レベルが9999になった。
それは達成感というよりかは虚無感に等しかった。
彼――ディータはかつて勇者と呼ばれた存在だった。女神に力を与えられ、世界中の人々の期待を一身に背負い、邪神と戦う使命を帯びた。
十歳に旅に出たディータ幾多もの苦難を乗り越え、二十歳のときに邪神を打ち滅ぼし、世界を破滅から救った。
だが、それが彼にとっては不幸の始まりだった。
彼がそのことに気付いたのは十年近い歳月が過ぎた頃だった。
体が二十歳のときから全く老いないのだ。
エルフのような長命種ならともかく、普通の人間が二十歳のころから姿を変えずにいられるはずがない。
調べた結果、邪神の返り血を浴びたディータはその呪いにより不老の体になっていた。
老いないということがどんなに残酷かは語るまでもない。
ただ、不老であっても不死ではない。
自殺をすることも考えたが、彼は結局自分で自分の命を捨てることはできなかった。共に戦って死んだ仲間、生きたくても生きられなかった仲間に対し、それはあまりにも不義理だったからだ。
彼は三十になって暫くした後国を出て、世界中の迷宮に挑んだ。
そして百歳を超えた彼は無限迷宮に挑むことになった。
底無き迷宮と呼ばれる迷宮。彼は四百年以上をかけてその迷宮の底に辿り着き、それから五百年以上、ひたすら戦いを続けた。
レベルが上がるごとに、いろいろな不思議な魔法の力を手に入れた。普通、レベルが上がって覚えるのは、その職業に応じた魔法であり、ディータの職業は光の魔法戦士。
覚える魔法は光属性の魔法に限られる。
だが、彼のレベル2500になったときに覚えたのは、『飛翔』の魔法という本来であれば風に属する魔法だった。
レベル5000になったときに覚えたのは、どんなものでも収納できるという属性とかそんなものを無視した魔法だった。
レベル7500になったときに覚えた魔法なんて一度登録した場所にいつでも移動できる、とても便利な魔法だったが、いまさら地上に戻るつもりは彼にはなかった。
他にも様々な属性の様々な魔法を覚えた。
そして、レベル9999になった。
「『光の道標』……反応はない……か」
魔法、『光の道標』。
次回のレベルアップまでに必要な経験値の値が大体わかるという大雑把な魔法。
自分にかけて、白く光ればまだまだレベルは上がらない。黄色に光れば半分くらい、赤く光ればもうすぐレベルが上がる――といった具合の魔法なのだが、レベルが9999になってすぐに光の道標を使っても何の反応もなかった。
そう、彼は千三百年の歳月を重ね、レベルを最大にまで極めてしまったのだ。
別にレベル9999を目指すために無限迷宮に籠もっていたわけではない。
それでも、レベルが上がる。強くなる。それは小さな変化であったが、老いることのない彼にとっては生きている証でもあった。
「もう……いいか。これもラックリーナの導きの結果だ」
そう思うと、意外とこの退屈な人生の大半も悪くなかったように思えてきた。
なんの変化もない日常を過ごすくらいなら、潔く死を選ぼう。
もう地上にも千年以上戻っていない。彼と出会った人間は誰もいないだろう。
彼は剣を握った。
「あぁ……そうだ」
レベルが限界まで上がったのだ。
何かスキルを覚えているかもしれない。
彼は辛うじて原型をとどめている一冊の本を取りにいった。
特別な紙で作られたその本であっても、千年以上の年月によりボロボロになっている。
これはスキルの書と呼ばれる本だ。
所有者が覚えたスキルの一覧が表示される書物だ。その書物の最後の一頁を見て、彼は眉をひそめた。
「……なんだ、この魔法」
ところどころ虫食いになっていて、全文読むことができない。
しかし、そこに書かれていた内容を読むと、魔法対象のレベル1にする魔法らしい。ただし、相手の許可が必要だとも書かれている。
それ以外にもいろいろと書かれているようだが、本を凝視しても傾けても裏から読んでも詳しい内容はわからない。
(レベル1にする……か)
レベル1になったら、この階層に湧き出る魔物と出会えば直ぐに死ぬことになる。
自殺するよりかは遥かにいいと彼は思った。
死にたいと思ったときに、この魔法を覚えたことに、彼は女神に感謝した。
「みんな……もうすぐ行くからな」
彼はそう言ってスキル書に書かれた魔法を唱えた。
こうして、勇者ディータの人生は幕を閉じた。
彼は最期の時を迎えるまで知らなかった。
それは、ただレベル1になる魔法ではないことを。
その魔法の名前は、「転生」。
レベル1になるだけではなく、新たな人生を始める転生の魔法であることを。
魂の存在となった彼は女神に導かれ、新たな生命として生まれ変わる。
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