでわかったが、事件後の消息は不明。その後の足取りはまったく追えていない。
葬儀は伯爵家の要望により准男爵家で行われたが、伯爵家からの参列者は誰も訪れなかった。
一番悲しんでいたのはエリーザベトであり、いまでも毎日墓に花を供えている。
自分の領地で貴族を死なせてしまったことへの罪は大きい。本来であれば当主のリヒャルトには多大なるペナルティが課せられることになるはずだったが、伯爵家は特に何も要求してこなかった。
そうすることでリヒャルトはモーランド伯爵家に大きな借りを作ることになり、自らの派閥に抱え込むという目標が達せられることになったからだ。
そして、事件から一年が経過し、アルトゥルは六歳になった。
「行ってきます、プラン様」
アルトゥルがプランディラの墓に声をかける。彼女の魂がこの中に眠っていないことは、誰より彼自身が一番わかっていたが、これは彼のけじめだった。
一年経過してもいまだに犯人の足取りを追えていない。しかし、仇を打つという約束は忘れない――そういう意味の篭ったけじめだ。
「アルト、今日は町に行くの?」
「はい。義姉さんも一緒に行きますか?」
「そうね……いいえ、今日はやめておくわ。また明日付き合いなさい」
エリーザベトは言った。
彼女はこの一年は、魔法の訓練に勤しんでいる。といっても、週に一度はアルトゥルが彼女の買い物や気晴らしに付き合わされるのだが。
聖魔錬金術――癒しの魔法を込めた魔道具を作り出すことができる魔法を覚える職業だ。いまのところ彼女ひとりで作ることができる魔道具は何一つ存在しないが、しかし着々とレベルを上げている。
レベルを上げるには、その職業に応じた訓練を積むか、魔物を倒すしかない。彼女は聖魔錬金術に関する書物を読み、理解することでその経験を積み、レベルを1から4にまで上げていた。
洗礼式を受けておらず、職業が決まってもいないアルトゥルはまだレベル1のままなので正直言って羨ましい。本来であればこの一年でレベル30になるくらいの魔物は裕に倒しているから猶更だ。
とはいえ、一年でレベルを三つも上げられたのは彼女が努力した証拠だ。プランディラの死が、彼女の努力の原動力となっているようだ。
心の中で義姉にエールを送り、アルトゥルは仕事に向かった。
勿論、まだ六歳の彼に与えられる仕事はない。両親たちは近くの森で遊んでいると思っているようだが、実際はディータとして冒険者の仕事をしている。
習い事の回数を増やそうと母のツィリーナは試みているようだが、いまのところ月に一度の勉学で既定の点数を下回るまでは保留にしてくれていた。その母も最近はもっぱら孫をかわいがることに夢中になっている。
タンクレートとオルティラの間に生まれた女の子で、名前はトゥティラと名付けられた。
プランディラが亡くなってからちょうど一カ月後に生まれたので、もしかしたら彼女の生まれ変わりじゃないかと思ったが、今のところその兆候は見つからない。
この一年間で、町も僅かに変化した。
まず、冒険者ギルドが出張所から支部になることが決まった。
ディータという凄腕冒険者がこの町で働いていることはこの一年の間に国中に広まり、いまでは魔物退治の依頼が国中から舞い込むことになった。
また、無限迷宮で狩った魔物の素材の中で価値の低いものから順番に放出している。アルトゥルにとってはゴミみたいな魔物の素材でも、この世界にとっては伝説級のお宝だからだ。
ディータが一年の間に稼いだ報酬は金貨十万枚を超え、その税金でリヒャルトはすべての借金の返済を終えることができたと喜んでいた。
そして、変化がもうひとつ。
町から離れた僻地に屋敷が現れたのだ。
ディータの屋敷だ。
莫大な金を稼いでいるのに自分の家がないというのは不便だった。
そのため、冒険者として活動を始めて三カ月目に屋敷を作らせ、九カ月がかりで屋敷が完成した。
リヒャルトの屋敷より僅かに小さいのは、彼への遠慮の気持ちがあった。
「旦那、お帰りなさいませ」
そう言って出迎えたのは、下男のアフェ――かつて、死体漁りをしていたところをディータが見つけ、プランディラの遺体まで案内させた男だ。
初めて会ったときは小汚い服装だったが、いまは仕立てた高い服に身を包んでおり、言葉遣いも丁寧になっている。見た目はおっさんだが、まだ十六歳なのだとか。
何を考えているのかよくわからない男で、いまだに信用していいかどうか悩むところもあるが、いろいろと気が利く男でなにかと重宝している。
幾度かわざと隙を見せて金や財宝を持ち逃げできる環境にしてみたり、ひとりにしているときに姿を消して観察したりしたが、裏切る素振りはいまのところ一度も見せていない。
「アフェ、なにか情報はあるか?」
ここでアルトゥルが言う情報とは、メネズィズに関する情報のことだ。
「犯人が不明の辻斬りがこの一カ月で七件あります」
「多いな……とりあえず全部調べてみるか」
アフェは国中で起こった辻斬り事件について調べてくれている。中には冒険者ギルドにすら届いていない情報もある。
アルトゥルは、その辻斬り事件について調べ、メネズィスの行方を追っていた。
「他に報告は?」
「冒険者ギルド出張所は五日後にホーエンドフト領支部として営業を再開し、前日にはささやかなパーティが開かれるそうです。旦那にも招待状が届いています」
「俺はいかん」
パーティは夜に行われる。
夜に家を抜け出すのは難易度が高い。アルトゥルとディータが同一人物だということは気付かれるわけにはいかない。洗礼式を終えていない子供がどうやって魔法を使っているのだとか、そういう説明をするのが面倒だ。
勇者の生まれ変わりだと言って信じてもらえるとは思えないし、信じてもらえたとしても新たなトラブルの火種になりかねない。
「アフェが代わりに出席してもいいぞ。そうだな――祝い金として金貨十枚くらい持っていけ」
「破格ですな」
「気にするな。他には」
「もう一つ、こちらはまだ招待状は届いていませんが、旦那をパーティに招待しようとする動きがあります」
またパーティか……とアルトゥルはため息をついた。
「招待状が断っておけ」
「それが、主催者はホーエンドフト准男爵家です。さすがに領主の誘いを断るのはマズイかと」
「……え?」
アルトゥルは思わず素の声でそう言った。
(お父様が? そんな話は全然聞いていないんだけど)
だが、これまでアフェが持ってきた情報に嘘はなかった。
「その話を誰から聞いたんだ?」
「ホーエンドフト家の人間が町で旦那の噂話を集めている情報を手にしました。冒険者としての活躍を調べるならわかるのですが、調べていたのは好きな料理や酒の種類でして、間違いなくパーティに誘う準備だと思われます」
「もしも断ればどうなる?」
「まぁ、旦那レベルの冒険者ならば准男爵家に睨まれたところで痛くもかゆくもないでしょうが、しかし旦那は平民ですから。平民をパーティに招待して断られたことが世間に広まれば、准男爵は世間から笑いものになる恐れもあります」
アルトゥルとディータが同一人物である情報までは知らないアフェにとっては別にいいかもしれないが、自分の父親が笑いものになるのは困る。
だからといって、ほいほいパーティに参加できるわけがない。ディータが参加している間、アルトゥルが行方不明になってしまう。そうなれば、アルトゥルは母に叱責され、外に遊びに行くのが禁止になる恐れもあった。
「急用を思い出した。留守を頼む」
「かしこまりました」
アルトゥルは屋敷を出ると、転移して屋敷近くに戻り、変装を解いて屋敷に戻り、執務室に入った。
「失礼します、お父様」
「アルト、また本を取りに来たのか?」
アルトゥルが執務室を訪れるのはたいてい本を借りに来るときなので、リヒャルトはアルトゥルを見るなりそう尋ねた。
「お父様に聞きたいことがあります。近々パーティを開くのですか?」
「どこでその話を耳にしたんだ?」
リヒャルトは意外そうな顔をして、小さな声で言った。
「まぁいい。もうすぐエリーの誕生日だろ? 去年はプランデイラ様のこともあって誕生会は中止になってしまったから、今年は盛大に盛り上げようと思ってな。エリーには内緒だぞ」
「あの、ディータ様もパーティに招待すると伺ったのですが」
「そうか、アルトゥルもディータ殿に興味があるのか。英雄といっても差し支えのない偉業の数々を打ち立てた冒険者だからな。あの方のお陰で、この領地の経営も上向きになった。知っているか? 冒険者ギルドは出張所から支部になるそうだ。どういうわけか私が冒険者ギルドに赴いたときはいつも留守で会えないからな」
そりゃ、できるだけ会わないようにしていますから――とアルトゥルは心の中で思った。
「でも、ディータ様は忙しい身ですし、いらっしゃらない可能性もあるのでは?」
「それはないよ、アルト。これでも私は貴族の末席に身を置き、彼は私の領地に住んでいる。もしもパーティに招待して理由もなく断られるようなことはないよ」
「ええと、断られる理由がるとすれば?」
「同じ日かその前後に、私よりも身分の高い者のパーティに招待されるか、もしくは国家から重要な依頼を受けるかだね」
アルトゥルは考えた。
どちらも難しそうだし、そうなったら問題もいろいろと起こりそうだ。しかし、この家のパーティにディータとして誘われるよりはマシなように思える。
「まぁ、そうなったらエリーの誕生会とは別の理由でパーティを開き、ディータ殿を誘えばいいだけのことだがな。はっはっはっ」
リヒャルトは笑って言った。
(ダメだ……お父様は是が非でもディータに会うつもりだ)
これまで会わないようにしていたのが裏目に出た。
それなら、偶然を装い会っておくか、それとも昼間のうちに訪問するか……いや、ここで会ってしまえば招待状関係なくその場でパーティに誘われてしまう。面と向かって断ることのほうが難易度が高い。
あぁ、くそっ、パーティの招待を断るのがこんなに面倒だなんて思ってもいなかった。
(ん?)
アルトゥルはある閃きを思いついた。
パーティの招待を誘いを断るのが面倒なのなら、それを逆手に取ったらいいのだ。
「旦那、本気ですか!?」
「ああ、ちょうど屋敷も完成したところだしな。准男爵殿を我が屋敷のパーティに招待しようと思う」
アルトゥルの作戦は、パーティの招待を受ける前にこちらからパーティを誘ってしまえというものだ。しかも日付をエリーザベトのパーティの日に合わせる。
リヒャルトの一番の目的はパーティでディータと会って話をすることだから、彼の目的はそれで果たせるはず。
そして、リヒャルトがパーティの誘いを断ったとしたら、それはそれで問題ない。こちらのパーティの誘いを断ったとなれば、今後パーティにディータを招待しにくくなるし、招待したとして、断る理由のハードルが低くなるはずだ。
「いろいろと問題がありますが」
アルトゥルの話を聞いてアフェは難しい顔をした。
「どんな問題だ?」
「まず、接待できる人間がいません」
「アフェにはできないのか?」
「あっしはこんな顔ですから」
「慣れれば愛嬌のある顔だと思うが」
猿みたいなその顔は、慣れれば可愛くも思える。それはアルトゥルの本心であったが、逆にいえば慣れないと難しいかと思った。
「次に、パーティに招待する理由がありません。同じ貴族ではなく、旦那は平民ですから。なんの理由もなくパーティを開き、貴族を招待するとなれば相手も警戒してくるでしょう」
「屋敷が完成したことを理由にするのじゃダメか?」
「先週、屋敷が完成したとき、屋敷の建築に携わった大工たちに食事を振舞いましたからね。豪華な料理が並んだという噂はすでに町に広まっています。ここで同じ理由で貴族を招待したら、旦那は貴族よりも大工を優先したということになってしまいます」
「ああ、くそっ。貴族ってなんて面倒なんだ」
アルトゥルは自分のことを棚にあげて文句を言った。
「ちなみに、冒険者が貴族をパーティに呼んでもおかしくない方法はどうしたらいい?」
「そうですね――冒険者ギルドでプラチナランクに上がれば貴族を招待するパーティを開いても……」
「そんなことでいいのか?」
「いやいや、旦那! プラチナランクですよっ!? 世界に十人もいない存在です」
「安心しろ、世界で俺ほど強い人間は二人といない」
「Sランクには何とか上がってやる。接客できる人間は雇おう。アフェ、伝手はあるか? 永続雇用できる腕の確かな者だ。あと、料理をできる人間も必要だな」
「王都に行けば見つけられます」
アフェは半信半疑という風に言った。
「助かる。予算は金貨二千枚までだ。候補を見繕え。最終的に俺が決める」
「この屋敷といい、さすが旦那はお金の使い方が豪快ですね。かしこまりました、最高の人材を揃えます――とりあえず手付金として先に金貨一枚いただけると助かります」
「ああ、持っていけ」
アルトゥルは金貨の入った袋の中から一枚をアフェに渡し、共に王都に転移した。
王都の中央にあるボロ部屋をアルトゥルは借りていた。
転移地点として利用しているだけなので、家具は一切置いていない。
「陽が沈むまでには戻る。お前が見つけた候補には明日会う」
そうしないと夕食に間に合わないからだ。
アフェにそう告げて、アルトゥルは王都の冒険者ギルドに向かった。
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