転生勇者は人生を満喫したい

~レベルが9999になったので、とりあえず転生して二周目行ってみます~
時野洋輔
時野洋輔

釣りデート

公開日時: 2020年9月1日(火) 17:39
文字数:4,281

 第六話「釣りデート」



 無事に冒険者登録を済ませたアルトゥルたちは、ついでだからとここで些細な軽食を取ることにし、ミルクとパンを注文した。

 この国では、皆、食事は朝と夕方の二回だけで済ませる。その習慣は貴族であろうと平民であろうと変わらない。

 ただ、お腹が空けば昼から三時までの間に軽い食事をすることもある。アルトゥルの家では週に三回ほど、侍女が簡単な焼き菓子を作り、それらを皆で食べることかある。

 ヒシャルトの補佐をしてお金をもらっているタンクレートも、町でよく食べ物を買ってはその一部をアルトゥルやエリーザベトに分け与えていたし、リヒャルトも執務室でこっそりと果物の洋酒漬けを食べているところを目撃していた。

 ただ、こうして自分のお金で食事をするというのは初めてのことだった。


「お父様には内緒にしてください。無駄遣いしたらあとでうるさいのです」

「あら、それでは先ほどのお礼に私がお支払いしましょうか?」

「そんなことがバレたら義姉に怒られます。義姉さんは父の十倍怖いんです。あ、僕が義姉さんのことを怖いといったのも内緒にしてくださいね」

「まぁ、次から次に内緒が増えていきますわね」


 そう言ってプランディラは笑った。

 さっきまで魔物のことしか話せなかったアルトゥルだが、不思議と会話が続いた。

 こうして冒険者ギルドのテーブルを囲み、一緒に料理が来るのを待っていると、冒険を終え、仲間と一緒にたわいのない会話をしたときのことを思い出させ、口を滑らかにしているのだろうとアルトゥルは思った。


「冒険者ギルドって僕が思っていたより平和な場所なんですね」

「アルト様はどんな場所だと思っていらっしゃったの?」

「僕たちみたいな人が入ってきたら、『ここは女子供の遊ぶような場所じゃねぇんだ』とか言って絡まれるとか思っていました」


 アルトゥルは、むしろ絶対に絡まれると思っていた。

 ディータは勇者としての顔と名が知れ渡る前、冒険者ギルドでなんども他の冒険者に絡まれたことがあったからだ。というより、初見の場所ではほぼ百パーセント絡まれていた。冒険者の縄張りなどもあるのだろう。

 そのため、二度訪れて二度とも平和に登録が終わったことに、安堵どころか戸惑いのほうが大きかったのだ。


「まさか、そんなことはまずありまえませんよ。冒険者ギルドの施設内で問題を起こしたら、登録抹消扱いになり、最悪は憲兵に突き出されて投獄の身になります。ギルドの口座内のお金は差し押さえられますでしょうから、よほどの愚か者でない限りそのようなことはしません」

「え? そんなことで登録抹消されるんですか?」

「当然です。組織には秩序が求められますから」


 そう言われ、アルトゥルは自分の知っている冒険者ギルドと全然違うのだと痛感した。彼の知る冒険者ギルドの内部は、秩序とはもっとも縁遠い場所だったのだ。

 アルトゥルは、運ばれてきたミルクとパンをプランディラと一緒に食べながら、先ほどの話について考えていた。


(だとしたら外に出てから襲われるのかな?)


 冒険者ギルドの外ならば襲ってもバレない。

 外に出て脇道に入った途端、突然現れた冒険者が『この俺様が新人に教育を施してやろう。ただ、俺の教育はやや実践形式の訓練で、骨の一本や二本が折られることは覚悟しておくんだな。なぁに、教育の費用はお前の持ち金全部でいいぜ』とか言ってくるんじゃないかな。

 ティーダのときは、そういうバカを返り討ちにするのがいつものことだったがちょっと楽しかったりもした。


(襲ってくる可能性があるとしたら、後ろにいるおじさんかな)


 いかにも強面な冒険者が、先ほどからアルトゥルとプランディラのことをチラチラと見ている。殺気は感じられないし、嫌な感じもしないが、しかし先ほどから機会を見計らっているかのような動きをしている。

 位置的に、セバスチャンも気付いていないだろうと、アルトゥルは一人で警戒していた。


「でも、せっかく冒険者ギルドに登録できたのですから、なにか依頼を受けていですわね」

「そうですね。魔物退治は難しいかもしれませんし、今日中に帰る必要がありますから遠出の仕事はできませんね」


 僕はそう言って、依頼表を見て、


「魚釣りなんて依頼もあるのですね」

「まぁ、アルトゥル様はもう文字を読めるのですね」

「ええ。お父様は古文書の解読の仕事をしていますから、将来手伝えるのなら手伝いたいと思い、基礎文字は覚えました。応用文字はまだ読めませんが」

「それでも立派ですわ」


 プランディラが褒めてくれたとき、先ほどまでこちらを見ていた男が立ち上がった。僕は警戒し、つい癖で剣は持っていないのに手を腰に当ててしまう。


「なぁ、坊主、嬢ちゃん。さっきから話を聞いていたんだが冒険者ギルドの依頼を受けたいだ? 本気で言っているのか?」

「ええ、本気ですわ」

「ダメですか?」


 アルトゥルが警戒しながらそう答えると、男は歯を見せて不気味な笑みを浮かべた。


「なら、俺と一緒に釣りに行かないか? 冒険者ギルドが管理している池の釣りだ。これも立派な仕事だぞ」

「え?」


 アルトゥルは思いもしなかった言葉に戸惑った。


「安心してください、そのハンスさんは見た目はそんなですが、子供に優しい冒険者で、しかも釣りの名人です。新人教育係も兼ねているので、時間があるのならどうぞ行ってきてください。楽しいですよ」


 警戒して損した――とアルトゥルは内心でため息をついた。

 先ほどからチラチラとアルトゥルたちの様子をうかがっていたのは、食事を食べ終わって、話すタイミングを計っていたようだ。


「アルト様、どうなさいます?」

「そうですね、夕食まで時間はありますし、せっかくのご厚意です。甘えましょうか」

「はい、そうなさいましょう」


 二人のやり取りを見ていて、ハンスは驚いたように、「しっかし、貴族の子供ってのは全員坊主や嬢ちゃんみたいにしっかりしてるのかね……」と言ったのだった。


 ハンスに案内された三人は、近くの池のほとりについた。近場はあまり深くなく、これなら間違えて池に落ちてしまっても溺れることはなさそうだ。


「坊主、エサの付け方はわかるか?」

「はい、わかります」

「エサはこのキジを使ってくれ」


 キジとはミミズのことだ。

 アルトゥルはナイフでミミズを二つに着ると、針につける。


「プラン様の分のキジもつけましょうか?」

「いいえ、結構です。母と釣りをしたことがありますから」


 伯爵家の御令嬢としての教育だけでなく、冒険者としての英才教育も受けてきたのか、プランディラはミミズを気持ち悪がらずに針につけた。


「じゃあ、俺もやるか。いいか? 今日は釣り竿を振るう訓練だけしてくれたら――」

「えいっ!」


 プランディラは話を聞かずに竿を振るった。ふわふわと浮かんだ針は、少しだけ魚がいる位置からずれた場所に着水した。


「ほぉ、いい動きだ。落ちた場所もいい」

「じゃあ僕も――」


 アルトゥルはそう言うと、釣り竿を振るい、即座に引いた。

 早速、小魚を一匹釣り上げることができた。

 本当はもっと大きな魚を釣ろうと思ったのだが、手加減した。

 しかし、手加減不足だったようで、


「アルト様、いまのはいったい」

「坊主っ!? お前――」


 気付けば、プランディラもハンスも、そして何も言わないがセバスチャンも驚きの目でアルトゥルを見ていた。


「あ、偶然ですよ、偶然」


 手を抜く加減が難しかった。

 言えるわけがなかったのだ。ディータだったころ、無限迷宮の地底湖で釣りに嵌っていたことがあり、その腕は名人が裸足で逃げ出すレベルだと。


「……ははっ、そうか、ビギナーズラックか」


 ハンスはそう言って納得させ、プランディラはアルトゥルを見て、


「アルト様。私にいまの釣りの仕方を教えてくれませんか?」


 と教えを請うた。

 偶然だと言っているのに全然信じてもらえないようだ。


「……わかりました」


 教える立場じゃないと思ったが、しかしプランディラが技術を上げれば、自分の釣りのレべルが少しだけ世間から逸脱していても相対的に目立ちにくくなるんじゃないかな? とか考え、アルトゥルは釣り指導を引き受けた。

 本来、教育係であるハンスは黙ってそれを見ていた。


 三十分後。


「見てください、アルト様! 池の主を釣り上げましたわ!」

「凄いです、プラン様!」


 プランディラはセンスがよく、いまでは最初に見せたアルトゥル以上の動きで魚を釣り上げていた。

 アルトゥルは手加減をして十七匹、アルトゥルに釣りの方法を伝授されたプランディラは二十二匹、ハンスは三匹の魚を釣り上げ、これ以上釣ったら池から魚がいなくなるとセバスチャンに言われて釣りを終えた。

「私、釣りがこんなに楽しいものだとは思いませんでしたわ」

「プラン様の釣りの技術があってこそですよ」

「いいえ、アルト様の釣りの教え方がよかったのですわ」


 プランディラはそう言ってアルトゥルを褒め、アルトゥルも素直にプランディラの釣りの腕を褒めた。

 少し教えただけであれだけ釣りの技術があがる人間はそうはいない。そして、そのセンスは戦闘技術にも通じるものがある。

 ちょっと魔物退治を経験し、レベルを上げれば彼女は一流の冒険者になれるだろうとアルトゥルは思った。

 その時だった。


「――っ!」


 アルトゥルが振り返った。

 僅かに遅れてセバスチャンとハンスも振り返り、なにごとかとプランディラも後方を見た。

 離れた場所に一人の剣士がいた。

 無精ひげが伸び、なにやらぶつぶつと言っている。


「あの人は――」


 アルトゥルはその剣士に見覚えがあった。


「坊主、知っているのか?」

「一日だけ、僕に剣術を教えてくれた先生です」


 さらに言えば、勇者の生まれ変わりとしての自覚がなかったアルトゥルが模擬戦であっという間に倒してしまった剣士だ。

 その剣士はアルトゥルを見詰めると、「ケケケケケ」と笑ったと思うと、急に無表情になって呟きだした。


「まだだ……まだだ……ここではだめだ……」


 そう言ってその剣士は背を向けて歩いていった。

 その姿が見えなくなったところで緊張が解ける。


「なんだったんだ、あいつ。目が血走っていたが」

「わかりません。後ほど冒険者ギルドに情報を求めましょう」


 ハンスとセバスチャンが話していたが、アルトゥルはそれより別のことが気になった。

 先ほどの剣士――名前はよく覚えていないが、しかし一年前に戦ったときにはさっきみたいなオーラはなかった。


(なんなんだ、あの黒いオーラは)


 あの剣士に、黒く禍々しいオーラがまとわりついていた。

 恐らく、ハンスにもセバスチャンにも見えていないのであろうそれは、アルトゥルも見るのは初めてだったが、しかしなにかがずっと引っかかっていたのだった。

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