転生勇者は人生を満喫したい

~レベルが9999になったので、とりあえず転生して二周目行ってみます~
時野洋輔
時野洋輔

冒険者ギルドの新人さん

公開日時: 2020年9月14日(月) 21:00
文字数:2,094

 軽い食事を終え、予定の時間より早く、アルトゥルとシータは部屋に戻った。

 アフェはまだ戻っていなかったので、カム婆さんが入れたお茶を飲む。

 かなり高級な茶葉で淹れられた茶葉だったが、カム婆さんが飲むためではなく、ディータのために用意しているらしい。


「うまいな」

「旦那様にそう言っていただけると嬉しいですよ」


 カム婆さんはそう言って朗らかな笑みを浮かべた。

 カム婆さんはアフェの育ての親という話だったが、元々、彼女は教会の修道女だったらしく、アフェはその孤児院で八歳から十二歳まで過ごしたそうだ。

 教会が取り壊され、スラム街で暮らしていたところ、今回アフェが住み込みの仕事の話を持ってきたらしい。


「旦那、戻りました」


 アフェが帰ってきた。言っていた時間より僅かに早い。


「それで、情報は?」

「売人三人、その売人の斡旋役の情報はわかりましたが、それより上はまったくです。ただ、斡旋役を探ってみたところ、どうも貴族が関わっている可能性が高いですね」


 アフェにしては少ない情報だと思ったが、この短時間で調べたことを考えるとこんなものだろうと思いなおした。


「なるほど。明日の午後二時頃、売人から薬を買おうと思う。場を整えられるか?」

「勿論です」

「よし、なら、今日は帰るか。お前は王都に残るか?」

「いえ、あっしもお供させていただきます」

「あ、あたしはここに残っていいですか? 今の話とこれまでの話、ちゃんと紙に纏めて提出しないといけないので」

「好きにしろ。ただし、一日分の給料はないと思え」


 アルトゥルはそう言うと、シータは、「その分経費として請求するんで大丈夫です」とウインクをして言った。


   ※※※


 翌日の昼。アルトゥルは思いもよらぬトラブルに見舞われていた。


「待ちなさい、アルト! 今日こそ私と付き合って、キノコの採取に行きましょ!」


 朝食後、お弁当を受け取戸たアルトゥルはいつものようにこっそり家を抜け出すつもりだったが、エリーザベトに見つかったのだ。


「義姉さん、ごめん、今日は用事があるんだ」

「そんなこと言って、昨日も付き合ってくれなかったじゃない。義姉の言うことは絶対! そうでしょ!」

「そうだけど、でも僕にも予定が――」

「アルトの予定と私の予定、どっちが大事か言ってみなさい」

「……義姉さんの予定です」


 アルトゥルはため息とともにそう答えた。

 こうなったらアルトゥルはもうエリーザベトに逆らうことができない。

 幸い、薬の売人と会うのは午後にしている。

 午前中になんとか終わらせよう。

 アルトゥルはそう誓い、エリーザベト義姉さんと一緒にキノコ狩りに行くことにした。


 まずは依頼書を確認するために冒険者ギルドに向かう。

 冒険者ギルドホーエンドフト支部の建物は、建ったばかりなのでとても綺麗だった。

 扉を開けると、何人かの冒険者がテーブルに座って何やら楽しそうに話していた。

 ただ、どうもその男の人たちの視線が一点に向かっている。


「ねぇ、見て。アルト。あそこ――」


 エリーザベトもまた男と同じ方向を見ていた。その視線の先にいたのは、見慣れぬ冒険者ギルドの職員だった。かなり厚化粧だ。この街で普段から化粧をしている人は皆無といっていいほどで、准男爵夫人であるツィリーナでさえも化粧をするのは社交の場に出るときくらいだ。


「凄い美人ね」

「そうかな……化粧の濃い人は僕は苦手だよ」

「アルトは子供ね。でも私もあの化粧はちょっと苦手だわ。ディータ様の屋敷にいた使用人さんたちの方が自然に綺麗な化粧をしていたし。見かけない人だけど、新しい職員さんかしら?」


 エリーザベトが職員かどうか疑問に思ったのは、彼女は仕事を一切せずに、自分の髪の手入れをしていたからだ。他の職員は忙しそうに動き回っているにも拘わらず。

 他の職員はなにも思わないのだろうか?

 忙しくて新人に仕事を教える暇がないのだろうか?

 そう思っていたら、マルシャが少し苛立っている様子で声をかけた。


「ちょっと、リーシアさん! そんなところで髪を弄っていないで、こっちの仕事を手伝ってください」

「お断りします」


 リーシアは視線を変えずに言った。


「私はプラチナランクの冒険者、ディータ様の専属受付嬢として派遣されてきました。他の業務の手伝いは入っていません」

「そんなこと言って、ディータ様はあなたが派遣されてから一度もここに来ていないんだから、あなたはまだ何も仕事をしていないでしょ!」

「それなら、ディータ様を待っている間に身だしなみを整えるのも私の仕事です。田舎者のあなたではないのですから、どんな姿でもいいというわけではありません。これは冒険者ギルドのグランドマスターからの命令です。支部の受付嬢であるあなたがとやかく言う問題じゃありません」

「ぐぬぬ……」


 マルシャがそれ以上何も言えずに押し黙る。

 アルトゥルはいまの話を聞いて、パーティが無事に終わったことで専属受付嬢の話をすっかり忘れていたことを、いま思い出した。


「美人だけど性格は壊滅的ね」

「うん、そうだね。ディータ様も困るんじゃないかな」

「ああいう女に限って、狙っている男の前じゃ粗を見せないものよ」

「……ばっちり見せてるけどね」


 アルトゥルはぼそりと呟いた。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート