エリーザベトは中庭の噴水の前にいた。
いつの間にパーティ会場を抜け出したのか、まったく気付かなかった。
「エリーザベト様、斯様な場所でいかがなさったのですか?」
噴水の水をじっと見つめる彼女に、アルトゥルは恭しい態度で声をかけた。
すると、彼女は笑みを浮かべて振り返った。
「あなたがいらっしゃるのを待っていましたの、ディータ様」
「私をですか?」
「ええ。ディータ様と二人でお話がしたかったのです。よろしいでしょうか?」
「勿論です。淑女の誘いは断るのは無粋ですから」
アルトゥルは「立ち話もなんですから」と、噴水の近くにあるベンチに誘導した。
当然のようにハンカチを椅子の上に敷き、彼女を座らせる。
「随分と手馴れていらっしゃるのですね」
「女性の扱いに煩い身内がいるものでして」
目の前のあなたです、とは言えず、苦笑した。
「本当は後からお渡しするつもりだったのですが、これは誕生日の祝いの品です」
アルトゥルはそう言って小箱を取り出した。
「開けてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
エリーザベトが小箱の蓋を開けると、中には魔法石を誂えた首飾りが入っていた。
魔力の力を高める力を持つ首飾りで、かつてディータが大切な人から貰った品だった。
千年以上大事に持っていたのだが、エリーザベトが持つのならきっとあの人も喜ぶだろうとプレゼントすることにした。
「古い友人からいただいたものです。寝ている時などに魔力を蓄え、必要な時に魔力を補填する力を持つ首飾りです」
彼女の職業、聖魔錬金術士は聖なる力を込めた魔道具を作ることに秀でた魔法を取得できる職業であるが、それには魔力が必要になる。エリーは魔力を高める訓練を続けているが、それでも少ない魔力のせいで自分の力をほとんど使えずにいた。
「きっと、エリーザベト様のお役に立つでしょう」
「……私が聖魔錬金術士だとご存知だったのですか? 知っている者は限られているはずなのですが」
エリーザベトが尋ね、アルトゥルはしまったと思った。
彼女が聖魔錬金術士であることが、どこまで世間的に知られているか、アルトゥルは知らなかった。エリーザベトは普段から聖魔錬金術士の話をアルトゥルに聞かせているから、てっきり外でも話しているとばかり思っていた。
なんて言い訳をしようかと思っていると、エリーザベトが思わぬ質問をぶつけてきた。
「プランディラに聞いたのですか?」
「……え?」
なんでここでプランディラの名前が出てくるのか、アルトゥルには理解ができなかった。
「私の職業を話した相手の中で、ディータ様と接点がある者といったらプランディラだけですわ。当然、彼女のことはご存知ですわよね?」
「ええ。水晶狼に襲われているところを助けたことがあります」
「そう……死ぬ前にあの子、もう一度会えたんだ」
きっと、プランディラがエリーザベトにディータのことを話したのは、二人で釣りをして帰った後だろうとアルトゥルは想像した。
夜にこっそり抜け出したとき、アルトゥルは彼女に今夜のことを黙っておくように念を押したし、もう一度会えたという言葉からして、その時間しかありえない。
「彼女は亡くなりました」
「存じています」
「彼女はあなたのことを愛していました」
「アルトゥル様の――あなたの弟の婚約者と伺いました」
「それでも……気持ちはわかっていてほしかったのです」
アルトゥルはそう言われて、エリーザベトがこの屋敷にしたときに睨んでいた理由を理解した。
正確には睨んでいたのではない。
アルトゥルの――ディータにこのことを伝えるかどうか悩んでいたのだろう。
「はぁ、緊張した。ごめんなさい、この話はお義父様には聞かれたくなかったので。では、私は料理を食べてきます。あ、余った料理は持って帰っていいですか?」
「お義父様に怒られますよ?」
「黙っていればわかりませんよ。可愛い義弟に食べさせてあげたいので」
「それなら、お土産を用意していますから、こっそり中に入れておきましょう」
「さすがディータ様、よくわかってる!」
これは、家に帰ったらいっぱいご飯を食べさせられそうだな。
今回の晩餐会で食べる量を控えておこう。
アルトゥルはそう思った。
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