困っている様子のマルシャに、アルトゥルとエリーザベトが近付いた。
「マルシャさん、おはようございます」
「あら、エリーザベトちゃん、いらっしゃい。アルトゥルくんもおはよう。久しぶりね」
「おはようございます」
アルトゥルが頭を下げた。
エリーザベトは暇があれば冒険者ギルドに顔を出しているので、すっかりマルシャとは仲良しになっていた。領主の娘という立場ではあるが、しかし元々、領主のリヒャルトも領民たちとは友のように接する人だったので、貴族を敬うという感覚が他の町よりも薄いようだ。
「なんか大変みたいですね」
「ええ。エリーザベトちゃんもアルトゥルくんもあんな大人になったらダメよ」
マルシャがリーシアに聞こえないような小さな声で言った。
エリーザベトとアルトゥルは苦笑して頷く。
「それで、今日は依頼? 釣りの依頼は暫くお休みよ」
現在、湖では間もなく魚の産卵期に入る。そのため、湖だけでなく、池や川でも禁漁期間となり、釣りも禁止となっている。
「はい。今日はキノコ狩りの仕事を受けにきました」
「そうなの? ちょうどよかった。大量のキノコの採取依頼が入ったのよ」
キノコの採取依頼と聞いて、アルトゥルは嫌な予感がした。
キノコの採取は、本来であれば仕事がない暇な冒険者のために、領主――リヒャルトが所有する山でキノコを採って来る依頼であり、採取されたキノコは地元の市場や他の町に卸される。そのため、大量に依頼が入るものではない。
個人でキノコを大量に求める者――というと、アルトゥルは一人しか思い浮かばなかった。
アルトゥルは手を伸ばし、壁に貼ってあった依頼票を手に取る。
「あら、噂をすれば依頼人さんが来たわ」
マルシャの言葉とともに、先ほどまでリーシアに夢中になっていた男たちがその依頼人の方を見て声を上げていた。
アルトゥルはバッと振り返る。
冒険者ギルドの入り口に立っていたのは、予想通りというかレギノだった。
「レギノさんが依頼人なんですか?」
「ええ、そうです。種類は問わず、どんなキノコでもいいから適正価格で買い取るそうよ」
キノコが好きだと言っていたが、まさか冒険者ギルドに依頼するほどに好きだったとは。
「レギノさん! この子たちが依頼を受けてくれるそうです」
「はい――え? なんでここにディ――」
「はじめましてお姉さん! 話はエリー義姉さんから聞きました! 噂通り綺麗ですね!」
アルトゥルがレギノの声にかぶせるように笑顔で言ったが、同時に怒気を送る。
レギノはドラゴンだというのに蛇に睨まれた蛙のように汗を拭きだした。
「し、失礼。そういえば、そちらのお嬢様はリヒャルト殿の御息女でしたね。パーティでお会いしたのを覚えています。それでは、そちらの聡明そうなお坊ちゃまは」
「ええ、義弟のアルトゥルよ。聡明じゃないけどね。レギノさん、凄い汗だけど大丈夫?」
「そうでしたか、アルトゥル様ですか。初めまして、レギノと申します」
ぎこちない笑みを浮かべてレギノは頭を下げた。
誤魔化し方としては及第点だな。
その時だ。
さっきまで今日は仕事をしないぞという空気を纏っていた冒険者の男たちがマルシャの周りに来た。
「マルシャさん、キノコ狩りの依頼なら僕が受けるよ!」
「いや、俺が! 坊主、依頼票をこっちに寄越せ」
「実はキノコ狩り名人と呼ばれたことがあってな」
なんとかしてレギノとお近付きになりたい男たちがアルトゥルから依頼票を奪おうとするが、アルトゥルはレギノに目配せを行う。
「子供から依頼を奪おうとするなんて最低ですね」
冷ややかな声の中に篭った怒気に、男たちは震えあがった。
さっきアルトゥルにやられたことをそのまましている感じだ。
余程堪えたのだろう。
「じょ、冗談ですよ。僕はただ子供だけだと荷が重いかなって思っただけで……」
「そうそう、俺たちは善意で手伝おうとしただけで、坊主が仕事を受けるっていうのなら奪うつもりは……」
「そういえば、依頼で毒キノコばっかり集めて毒キノコ狩り名人って呼ばれてたんだった」
蛇に睨まれた蛙B、C、Dたちは口をパクパクさせながら言葉を紡ぐと、一斉に、
「「「失礼しました!」」」
と冒険者ギルドから逃げ出すように走り去っていった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!