サルゲニア王都。人口三百万人。
サルゲニア王国の中心地であり、国中の富が集まる地である。
『サルゲニア王都に住まざる者、真のサルゲニア国民にあらず』と言われる程に選民意識の強い者も多い。
そのためか、彼らはせっせとバカ高い税金を納め、市民権を維持し続けている。
もしも市民権を維持できなかったものはどうなるのか?
それがこの王都の裏の顔だ。
「相変わらず酷い臭いですね、旦那」
アフェが笑いながら言う。こんな風に笑っていると、本当に臭いと思っているのかどうか疑問になるが、確かにこの場所は臭い。
王都の城壁の外、スラム街と呼ばれる場所をアルトゥルは歩いていた。
スラム街で辻斬り事件が頻発しているという話を聞きつけてやってきた。
プランディラを殺した犯人――メネズィスである可能性があるからだ。しかし、スラム街では刃傷沙汰は日常茶飯事であり、衛兵が介入してくることがないから情報も少ない。
これまで七度、スラム街で辻斬り犯を確保したが、そのうち四人は変な薬の中毒者で、二人は物取り。その六人はスラム街を取り仕切る男に身柄を引き渡した。
どういう扱いになるのかは知ったことではない。
そして一人は呪われた剣を持ったがために、その剣に操られていた憐れな男だった。剣に操られた男は、既に動く死体隣果てていたため、剣を破壊すると同時に砂となって消えた。
そんな過去の経緯もあり、今回もあまりいい結果にはならないだろうと思っていた。
「旦那、ちょっと待っていてください」
「あぁ」
アフェが情報を集めにいった。
なんでも、アフェも元々このスラムに暮らしていたことがあるらしく、顔馴染みの者も多いそうだ。一年、小間使いとして雇ってはいるが、いまだにアフェという男の素性はつかめない。
「いやぁ、さすがご主人様。スラム街でそんな高そうな服を着ているのに、誰も襲ってこないですね」
横から少女が茶化す。
彼女はシータ。盗賊ギルドの諜報員であり、そしてディータに仕えるメイドでもある。
スラム街の調査をすると言ったらついてきた。
レギノも一緒に来たいと言ったのだが、この臭いは嗅覚の鋭い真竜には辛いので留守番を命じた。
「なんでここに来たんだ?」
「ご主人様、あたしが盗賊ギルドの草だって知っていますよね。あぁ、最初からバレているのは知っていますから。本来なら、諜報員が身元をバレると一目散に逃げ出す必要があるんですけど、屋敷の周囲を偵察していた草が全員追い払われた以上、あたしが出て行くことはできないんですよね」
「随分と口が軽いようだな。それより、俺の質問に答えていないようだが」
「だから、仕事ですよ。スラム街は盗賊ギルドの管轄ですからね。こうしてご主人様と一緒に行動することで、あたしは仕事をしていますよとアピールしているわけなんです」
スラム街を取り仕切っているのが盗賊ギルドであることは、随分と前にアフェから聞かされていた。
「この際聞いておくが、盗賊ギルドが俺を警戒する理由はなんだ?」
「まぁ、ご主人様は強すぎますからね。それに、秘密の匂いがぷんぷんしますから。あたしじゃなくても調べたいって思いますよ」
「過ぎたる好奇心は身を亡ぼすことになるぞ。少なくともアフェは俺のことを探ろうとはしなかった」
「アフェさん……確かにあの人も変な人ですよね。底が見えないという意味ではご主人様には負けますが」
「勝負をした覚えはない」
「勝負にならないですからね。アフェさんの不戦敗です」
そう言ってシータは無邪気な笑みを浮かべた。
底が見えないのがアフェなら、あえて底を見せるようにしているのがこのシータだ。
アフェは自分の素性をあまり話したがらない。スラム街に住んでいたという話も、この町に来て顔見知りに声をかけられて、ようやく話してくれたくらいだ。
それに対し、シータはアルトゥルの質問に、求めている以上の答えを提示する。
そうすることで、彼女はアルトゥルの信頼を得ようとしている。
諜報員であることを知られている以上、アルトゥルからの自発的な情報の提供を受けようとしているのだ。
「旦那、情報を集めてきました」
アフェが戻ってきた。しかしその顔は露骨に残念そうにしている。
「その様子だと目ぼしい情報はなかったようだな」
「いえ、情報はありました。今回の辻斬り犯は、既に捕まっているそうです。例の薬の服用者でした」
「その男の情報は?」
「メネズィスではありませんね。傭兵崩れの男でした」
「そうか……」
エリーザベトに山菜取りに誘われそうになったのを躱して来たというのに、とんだ無駄足だった。
「しかし、また例の薬か……面倒だし、薬を服用している奴ら全員を根絶やしにするか」
「旦那、本気ですか?」
「冗談だ。根絶やしにするのは薬の元の方だ。誰が作って売りさばいてるか、流通を調べられるか?」
アフェはちらりとシータを見た。
盗賊ギルドの出方が気になったのだろう。
「二時間程時間をください」
「わかった。二時間で部屋に戻ってこい。来なかったら俺は今日は先に帰る。明日迎えに来るから、今晩は部屋で婆さん孝行でもしてるんだな」
「それも捨てがたいですが、二時間で戻ります」
アフェは笑って、そしてスラム街の中に消えていった。
再びシータと二人きりになる。
「薬は盗賊ギルドとは関係ないんだな?」
「あたしが知る限り無関係です」
「なら、潰して文句を言われる筋合いはないな」
アルトゥルはそう言って、王都に向かう。
王都の中に通じる秘密の抜け穴の前にはゴロツキが二人待ち構えていて、ここを通ろうとするのなら通行料が必要なのだが、二回ほどぶん殴ってからは顔パスで通れるようになった。
「しかし、二時間か。暇になったな。シータ、何か旨い飯の店はあるか?」
「飲み物は葡萄酒と麦酒、どっちがいいですか?」
「俺は酒は好まん。牛乳で頼む」
「なら、とっておきの場所がありますよ」
シータはそう言うと、アルトゥルに腕を絡めて引っ張るように歩きだした。
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